暫し
首領からの勅命。上司から渡された銀の封筒を開き、内容を確認する。
概要を読む限りは何時もの支配域の拡大。だが面子が豪華すぎる。未来予知の異能力者、秘密情報員、幹部候補生、遊撃部員、そして最年少幹部。
「随分と平和な交渉ね」
「嗚呼。首領からはどんな手段を使ってでも抑えて来いと云われた」
「……矢張女は駄目みたいね」
昔だったら、太宰さんのおまけ的にだけれど、私も着いていった。彼に下ろされた仕事は私の仕事でもあった。
「それだけ君も重要な地位に就いたという事だよ。幹部秘書、だろ?」
云いながら態々着替え始めた彼は、何時もとは違う服装に。黒の襯衣にくすんだ黄の襟締。鈍色の背広に燕脂の肩掛け。「嫌だわ」
「どうして?」焦茶の革手袋が私の頬を撫でる。
「何だか愉しそうなんですもの」
どうしてだか彼の顔が何時もよりも生き生きして見えた。血に餓えた様な感情を覗かせるなんて。
私は指で彼の頬を撫で、親愛の行為を求めた。それに応えてくれた彼は、少し腰を落としてから口付けをしてくれた。
「私が不在の間、この派閥を治めるのは卯羅、君だ」
そう云って普段身に付けている黒の長外套を肩に掛けてくれた。「お預かりします」
どうか戻ってきて。
思い切り抱き締めながら呟いた。戦地へ赴くとは決まった訳ではない。云ってしまえば、どの裏組織よりも交渉の卓に着いたら、私達の方が有利だ。だが万が一、というのは常に隣にある。
「太宰さん、専用機の準備が整ったようです」
「解った」芥川くんが呼びに来た。その声に短く応え、一息吐いた後、力いっぱい私を抱き締めた。彼にめり込んでしまうのではないかしら。だとしたら、一緒に行ける。そんな事を考えた。
「一日一回、報告の電子手紙をくださいな」
「そうするよ。報告書を作りたくて堪らないだろう?」
行ってきます、行ってらっしゃいの口付けを。
見送りぐらいしたって佳いわよね。何時もと変わらず、彼の半歩後ろを歩きながら、楼閣の屋上へ向かった。
輸送基地の役目を担う屋上には、首領も来ていた。
「何時まで経っても私は森さんの手代だねぇ」
「それも今回限りで終了だ。これからは太宰くんの行動一つが組織の趨勢を左右する」
首領が各人に激励の言葉を餞別として与える間、私達は眼で会話した。先生と握手を交わした次期首領は、私に視線を向け、風に靡く肩掛けを往なしながら柔らかに微笑んだ。
「さあ、往こうか」
輸送機の窓から見える彼の顔は既に引き締まっていた。普段と変わらない思案の表情。
「どうか御無事に」
肩に凭れる彼の面影と初めて肩代わりした責務に袖を通しながら、一礼と共に彼を見送った。
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