3.利

 準幹部の蘭堂さんの元に出掛けた太宰くんが、波止場に出て、太宰くんだけが戻ってきた。二の腕から胸に掛けて、一文字に傷が走っていた。呼吸するのも苦しそう。森先生に呼ばれて、一緒に処置へ入った。

「治癒の異能力者じゃ駄目なの?」

「太宰くんの異能無効化は例外がなくてね。鉗子取ってくれるかな、有鈎の方。あと鋭匙」

 器機を手渡し、話を聞きながら、技術を盗む。

「何はともあれ、太宰くんは戻り、噂の根源は絶たれた。何よりだ」

 輸血の準備をし、抗生剤を繋ぎ変える。看護婦さんでも無いのにこんなことして佳いのかな、って思うけれども。

「佳いかい、卯羅ちゃん。この世はね、実に不合理なんだ。死を願う太宰くんがどう嗜好を凝らしても死ねない。君が私の元へ来た切欠も、だろうね。そう、不合理の塊なんだ。その中で、最適解を導き、最大の利益を得る」

 太宰くんの傷を閉じながら、呟く。

「この場合の最大の利益って?」

「太宰くんが私の手元に戻り、今回の事件が解決することだよ」

 パチッと音がして、縫合糸が切られた。そして、彼が目覚めるまで傍に居てやるよう指示された。

 森先生が云っていることは、何処までが本心か解らない。マスクから吸入される酸素を加湿する水の、泡立つ音が響く。病衣の間から、傷を覆うガアゼが見える。

「太宰くん、分かる?」

「んー・・・・・・」

 面倒くさそうに瞬きをした。森先生に起きたと連絡を入れる。

「なんだ、君か」

「痛みは?」

「生きていること以上の痛みは無いよ」

 大きく溜め息を付いた。どう返事をして佳いか解らなくて、取り敢えず頭を撫でた。

「お早う、太宰くん。気分はどうかな?」

「とても最悪」

 森先生は呆れたように肩を竦めた。

「暫くは腕も動かしづらいと思うよ」

「森さんは此れを見越していたわけ?」

 何の事かなと笑っている。

「此れぐらいの怪我に成れば、自ずと介助者が必要になる。普段は私の助手でもさせれば佳いしね」

「おじさんがするより、可愛い女の子の方が佳いだろう?」

「そりゃあ勿論。むさ苦しいおじさんに世話なんかされたくないもの」

 合点がいっていないのは私だけらしい。森先生と太宰くんのやり取りを理解する事を放棄して、お茶を汲みに行った。温めにして、ストローを挿す。

「太宰くん、お茶飲む?」

「飲む」

 普段なら絶対に目にしない姿。何時もより、歳の割りに幼く見える。なんとなく、可愛い。

「じゃあ卯羅ちゃん、太宰くんを頼むよ」

 森先生が出ていった後、太宰くんは大きな溜め息を付いた。

「今回の件の報告書を作らなくちゃあならない。けれど僕は腕がこれだ。ねぇ?卯羅」

 ゆっくりと、にっこり、笑った。

「口述筆記してよ」

「できるかな・・・・・・」

「準備できたら声掛けて。君の速度に会わせるよ」

 紙と筆記具を用意して構えた。

 ずっと、ずっと、語った。ずっと、ずっと、書いた。そうして出来上がった報告書を整理し、清書した。

「校正してね」

「要らないよ。そのまま出して構わない」

 私の例の習慣は、此処から始まり、彼が立場を変えても、続くことになる。

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