短編(~21歳まで)
ちくわ書房
蕾
新首領の命で、目付け役として仕えることになった、少女。尾崎卯羅。齢十四。前下がりに切り揃えられた髪は、紅葉殿の趣味だろう。組織に加入する人間にはそれなりの理由がある。この幼さが残る少女も例外で無いだろう。
「広津さん、今日は何するの?」
目付役兼教育係、といったところか。組織の話から、“一般”教養、武闘、礼法、作法、この世界で生きる上で欠くことの出来ないものを惜しみ無く。
「今日は、そうですな……」
大方、教え終えた。あとこの子に必要なものは何だろうか。
「たまには息抜きでもいたしましょう」
「息抜き」
仕事をする上で一番重要かつ、一番難しい。
「私、異能の練習もっとしたい」
長外套の裾を引きながら訴える。彼女に必要なのは、感情の操作だ。異能の操作は概ねこなせている。根元となる知識は新首領から賜るだろう。
「これも練習の一環です。貴女も何れは、部隊を支え、幹部を支え、組織の礎となる身。まずは御自分の身を休めることを知るのです」
「なるほど……」
温かい紅茶を淹れ、茶菓子を用意する。
「紅葉殿が用意するものには及びませんでしょうが、此れもなかなかの美味」
「いただきます」
茶菓子を頬張る姿は、どんな時よりも幼かった。組織に同じ年頃の子供などいくらでも居る。其々が理由を抱え、此所を光と見誤りやってくる。
「そんなに御自身の異能力が気にかかりますかな?」
「うん……広津さんのお陰でね、触れたもの全てに能力を発揮はしない。けれど、また、そうなったらって考えると……」
彼女の契機は恐怖だった。触れるもの凡てに怯え、凡てを壊そうとする。それがマフィアに来たときの彼女だった。
「貴女は身をもって壊れる事の恐怖を知っている。そして与えることが出来る。手段を持つことは、悪ではない。悪と呼ばれるこの世界に入ることもまた、手段」
悪の花道、とでも云おうか。赤錆びた花が咲き続ける終わりも先もない暗路。
「私ね、もし、もしも、この傷付けしかしない異能力を、誰かの為に使えたらな、って」
少女は、薄紅の光を手に浮かべた。柔らかな色と反する効果。人は綺麗な物に惹かれる。
「つまり、誰かの標に成りたいと」
「ううん。そんな大仰じゃなくて善いの。ただ『卯羅の異能が有ったから助かった』そんな事を云って欲しいだけ」
云ったあと、彼女は笑い始めた。自分の中で、何かに気付いたのだろう。
「道化ね、これでは道化。自分の能力を忌みながら、それを誰かの助けにしたいと思ってしまう。それを矛盾だとも思わないの」
「道化の標……」
「丁度佳いね、私の能力名は『道化の華』だもの」
新首領は凡てを見透しているのだろうか。何事も無いように饅頭を頬張る少女。幸多かれ、と祈るような事もないが、新首領が引き抜き、尾崎殿に預ける子。何かあるのだろう。
暫く、何のとりとめもない話をする。紅葉殿との暮らし。案外馴染んでいるようだ。私も一服、と携帯煙草箱を取り出した。それとほぼ同時に、携帯端末が音を立てる。
「はい。居りますが。あの少年───畏まりました。直ぐに向かわせましょう」
首を傾げる彼女に、相手からの指示を伝える。
「首領から呼び出しが。医務室へ来るようにと」
「わかった!」
「悪の花道、道化の標・・・・・・」
自分を道化と称した少女。柘榴の果汁を滴らせながら、行く路を彩り、示す。果ての無い非道の路。
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