夕菅

「安吾、一人紹介したい子が居るんだ」

 僕の仕事場に、太宰くんが織田作さん以外を連れてくるなんて、珍しいことだった。「きっとねぇ、君の将来にも役立つよ。私なんかよりも首領や他幹部に取り入るのが巧いから」

 おいで、と彼が手招きすると、少し背の高い女性。軽く会釈して、幹部の隣に立ち、敵意が無いことを示すため、後ろで手を組んだ。

「尾崎卯羅。私の救急箱であり、秘書であり、世話人。幼馴染、と一般的には云うのだろう。私が組織に入った時分から、私の身の回りの事をしてくれる」

 確かに太宰くんも年齢以上に大人びているが───この人は、なんだ。

 太宰くんの言葉に頬を染めるでもなく、軽口を叩くわけでもなく、ただ只管に、じっと彼の言葉を待っていた。視線は僕に注がれているが、注意は太宰くんに向いている。

「卯羅、お人形さんじゃ無いんだから、何かお喋りしてよ。人見知りなんだから」

「尾崎卯羅です。太宰さんからお話は伺ってます」

 お利口だね、と太宰くんが彼女の頭を撫でると、彼の黒外套に隠れるように抱きついた。

 触れたら、どうなるのだろう。

 きっと、隣に立つ友人に僕は殺される。

 枯らすなと。

「いくら安吾でも、卯羅をはいどうぞ、とは出来ないなぁ」僕を見透かしてか、太宰くんが笑った。「皆そうなんだ。織田作くらいだよ、そう成らなかったの。皆、卯羅の甘い蜜に誘われるんだ」

 美しく咲いている筈なのに、周囲を害しそうな雰囲気。凡てを巻き込み破滅へと導く。

「坂口さん、太宰さんといつまでも善いご友人で居てあげてくださいませね」

 仕事が入った、と二人が立ち去る時に、そう彼女が告げた。人見知りをしていた姿は虚偽なのかと思う程に大人びて。上司の身を案じた言葉ではない。太宰くんの成すことに協力しろ、ではなく、彼との人間関係を続けろ。

 身の回り。単に想像できるのもだけでは無い。云うのも憚れるが、そういう関係であるのだろう。

 二人が発った後も暫く、彼女の放つ余韻に浸っていた。場を飲み込む、退廃した色香。隣に立つ男を満たす為だけに存在する華の薫香を。

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