8.竜頭
それから二週間後。何時もの様に、簡易の救護室で“分別”をしていた。森さんに頼まれた別の仕事の合間に行うから、此の場に居ることは減ったけれど。
彼の日。此の場から離れ、本来の仕事に戻った日。彼は姿を消した。晴れているのに雷が降り、私の“家”の一廓が崩れ去った。瓦礫を漁っても彼の姿は見えず、母様に頬を叩かれる迄、さ迷うように探した。
仕事が終わる──そんな事、決して無いけれど、一息付きたい時は、自然と彼の部屋に居た。恋しい、ってこういう事かな。寂しくて、独りで居ると、涙が溢れて。少しでも考えないようにしようと、任された仕事に打ち込んだ。そして、手元に流れ着く“中古品”が、彼で無いように祈っていた。
「おい尾崎」
「中也さん、どうしたの?」
中也さんが何かを投げ付けてきた。
「其れ付けとけ。クソ太宰は俺が連れ戻す」
「居場所が解ったの?」
忌々しそうに、事のあらましを話してくれた。聞きながら無線機を耳に付けた。
「あの時の顕微鏡……」
「腹が立つ程度じゃ済まねぇけどな。お前は、彼奴の聞き分けが佳い犬だから、俺に付いてくるなんざ云わねぇだろうけど、此処で待ってろ。俺があの面ボコボコにしてから引き渡してやる」
「分かった」
それだけ云って、中也さんは単車で捜索に出た。
「やるか……」
新しい密着手袋を付け、気持ちを新たにした。戻って来さえすれば佳い。中也さんとその少し前に出た織田作。二人が居れば案ずる事はない。
『やあ、織田作』
無線から聞き慣れた声がする。不意に聞こえた。幻聴かと思ったが、それに続いた、織田作の声と中也さんの声に、事実だと確信した。其れを合図に私は図嚢に止血帯、消毒液、生理食塩水、包帯……取り敢えず必要そうなものを入れた。
首領に持ち場を離れる事を伝え、上司の元へ急いだ。
着いた時にはもう全てが終わってた。摩天楼は崩れ落ち、其の瓦礫の中に太宰さんと中也さんが居た。“汚濁”を使ったんだと、一目で解った。太宰さんも口元が少し変色して、出血している。
「ほら中也起きて~流石に卯羅も君を連れては帰らないよ」
清潔なガーゼに生理食塩水を染ませ、口許を拭う。
「織田作は一緒じゃないの?」
「彼はいつも通りだよ」
緩んだ目元の包帯を巻き直しながら訊く。
「君は何事もない?」
「拠点に籠りきりだもん。何もない」
「君が無事なら佳い」
今まで彼からそんな言葉、聞いたこともなかった。忘れて、とも云いたげに手を振られた。
「取り敢えず……」
中也さんにも応急処置。あれだけ暴れて骨折れてないの凄いなあって思う。ただ、出血が酷く、心配だったから森先生に電話して、輸血の準備だけしてもらった。
「主犯は潰せた?」
「中也が暴れまわったからね、闇雲に。真相は霧の中」
この暴力の限りを尽くし制圧した時から、裏社会にある噂が流れた。
此の抗争で生まれた黒社会最悪の二人組───双黒。
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