6.理由

 太宰くんと私は、今日の仕事を首領直々に承った。マフィアを旧くから知る広津さんも一緒に。

「広津さんとは縁があるなあ。心強いよ」

 広津さんは畏まって、一礼した。

「今日の予定は……」

 太宰くんがちらり。私は首領に云われたことを二人に告げた。

「首領がエリス嬢と出掛けるので、その護衛です」

 沈黙。広津さんも黙る。誰も何も云わないから、依頼を間違えたのかな。不安になって、首領に電話する。携帯の拡声機能を入れる。

「首領、今日ですよね、エリス嬢とのお出掛け」

『そうだよ! 可愛い服飾店を見つけてね、エリスちゃんに絶対似合うと思うんだ! あと、美味しそうな食事処も近所に出来てねぇ』

「首領」

 口を開いたのは太宰くん。

「絶対嫌だ」

 広津さんが更に表情を固くした。携帯の向こうで「酷い太宰くん!」「リンタロウ早くして!」「待ってねエリスちゃん! 太宰くんがねぇ」と云っているのが聞こえる。

『これも立派な仕事だよ。護衛程、神経を全方位に使い、有事の際の手際を求められる任務は無いよ』

「だったらその神経の肉芽すら無さそうな中也に遣らせれば?」

 絶対無理だと思う。絶対派手にやらかす。

「……解ったよ。やるよ。今回だけね」

 背広だとかえって目立ちそうだね、と話して私服に着替える。とはいえ、仕事は仕事。あまり着崩れない様にする。太宰くんのはあまり普段と変わらなかった。

「この前も思ったのだけど、君、私服になると本当女の子だね」

「どういうこと?」

「いいや? 見た目の感想を述べただけだよ」

 確かに背広もスカアトじゃなくて、パンツだし。広津さんが太宰くんを手招きして耳打ちした。少し首を傾げて、納得したような顔をした後、太宰くんが戻ってきた。

「ええっと、素敵だよ」

 一瞬何を云われたか理解できなくて、固まった。言葉の意味を一言一句確認する。漸く脳の言語中枢が答えを出した。

「あ、ありがとう」

 何となく恥ずかしくて照れた。太宰くんは広津さんに「これで佳いだろ」と云いたげだった。

 本部の歓談室に着くと、首領が白衣を着て待っていた。この姿の首領は何度見ても“マフィアの頭”には見えない。車に乗り込み、市街へ出る。黒塗りの車が列なってたら誰もが察する。

「これじゃあ私服にした意味ないじゃない」

「まあまあ、太宰くん怒らないでよ。こういう気分転換も必要だよ」

 むすっとして、車窓を眺める。太宰くんって本当に歳が分からない。

「今日は此処のお店にしよう」

「このお店、この間も来たじゃない」

「此処のね、数量限定のドレスをエリスちゃんに着てほしくてねえ」

「何でいちいちそういう情報知ってるの? リンタロウ気色悪い!」

 ここまで首領に噛みついて、よく首領は機嫌を損ねないなと毎回思う。損ねるどころか機嫌は善くなるし。

 店の外に構成員を数名、疎らに配置する。私と太宰くんは首領の護衛に付く。

「あ、これ可愛い」

「可愛い?! エリスちゃんに似合うかな! ねえ! 着てみて!」

 ほぼ引ったくられる様に取られる。空になった手を取り敢えず、ぐーぱー。

「エリス嬢の事となると暴走するよね、うちの首領」

「ね。でもあんなに可愛いんだもん。仕方ないよ」

 あれもこれもと選ぶ首領を眺めながら、太宰くんが頭を振った。

「そうだ、卯羅ちゃんにも何か買ってあげようね」

 何故か私は後ろへ振り返った。

「いや、君だよ。卯羅しか居ないって」

「私か……私?首領、私ですか?」

「そうだよ。尾崎卯羅、君しか居ない」

 あまり着ない種類の服。急に云われても。

「卯羅はね、あまり襞が付いていないのが似合うと思うの。あと腰が締まったのが素敵!」

 エリス嬢が一枚のドレスを手にした。濃い青で、膝より少し下まであった。

「エリスちゃん! なんて優しいんだ! 素敵だね、きっと卯羅ちゃんにも似合うだろう」

 あれよあれよと云う間に事が済む。

「はい、卯羅の!」

「ありがとうございます」

「普段の頑張りに対しての褒美だ」

 そこまで云われる程、働いていたっけな。それなら太宰くんにも何か無いと不公平な気がする。

「リンタロウお腹すいた!」

 そういえば御昼時だ。通りを行き交う人の量も増えている。

「何が善いかなあ、和食かな? 洋食かな?」

「どっちにしてもリンタロウが好きなようにするから、どっちでもいい」

 店を出た。このタイミングって一番狙われやすい。背筋に悪寒が走る。何処かに居る。通行人か、近くの工事か、それとも囲む楼閣の一角か。

「首領、早く車へ」

 太宰くんが促す。本当に寸出のところだった。首領が乗り込んだ瞬間、空気が裂ける音。消音器を付けたところで音は完全には消えない。短刀で受け流すのが精一杯だった。

「残念だけど、御出掛けは中止だね、森さん」

「仕方ないねえ。太宰くん、後は頼んだよ」

「了解。広津さん、構成員は首領の護衛へ。卯羅、私と狩りをしようか。お相手の特徴は憶えているかい?」

「中肉中背、服装は通行人に紛れる様なの。凄く中性的だった」

「まだそう遠くへは行っていない筈だ。白昼堂々、首領を狙うなんてね。久しぶりに骨がありそうな奴がきた」

 狙撃の方向へ走る。角を二つ三つ曲がったところで追い付いた。いや、追い込まれた。男達に囲まれる。手に銃器、鉄パイプ、何かの見本市。

「ポートマフィアの護衛と聞いたから、どんな益荒男かと思ったら餓鬼か」

「人手不足か?」

 下衆に笑う。太宰くんも笑う。

「君たち実に面白いよ。子供とみたらすぐ侮る。窮鼠猫を噛むって知ってるかい?」

 私は地面に手を付いた。異能を使うことに集中する。太宰くんは『触れた部分に効果を及ぼすのなら、物体を介して敵への攻撃も可能』と考えていた。実際、彼自身の異能力も、触れた物体を反異能力物に変換できる。私は全神経を手に集中させる。

