7-62 散歩

 そうして焼きマシュマロを楽しんだところで、き火の勢いもだいぶと強くなり、そろそろ間近で直視するのが辛くなってきた。なので俺だけそっと離れると、焚き火スペース横のテーブルベンチに腰掛け、楽しげに語らう皆の後ろ姿をぼんやりと眺める。


「――よぉっし、焼き芋いい感じだぞ!」

「まあ♪」

「ひゅ〜、待ってましたぁ〜!」

「……もう満腹」

「ん~、僕ら食ってばっかだもんね」

「ま、BBQイベントだしな?」

「そうそう。で、見てよこの黄金色っ! 美味しそうだろー、にぃちゃ──あれれ?」


 夕は焚き火から振り返りつつ、自信満々に焼き芋を差し出したところで、首を傾げる。すぐにキョロキョロと辺りを見回し、ベンチに座る俺を見つけると、嬉しそうにトコトコと寄ってきた。


「にぃちゃん、いつの間に? ほら、焼き芋焼けたぞー?」

「ん、おう。こいつは美味そうだな」

「むふん、完璧な仕上が――」

「おいおい大地、なに一人でたそがれてんだぁ? ん…………ああ、お前、そうか」


 さらにマメヤスまで寄ってくると、ヤスが俺と焚き火を交互に見て、気まずそうな顔で頬をく。……うむ、やはり鋭いヤツだ。


「部長、宇宙こすもが何か?」

「あー、大地はなぁ…………拾い食いして腹いてぇらしいぜ!」

「ちょマジで! へぇぇ、あんたも部長みたいな事すんだな。大丈夫か?」

「ま、便所でも行きゃ治んだろ。んなことより僕らはうめぇ焼き芋食おうぜ、ひゃっはー!」


 苦笑いを返すと、マメヤスは焚き火へと戻っていった。誤魔化してくれたのは助かるが、もう少しマシな言い訳があるだろうに。


「……にぃちゃん、ごめん」

「ん? 朝が気にすることじゃ?」


 申し訳なさと悔しさの混じる夕の表情からすると、俺の過去を詳しく聞いていたのに気付けなかった事を、気に病んでいるのだろう。ただ、としては気付きようの無い話なので、そう返しておく。


「あ、えとぉ、そのぉ…………ほらっ、ボクの料理のせいでお腹壊したのかも、なんて?」

「だな」

「うそっ!? なにか傷んだ食材を――」

「なんせ美味すぎるから、ついつい食いすぎちまってな? ハハハ」

「もぉ、ただの食べ過ぎかよぉっ! あービックリしたぁ!」

「てな訳で大したことねぇから、朝は気にせず皆と遊んできな。その方が俺も気楽でいいしさ?」

「……ん、わかったぞ」


 夕はうなずいて焚き火に戻ろうとしたが、途中で立ち止まって振り返ると、ソワソワしながらこう訪ねてきた。


「と、ところでさ、にぃちゃん……ボクを見て、何か気付いたこととか、ない?」

「え?」


 いつも通り可愛い――じゃなくて、うーむ……何か気付いたことと言われても、アバウト過ぎるぞ。もちろん「ボクを見て」というからには、中身じゃなく見た目の話かとは思うが……あっ、これは女子あるあるの、髪を数ミリ切ってどこが変わったか聞くアレ? いやでも、髪は帽子に全部仕舞ってるしなぁ。服装も特に変わってないように見えるし……むむむ、この間違え探し、ムズすぎじゃね?


「……むぅ、そっか、そうだよな。でもこれでお相子あいこかもだ。んじゃ」


 俺が首を傾げて困っていると、夕は少しねたような口調でそう言い残し、焚き火へと戻って行った。


「くっ、タイムアップか。んーむ、正解は何だったんだろうなぁ……」


 夕の変化を見つけられなかったのは、物凄く悔しい。それもまだまだ夕への愛が足りていないと言うことか……精進しよう。



   ◇◆◆



 そうして再び一人になった訳だが、近くに居れば夕がまた気にするだろうから、しばらくテーブルを離れておくことにした。それで焼き芋片手にトークゲームを始めた皆を遠目に見つつ、どこへとはなしに歩く。すると近くの林の側で、ひとりたたずむひなたを見つけたので、声でもかけておこうと近付いてみた。


「……これま──りが────いました。あとは私ひと────りますから」


 ひなたが後ろを向いているのもあり、内容はほとんど聞き取れないが、何やらつぶやきながら林の方へお辞儀じぎしているようだ。だがその先には誰も居らず……一体誰と話しているのだろう。


「……ひなた?」

「わひゃぁっ!? だ、大地君?」


 ひなたは驚いてビシリと背筋を伸ばし、恐る恐ると肩越しに顔をこちらへ向ける。


「誰か居るのか?」

「えーと、そのぉ…………電話してましたっ!」

「あー」


 ひなたが振り向き様に携帯電話を突き出してきたので、納得して頷き返す。それでわざわざ離れて電話をしていたくらいだ、他人に聞かれたくない話だったのだろう……これは悪いことをした。


「すまん、邪魔したな」

「いえいえっ! …………こ、こほん。ところで大地君、少しお時間ありますか?」

「ん、あるけど?」


 どう潰そうか考えていたところで、少しどころか有り余っている。


「でしたら、ご一緒にお散歩でもいかがでしょう」

「へぇ、どっか見たいとこでも?」

「はい。実はこの先に見晴らしの良い場所がありまして、夕陽がとっても綺麗きれいなんですよ。いま向かえばちょうど見ごろです!」

「えっ、この先……おお」


 ひなたが指差す先をよく見れば、幅二メートルもない細道が林の奥へと続いている。その入り口が脇からせり出した木々に半ば隠れている上に、案内板も立てられていないので、言われるまで全く気付かなかった。


「へぇ、隠れスポットってヤツか。そういうの、なんか特別感あってイイよな。んじゃ他のみんなも誘っ――」

「あっ、その! 皆さんとても盛り上がってますし、お邪魔するのもよろしくないかなぁ、と?」

「んー、たしかに」


 すぐ近くの焚き火スペースから、なーこの陽気な声やヤスの叫び声などなど、皆の楽しげな様子が伝わってくる。それに火の番が要るので、そもそも全員では動けないことを忘れていた。


「あと実は……大地君と内緒のお話があったりしまして……二人きりがいいな、と。いかがでしょう?」

「おう、もちろんいいぜ。何でも来いってな?」

「ありがとうございます」


 そう答えるひなたは、いつものような朗らかな笑顔を見せつつも、全体的にどこか緊張した様子だった。もしかすると、夕陽を見ようというのは口実で、この内緒のお話とやらがメインなのかもしれないな。


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