5.初仕事

「太宰くん、卯羅ちゃん、佳いね?」

「もう何十回も聞いたってば。卯羅行くよ」

 森先生に呼び出されて、太宰くんとのお仕事。最近組織の領地にちょっかいを掛けるチンピラが居るらしい。殴られたら蹴り殺すのがマフィア。

「で、どうするの?」

「そうだなあ……」

 右人差し指でおでこをトントン。太宰くんは一人で作戦会議。

「……決めた」

 私を指差してニッと笑った。私は私で首を傾げた。

「君のような子がマフィアだなんて、絶対思わないじゃない?そうだなあ、ちょっと小洒落たような鍔広の帽子とか無いの?」

「あるよ。あとそれと揃いのワンピース」

「上出来」

 部屋に戻って、ご指定の服に着替えた。白に水色の縁取。鍔広帽には同じ水色のリボン付き。

「こんな感じだけど」

「釣餌には丁度佳い」

 其のチンピラくんがよく出る場所へ。港から少し離れた繁華街から一本入った路地。一人で歩くのは少し怖い。前を歩く太宰くんの黒外套を、掴んでしまった。

「どうした?」

「いや、あのね……」

 こんな所が怖いなんて、マフィアとしてどうだろう、考えたら云えなかった。

「こうしよう。君は此処に居て。私は少し離れた処で見張っているよ。得物は持っているよね?異能はなるだけ使うな」

 其のまま死角に引っ込んだ。「此所で待っていて」と、恋人にでもするような仕草の後に。

 ただじっと。雲の流れが速いなあ、とかぼんやり考えていた。

『卯羅』

 耳に填めた通信機から、太宰くんの声が聞こえる。なんとなく安心する。

『大丈夫。私の指示通りにして』

「うん。信じてる」

 彼の笑い声が聞こえた。其から「期待している」と。

 また暫く雲を眺めていた。すると三人組の男が近付いてくる。どれも細身で明らかに軽薄そう。通信機からは「標的だ」と短い指示が入った。

「お嬢さん」

 急に声を掛けられて、身体が強張った。後ろは建物の外壁。残りの三方を囲まれる。無論、本来の待ち人の姿なんて見えない。

「こんな所、独りじゃ危ないよ?」

 私の右に立つ男が話し掛ける。それに続いて左の男。

「この辺りは非合法組織の縄張りだからね。女の子独りじゃあとても危ない」

 薄ら笑みを浮かべて話し掛けてくる。

「お手をどうぞ、お嬢さん。マフィアとはいえ、俺達の敵じゃあ無い」

 真ん中の男が私の左手首を掴んだ。其のままぐっと引き寄せされた。

「俺らがどうやって凶悪とか騒がれてるマフィアを潰したか知りたいだろ?」

「そうだねぇ、とても興味があるよ」

 安全装置の外れる音。男の後ろに立つ黒外套。私も背に隠した短刀を右手で掴み、応戦態勢を整える。

「是非とも教えておくれよ。マフィアの倒しかた、をね」

 右の男が、太宰くんに殴り掛かろうとした。持っていた短刀を咄嗟に投げた。運が善いのか悪いのか。喉に綺麗に刺さった。私も太宰くんも「あ」と短く声が漏れた。男の頚は血の噴水と化し、口をパクパクさせて、其のまま事切れた。

「残りは生け捕りにしろ」

「生け捕り」

 流石にもう手首を離して欲しかったから、男の股間を蹴り上げた。力が緩んで、身体が屈曲した。後頚を短刀の鞘で殴った。そのまま気絶。残るはお一人様。逃げ出してるかなと思ったけれど、大人しく其処に居てくれた。腰を抜かして、失禁しながら。太宰くんも私も顔を見合わせた。御互いの顔に「ばっちい」と書いてあった。

「えー……これ持って帰るの私嫌だよ」

「私も嫌」

「……広津さんに電話しちゃお。もしもし広津さん?首領からのお仕事終わったのだけれど──」

 とっくに動かない男から短刀を抜いて仕舞った。電話をする太宰くんから拘束具を受け取り、残りの二人の脚に取り付ける。

「呆気なかったなあ。此処まで簡単に終わるなんてね」

 起きないように睡眠薬を其々に飲ませる。眠りに落ちた頃、広津さんが数人の部下と掃除屋を連れてきた。其れを見届けながら車に乗り込む。太宰くんと並んで後部座席。

「怖かった?」

 顔を見ずに訊かれた。

「少しだけ」

「其れにしては上出来だと思うよ。喉に刺さったのは笑えた」

 自分でもスカッとしたのは否定しない。

「君の異能は最終手段にした方が佳い」

「なんで?」

「其の異能は絶対に警戒される。真っ先に狙われるだろうね。それも飛び道具でね」

「一応射撃の訓練はしてるよ。肩と脚潰せって森先生が」

「いや、何なら頭か胸狙った方が早いよ」

 欠伸をしながら太宰くんがぼやいた。

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