可愛いあの子は……

ちい。

あれれ??

「みぃつけたぁ」


 青葉の茂る森の中、木々の隙間から漏れる日差しが眩しさを感じる季節となってきた。そんな静かな森の中に響く一際元気な声。


 真っ白なワンピース姿の少女が指さす先に、真っ黒に日焼けをした少年がぺろりと舌を出しながら茂みの中から出てきた。


「ちぇっ、見つかっちゃったよ」


ゆうくん、隠れるの下手くそだもん」


 頭を掻きながらへへへっと笑う少年、遊くんを見て少女も楽しそうに笑っている。


「あと何人見つかってないの?」


「あとは……さっちゃんとたっくんだけ」


「あの二人は隠れるのうまいもんね」


 少女は遊くんを見つかった人が集められる場所へと連れていくと、遊くんへ笑顔で手を振りながら森へと戻って行った。


 それから数日後、少女は森の奥にある崖の下で無残な死体となって見つかった。


 かくれんぼに夢中になり、足を滑らして落ちたのだろう。崖は高さ的にはそこまでなかったが、打ちどころが悪かったようである。


 遊くんが最後に見た笑いながら手を振る少女の姿。お葬式の時に見た写真と同じ笑顔だった。






 あの事故から五年経ち、少し前に少女の五周忌の法要があった。遊くんは十五才になっていた。今でも初夏に死んだ少女の事を忘れた事はなかった。


 忘れられないのである。


 遊くんの中で少女は、あの日かくれんぼして遊んだ時の背格好のままの姿で止まっている。


 寝ても醒めても少女の事が頭から離れない。最早、忘れるとか忘れないのレベルではなかった。


 それには理由がある。誰にも話せない、否、話しても信じて貰えない理由なのだ。


 だから遊くんは、その理由を今までも親しくしている友人である、たっくんやさっちゃん達のかくれんぼをしていたメンバーの誰にも話した事はない。


 多分、話したとしても誰にも信じてもらえず、痛い子扱いをされる事が分かっているからだ。








「遊くーん、起きてぇー♡」


 午前六時三十分。目覚まし時計が鳴ったと同時に、可愛らしい声で起こされる遊くん。


 ラノベなどのラブコメでよく見る幼馴染の元気な女の子が起こしに来たのである。いやいや、厳密に言うと違う。


 幼馴染まではあっている。


 では何が違うのか?


 元気な女の子?


 それも間違ってはいない。


 正しくは、元気な女の子の幽霊。


 そう、あの崖から落ちて死んだ少女の幽霊である。


 少女が死んで五周忌の法要が終わった頃から、何故か少女は幽霊となり、遊くんの前に姿を現したのだ。


 だから、遊くんは片時も少女の事を忘れることはないのである。忘れる暇もなく、毎日毎日起こしに来て、一日中付きまとうのだ。






「遊くん、おはようのキスだよ♡」


 ぐいっと頬を両手で押さえると、唇を近づけてくる少女に必死で抵抗する遊くん。


「もうっ、照れないで♡」


「ちょっ、朝っぱらからやめてくれぇっ」


「キスは朝昼晩晩晩の一日五回の約束でしょ♡」


「いつしたんだっ、そんな約束?!」


 タコのように唇を尖らせた少女の顔を必死で引き離す遊くんに、静かにしなっと一階からお母さんの怒鳴り声が聞こえてくる。


 その怒鳴り声を聞いた遊くんの引き離そうとする手の力が緩んだ。


好機チャンス!!」


 やべっと思った瞬間、遊くんの唇に少女の小さな唇が吸い付いた。キスと言うより、唇がタコの吸盤に吸いつかれた様な勢いである。


 ぶちゅううう……


「もごもごもごもご……」


 手足をばたつかせる遊くんの頬をしっかりと押さえつけ、唇を吸い続けていた少女がすぽんっと唇を離し、ぐいっと腕で唇を拭った。

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可愛いあの子は…… ちい。 @koyomi-8574

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