スリーブ
森先生が、二人揃ってのお休みをくれた。それも急遽。
「街の散策でも行っておいで」
「何で」
太宰くんが食うように反論する。
「自分が治める国が、どういうものか知らない王様は居ないだろう?」
「太宰くん、王様なの?」
私は完全に明後日の疑問を投げ掛ける。
「解ったよ、行けば善いんでしょ」
渋々というように、街探検を承諾する。怠そうに「じゃあね」と手を振りながら執務室を後にする太宰くんの後ろに続いた。
「何処行くの?」
「適当にお茶を濁して帰ろう」
「ねえ、なら彼処!」
店先の立て黒板に、新作のお知らせ。
「ねえ、くまちゃんのスリーブ付いてくるって」
起毛のふわふわのくまちゃん。桃色の子にはティアラ、水色の子は王冠。
「まさかとは思うけど、お揃いにしたいの?」
「駄目?」
じっとりと「理由が解らない」という視線を浴びせられる。
「だって!だって!太宰くんが、会議とかで飲み物置いた時に、このくまちゃん付いてたら直ぐ解るでしょ?」
「君は組織の中で私に乙女趣味があるとかそういう印象を付けたいの?」
男の子って、解らない。可愛いじゃ駄目なのかな。
「森先生は可愛いの好きだよ?」
「森さんのあれは幼女趣味。可愛いのどうこうじゃあないよ」
意見は纏まらない。
「行こう?」
手首を掴んで、ぐっと引く。流石に脚は動かなかった。
「太宰くん」
「何?」
「周りから私達がどう見えてるか、解る?」
「解りたくもない。というか、世話人が主人に逆らうのもどうかと思うよ?」
その言葉に掴んでいた手を離した。そっか、私と彼は世話人と主人。それは私生活だろうと変わらない。私は彼に従っていなくてはならない。初めて接した同い年の子。お友達の様な感覚で接してしまったのは確かだ。
「……何てね!此処が善いのだろう?ほら、さっさと入ろう、時間が無くなってしまうよ」
今度は私の腕が引かれる。
「え?でも太宰くん」
「困ってる君の顔が少し見たかった」
可愛い満面の笑みで、可愛くないことを云う。
「
さらっと素早く注文をしてくれる。カウンターの先、受け取り口で待つように云われる。
「森さんはきっとね、君から“普通”を学べって云いたいんだと思うよ」
「普通?」
「そう普通」
お待たせしました、と店員さんが品を渡してくれる。それを受け取りながら、席を探した。店の奥の二人掛けが空いていた。
「先生はただ、私達に『仲良く成んなさい』って云いたいんじゃない?」
「仲良く?」
「そう仲良く」
紅茶牛乳はとても滑らか。追加のクリームがより甘味を強めていて嬉しい。
「太宰くん、よく私がクリーム追加したいって解ったね」
「目線が紅茶牛乳を見た後、追加の欄を眺めていた。それからまた見本写真を眺めたからね。そう思っただけ」
何でも無いように答える。それから、詰まらなそうに窓の外を眺めた。私から彼の表情は見えない。包帯の下に全て隠れている。
「太宰くん、くまちゃんどっちが善い?」
「どっちでも。好きなの選びなよ」
「じゃあこっちにする」
桃色のを手に取った。彼は水色の子を手に取る。暫く眺めて笑いだした。
「面白いね、私と君の異能の色だ」
「本当だ!全然気付かなかった」
思いがけない、象徴の様な色。
「じゃあ君のそれに造花でも付ける?」
「んー……」
まだ、自分の異能が好きに成れなかった。
綺麗な花を、人を傷つけるために使う。騙しているようで嫌だった。
「私は卯羅の異能力好きだよ。最期に見るのが綺麗な花だなんて、贅沢だと思う。花は手向けの花だと思えば善いんじゃない?それに」
太宰くんは一度言葉を切った。続けるか迷っているみたいだった。「殺らなきゃ殺られるよ」
少しでも迷いを見せれば自分が死ぬ。私が居る世界はそういう世界だ。母様と仕事に出ると、汚れ仕事は凡て母様が、私の手に回る前に片付けていく。何も助けに成れていないのに、森先生には「卯羅のお陰で」と報告をする。
「私ね、自分の異能力が嫌いなの。こんなの無ければ善かったなって、偶に思うの」
頭の奥の方がちりちりと痛む。感電したような弱い痛み。
「でも太宰くんが好きって云うなら、私も好きに成れるかも知れない」
「どうして?」
「だって、太宰くんみたいに素敵な子が好いてくれる物が、忌むような物だとは思えないもの」
一瞬、不意を突かれたように眼を見開いたけど、すぐに、はあっと溜息を漏らした。「変な子」
「じゃあ変な子同士?」
私は首を傾げた。
「なら森さんの目論見は大外れだね」
太宰くんが笑った。それに釣られて私も笑う。
「森さん」
「何だい太宰くん」
帰ってくるなり、太宰くんが私の部屋に来た。何か卯羅ちゃんと問題でもあったのだろうか。
「卯羅って、可愛いね」
「そうだろう?昔はもっと可愛かったのだよ?私の処に来た時なんてねぇ、抱きしめたぬいぐるみの後ろに隠れて───」
「幼女趣味の話は善いよ。十分聞いたから。そうでなくて、彼女も矛盾の塊だね」
私はほくそ笑んだ。彼なら気付くだろうと踏んでいた。
「どうだい?二人で組んでやれるかい?」
「僕の好きなようにして善いなら」
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