「其処の地面、気を付けた方が佳いよ」太宰くんが水溜まりを注意するかのように云った。地面を電気の様に異能が走る。男たちの脚に絡み付き、嫌な音を立てる。狙いは脹ら脛、筋の弾ける音。

「上出来だ」

「多分、筋膜じゃなくて筋断裂できたと思う」

「そうみたいだね。一様に下肢が脱力している。大丈夫かな?立てるかい、皆!」

 けらけら笑いながら呼び掛ける。中也くんが前に「太宰は悪魔以上に悪魔だ」って云ってた。悪魔、というより無邪気が過ぎるだけな気がする。

「ほら、早く逃げなよ」

 下半身を引き摺るようにして、逃げようとする集団に銃口を向け、発砲。完全に射撃の練習だった。太宰くんは確実に頭を撃ち抜いていく。

「もう駄目。終わり」

 銃を操る手を握った。

「どうして?」

 私よりも一回り大きな少年は、素直な疑問をぶつける子供の表情で訊いてきた。

「殺さなくても、もう反撃してこないよ。それにこの状況で、生きている方がずっと怖い。助けを呼ぶも、自分も非合法組織。巧く救急搬送されて、事情を説明しても『マフィアの餓鬼にやられた』としか云えず、誰にも信じてもらえない」

「当然の報いだね。なら、卯羅の説得に免じよう」

 首領を狙撃した男の腰から、銃を抜いて、集団の中央に悠然と置く。

「それを使えば楽になれるよ。此処じゃあ、車道からの振動も痛かろうに。私たちは帰るから、お好きにどうぞ」

 男たちの血の気が引いた。

「自分の命運を自分達で決められ、その結末が保障される事ほど、幸せなことは無いよ」

 何故、この言葉が私の口をついて出たのか解らない。でも自分の中には、その言葉の由来と成る何かを感じた。

 本部へ帰ると首領の執務室へ行くように広津さんから云われた。硝子張りの昇降機。絨毯の敷かれた廊下。関所の様に配置される同僚。それに逐一、名前と用件を伝え、突破する。

「首領」

「戻ってきたね。まずはこれ、先程の卯羅ちゃんへの贈呈品」

「これからも組織安泰の為、精進します」

 前へ進み出て紙袋を受け取る。可愛いお洋服が増えて嬉しいのは、マフィアだとしても変わらない。首領は差し出しながら微笑んだ。

「太宰くん、狙撃主は処理したかね」

「卯羅の異能で。今回は腓腹筋の断裂でした。下手に砕いて喚かれるより、有効かと。産業道路の近くのため、大型車両が通行する度、振動が与えられます」

「持続的に苦痛を与えられる、という訳か。それも一つの手段だね。だが、手を抜いては駄目だよ。今、紅葉くんが後始末に行っている。卯羅ちゃんに確認だが、何故それを選んだ?」

 少し考えた。確かに選択肢は沢山あった。

「理由は三つあります。まずは、今回の試み──物を媒介にして異能を伝達するという事に自信がありませんでした。確かに、骨折、下肢静脈の血栓など選択肢は沢山有りました。骨折など高エネルギィ外傷には、それ相応の力の出力が必要となります。さらに、第三者に彼らを発見された際『集団で原因不明の突発的な骨折』というのは不可解、不適切だと判断しました。その点、腓腹筋断裂であれば『突発的な動きによって』『筋疲労』などを推測することができます。マフィアにやられた、と云ったところで、信じるには値しない症状だと思います。二つ目は──」

 首領に云って佳い理由なのか、少し迷った。でも首領は私の言葉を待ち、隣で太宰くんも同じように待っていた。

「二つ目は、助けを求めているのに放置され、説明した理由を一蹴された時の恐怖、それを私が知っているからです。取るに足らない理由かもしれませんが。彼らもきっと、自分の組織に戻り『マフィアの首領を仕損じ、報復として子供二人に襲撃された』と報告するでしょう。ですが、上はマフィア構成員に子供が居る事を信じず、マフィアの報復にしてはちゃちな怪我、報告自体信じないかもしれません。そうなると彼処にいた十数名は、組織内での信用を失います」

 満足そうに首領が頷く。

「最後の理由は、私に何かあれば、母様──尾崎紅葉が動くからです」

「ありがとう。君の考えはよく解ったよ。君なりの最適解だった訳だね。私もその意見に賛同しよう。時に、単純な重傷よりも、理由のある中軽傷が害を及ぼすことがある。卯羅ちゃんが指摘したように、今回の襲撃主達はこの件を報告し、虚偽だと指摘されるだろう。なにしろ君たち二人の存在を隠せる。若い芽を摘まれるのは此方としても不本意だからね」

 行っていいよ、と手を振られる。太宰くんと二人、お辞儀をして部屋を出る。

 昇降機。不意に太宰くんが口を開いた。

「卯羅、君はどうしてマフィアに、森さんに引き取られた?」

「どうして?」

 私が異能力者だから、しか思い付かない。反対に太宰くんは、暫く私を見つめたあと、眼を閉じて、何かに納得したようだった。

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