昼下がり
ちい。
昼下がり
「……私も好きよ」
屋上のフェンスに寄り掛かり私に向かってそう言ったクラスメイトの女子、
しかし、今年のクラス替えで同じクラスになり、私、
依乃里は控えめ……と言うか、暗くていつも教室では一人でいることが多く、私以外の誰かと話している姿を見かけた事が殆ど無い。それは、性格だけではなく、その容姿にも関係あるのではと私は思う。
容姿に関係があると言っても、依乃里は不細工では無い。どちらかと言うと、私と比べても可愛いと思う。可愛さ等で言うのなら、私の方が至って普通のそこら辺にいる特徴の無い十把一絡げの女子であった。
じゃあ何故、容姿の事を私が言ったのか?
それは、依乃里の髪型や姿勢にある。依乃里は特に髪型等には拘りが無いようであり、黒くて長い髪を二つ結びの三つ編みで纏め、前髪は目にかかる位の長さでまっすぐ切りそろえ、しかも、顔の半分くらい隠れそうな程の黒縁眼鏡。常に猫背なのである。
そして、昼休み等の休み時間には教室の自分の席で本を読みながら、一人でにへらっと笑う。そんな依乃里は印象的にも周りから変わった奴や、暗い奴と言われ、誰も話し掛けたり、遊びに誘ったりしないのである。
私はどちらかと言うなら依乃里と真逆の人間であった。クラスの中や別のクラスにも友達はたくさんおり、昼休み等の休み時間にはその子らと他愛のないお喋りや休みの日には遊びに出掛けたりと充実した日々を送っている。
しかし、私は依乃里と触れ合うことで、その充実した日々に疑問を持つようになっていった。もし、依乃里と関わりを持たなければ、そんな事を考えさえもしなかっただろう。
「私、井口響子。よろしくね。」
あの日、私は自分の目の前の席の女子へと声を掛けた。猫背で下を向いていた依乃里へ。
声を掛けられた事に驚いたのか、依乃里の背中がびくんとなった。そして、恐る恐る振り返る依乃里の表情は厚ぼったい前髪と大きな黒縁眼鏡のせいで良く分からない。
「わ……私は、姉川依乃里……です。よろしくお願いします」
そう私へと返した依乃里は直ぐに前へと顔を戻し、また猫背で下を向いている。しかし、その口振りから話し掛けられた事が少し迷惑だと言うのが分かった。
しかし、それからも私と依乃里は出席番号が並んでいる事から、何かにつけて一緒になる事が多くあった。典型的なのが、体育の授業での二人一組の体操等である。初めのうちは何も喋る事無く黙々と体操やボール運動等をしていたが、ぽつりぽつりと少しづつ会話が増えてきた。
そして私は姉川依乃里と言う人物が敢えて他人との関わりを持とうとしていない事も知った。
友達が出来ないのではない。作ろうとしなていないのだ。普通なら、いや、普通と言うのが何なのかはよく分からないけど、やはりずっと一人で過ごすのは心細いし、友達の輪に入って行かないと皆の流れに置いていかれそうで怖く感じてしまう。
しかし、依乃里はそんな事なんて気にも止めていない様であり、周りの女子が楽しそうに話しをしていても、遊びに行く話しをしていても、マイペースに過ごしていた。
私が良くお喋りをしているグループで依乃里の事を話題になった。
「ずっとぼっちでいて何とも思わないのかなぁ」
「いつも一人で本読んでニヤニヤ笑ってるし」
「何考えてるか分かんないし、少し怖いよね」
案の定、良い話題では無い。逆に依乃里に対して良い話題が出たなら、それはそれでびっくりするけど。
「そういや響子って、出席番号近いから、あの子と良く一緒になるよね。殆ど喋らないし退屈じゃね?」
私は以前より少しは話しをする様になった依乃里に退屈だとは思わなかったけど、そこで反論しても変な空気になるのも嫌だった事もあり、そうだねとにこりと笑いながら答えると、私は胸の中でちくりとした小さな痛みを感じた。
それから数ヶ月経った。
