伊太利亜黑幇
横濱には、政治、経済を一とする、あらゆる分野に於いて、黒く根を張る組織がある。
『
名前を聞けば、誰もが恐れ戦き、同業者は頭を垂れる。
現首領は、合理主義の権化。幹部を筆頭に、精鋭も其れに倣う。中でも森の右腕、太宰治の手腕には目を見張るものがある。取引件数は右肩上がり、抗争となれば最少の犠牲で乗り切る。逸材と云う言葉に偽りは無い。
「太宰さん」
執務室で、書類に目を通す太宰に、女性が声を掛ける。尾崎卯羅。同じく幹部である、尾崎紅葉の娘。ボディラインを写し出す紺のドレスは、彼女の豊満な胸と尻、しっかりと引き締まった腰を際立たせる。大きく開かれた背と、左腰から流れるスリットも相まり、過剰な迄に色気を纏うが、毛皮で作られたチョーカーと、シルクのオペラグローブが幼さを生み出す。
「首領から。港の倉庫街、島荒しだって」
「また一家総出で?」
「そう」
青のアスコットタイを巻きながら、太宰が席を立つ。卯羅は彼の灰色のロングコートを差し出す。それに袖を通し、釦を閉める。下の方は、卯羅が甲斐甲斐しく膝を付いて留める。
「厭らしい」
「毎回云う」
太宰は、上司の身体をなぞるように手を這わせながら立ち上がる部下の腰へ手を回し、自ら身体を密着させ、申し合わせた様に唇を重ねる。
「口紅変えた?」
「変えた」
「味が違う」
移った紅を指で拭う。僅かに太宰の唇を紅く染める。
「太宰殿、車の用意が」
「解った、行くよ」
幅広のファーストールを、たおやかに肩へ掛けた卯羅を伴い、部屋を出る。
港は静かだった。荷を運ぶ、輸送船の汽笛ばかりが響く。薄い氷を踏み割るように、足音が聞こえる。
「目撃情報が有ったのはこの辺りです」
赤いネクタイを締めた、丸眼鏡の男が報告をする。
「だとしたら、まだ待ち伏せて居るかもしれないな」
二丁拳銃を肩から提げた赤い髪の男が返す。
「なら纏めてぶん殴っちまえば早いな」
白のジャケットの襟に豹の毛皮を誂え、黒の帽子を被った男が笑う。
「僕が先陣を」
黒のコートを纏う華奢な男が意気込む。
「片が付いたら美味しいディナーといきたいのう、首領?」
卯羅が身を包むドレスから毛皮を差し引いた物を、優雅に着こなす女性が笑い掛ける。
「そうだねぇ、皆で美味しいものでも頂くとしよう」
ストライプのスーツに黒のコートを肩から羽織る男が、邪に口許を歪める。
その男の隣を歩く太宰が、隣を散歩でもするように軽い足取りで歩く卯羅を、横目で眺める。
「美味しいご飯だって!デザート付いてくるかな?」
「色気より食い気」
何よ、と頬を膨らませる卯羅を見ながら問い掛ける。「準備は出来ているかい、可愛いお花屋さん?」
「勿論」
掌にクレマチスが咲く。ふっと息を吹き掛けると、花弁が一行を包むように舞いながら、増殖する。
拳銃、重力、夜叉、手術刀、短刀……各々が得物を構える。花弁が霧散する。弾けるように現れた、港を仕切る一家。
ストライプのスーツを身に付けた男──首領、森が合図を出す。
「スマートに片付けよう」
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