私と依乃里は席替えがあり、少し離れた席になってしまったが、相変わらず出席番号のせいでペアを組まされる事が多くあった。お陰で私は彼女とお喋りを続けられている。お喋りグループの皆から変に思われずに。
「依乃里、この前の期末どうだった?」
「……うん、全教科平均は越えられたよ」
「マジ? 凄くない?」
「……そう……かな?」
「そうだよ!! 私なんて……お母さんからスマホ取り上げられそうになったんだから」
水泳の授業で二人一組になって体操をしている最中の他愛のないお喋りである。周りの皆も私達がお喋りをしている事にさえ気付いていない。いや、私達二人が対称的過ぎて、会話自体が成立すると思っていないのだろう。
「……ねぇ、井口さん。あなた、それで楽しい?」
少し前に依乃里から尋ねられた一言だった。その一言が私にはとても大きかった。私は周りの顔色を伺っていつもの仲良しグループの中に入りお喋りをして、遊びに行って……楽しい学校生活を送っている振りをしてるだけなんだ。それを依乃里は私から感じているんだろう。
「分かんない……」
その時はそんな風に答えた。本当に分からなかった。他人の顔色を伺って、気を使ってお喋りをして楽しい? でも、それでも一人ぼっちで過ごす勇気もない。私は時々、依乃里が羨ましいと思っていた。
とある日の美術の時間。校内写生と言うことで、それぞれクラスメイト達が思い思いの場所へと散らばって行く。
私はいつもの仲良しグループに誘われ中庭の花壇を描こうと誘われた。私は嫌とは言えずに中庭へと向かう途中、一人で階段を登っていく依乃里の姿を見つけた。
「また、姉川の奴一人じゃん」
「どうせ友達いないから、寂しい場所探してんじゃない?」
グループの何人かがそう言うと、きゃははと笑いが起った。私はそんな会話の中に入らず、依乃里が登って行った方をずっと見ていると、グループの一人が私へ声を掛けてきた。
「どうしたの響子? 姉川がどうかした?」
その声に我に返った私はなんでもないよと返すと、皆との会話に交じった。しかし、やっぱり依乃里の事が気になってしょうがない。どうしようかと迷っていたが、私は意を決して皆へと声を掛けた。
「皆ごめん。私、姉川さんの所に行ってくる」
そう言うと走って階段を登って行く私を、皆は呆気に取られ見ているだけだった。
息を切らせながら階段を駆け上がり、屋上の扉を開けた私の視線の先にフェンスに寄り掛かりながらぼけぇっと空を眺めている依乃里の姿があった。
そんな依乃里は急に屋上へとやってきた私を見てびっくりしていたが、直ぐににこりと笑い掛けてくれた。
「どうしたの? いつものお友達とは一緒じゃなかった?」
私ははぁはぁと喘ぐ呼吸を整えながら、ゆっくりと依乃里の方へと歩いていく。そして、依乃里の横へ座った。
「うん……でも依乃里が階段登って行くの見掛けたから、一緒に行きたいなぁって……」
「……そっかぁ。でも、私はあんまり喋らないし、楽しくないよ」
「そうでもない。依乃里とはゆっくりお話し出来るし……なんか一緒にいる事が好きだから」
ゆるりとした風が屋上にいる二人を撫でるように吹いている。
「……私も好きよ」
そう言った依乃里が私の頬を優しく触れる。そしてふわりと微笑むとその手を頬から私の唇へと移動させ、つうっと撫でた。
ぞくりとした感覚が私の全身を襲う。でも、嫌だとか怖いとは全然違う感覚。
なんだろう……こんな感覚は初めてである。うっとりとした依乃里の表情。そのぽってりとした魅力ある唇が軽く開いている。私はその依乃里の唇から目を離せなかった。
そして、その唇が私へと近づいて来る。依乃里が私へとしようとしている事が分かっている。分かっていたが、私は抵抗することなくその身を委ねる事にした。
誰も来ない気怠い昼下がりの屋上。雲ひとつない空。優しく吹く風が私達を包み込んでいった。
昼下がり ちい。 @koyomi-8574
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