7-61 甘味

 ヤスが崩した薪タワーを整え、根元の着火準備も完了したところで、テーブルで作業をしていた夕とマメが寄ってきた。


「ハイッ、にぃちゃん。トーチをどーぞっ!」

「ん、トーチって言うと……松明だっけ? ああ、皆でこれ持って一斉に着火するわけな? いいなそれ!」

「へっへへ。だろー?」


 ちょっとした儀式めいていて、ワクワクしてくる。まさに非日常体験だな。


「さっすがぁ〜あっさくん! デキスギくん〜、かなかなぁ〜?」

「んもう、なーこさんは大げさだなぁ。割りばしにキッチンペーパー巻いただけだし、こんなの誰でも作れるってば」

「ん〜? 割り箸でトーチってぇ言われたらぁ〜、そりゃぁ作れるよぉ〜? でもあっさくんは〜、トーチがあったら盛り上がる、手持ちの材料で作れる、と場を見て即断っ! その想像力とぉ創造力にぃ〜、ビックリなんだよぉ〜」

「そ、そぉ?」


 料理上手は実験上手と夕が言っていたし、何よりタイムトラベル装置を開発したほどだ、こういった工作は超得意分野だろう。


「そうそう。オレは最初、少年が何作ってんのかサッパリだったもんなぁ。それとこの割り箸に細工して上手く縦につなぐやつ、ほんと器用なもんだ。まったくスゲェ少年……こりゃ将来大物になるぜ」

「あーもぉっ、みんなしてボクをやたら褒めるの禁止ぃっ!」

「んん〜、かぁぃぃねぇ〜♪」


 はじめは対抗意識を燃やしていたマメも、今ではすっかりベタ褒めするようになり、なーこにでられる夕を見ても「お前は許す!」とばかりにうなずいている。……どうだ俺の娘はスゴイだろう? ま、育てたのは別の俺だけどな!

 そうして行き渡ったトーチに火を灯し、七人全員で薪タワーを囲んで屈んだところで、なーこから掛け声がかかる。


「じゃぁ〜いっくよぉ〜! スリー、トゥー、ワンッ」

「「「ファイアー!」」」


 き火台の穴やタワーの根元へ、皆が一斉にトーチを差し込むと、下部から徐々に燃え広がり始める。


「…………んー、思ったより、地味? ごわぁぁっとバーニングファイヤー! て感じにはならないんだなー。あ、サラダ油かけたらどうだろ?」

「ったくオメーは、また前髪焦がしてぇのか?」

「……トーチでいっとく?」

「ちょ、目堂さんもノらないの! ハイハイ危ないから仕舞っとこうね!」

「……ちぇ」


 ヤスにトーチを没収された目堂は、唇をとがらせつつも楽しげで、思えば随分と表情豊かになったものだ。……目堂基準で、だけど。


「うふふっ。炎が大きくなるのをジッと眺めるのも、キャンプファイヤーの醍醐味だいごみかと思いますよぉ?」

「そうそう、こういうのはシットリ楽しむもんだぞ」

「ハハッ、部長より少年のがよっぽど大人だ」

「くっ……なんも言い返せん、ツライッ!」


 そりゃこの中で最年長だからな。よく二十歳児にはなるけど。


「──あ、そうだ。少年、もうこれ入れていいんか?」

「うん、いいぞ。微調整はボクがやっとく」


 夕とマメは頷き合うと、脇に置いていた細長いアルミホイルをトングでつかみ、タワーの根本へ差し込んでいく。


「ん、この形でアルミホイルとくれば──」

「焼き芋ですねっ!」


 ひなたが元気良く俺の言葉を継いで、手をぱちんと打ち鳴らす。


「ふふっ、ひなさんは焼き芋が大好物──っこほん! す、好きそうだなー?」

「……? 朝君、よく分かりましたね?」

「え、えとぉぉ」

「ハハッ、そりゃこんな顔してたら、誰でも分かるだろ。な?」

「ソウダゾー」


 うっかり未来情報を使ってしまったらしい夕を、すかさずフォローしておく。世話のかかるお姉さんだぜ。


「あうっ、なんだか食いしん坊さんみたいで、恥ずかしいです……」

「あははぁ〜、あたしもぉ〜焼き芋好きだよぉ〜? 出店があったらぁ、買っちゃうくらい〜?」

「……甘味は正義」


 そうして手芸部三人が、ネ〜と仲良く頷き合っていたところ……


「ふっふっふ、焼き芋が待ち遠しいお姉ちゃん達には……これでもいかが?」


 夕が得意げにそう言って、テーブルから持ってきた皿を差し出す。


「わわっ、マシュマロもあったんですねっ!」

「うん、お隣のおばちゃんがくれたんだー。でぇ、そのまま食べても美味しいけど……」


 そこで夕は袋から取り出した竹串にマシュマロを刺すと、皆の前にズイと掲げながら高らかに宣言。


「焚き火でトロットロにしてやるぜぃ! むふん」

「まぁ♪」「いえ〜いっ!」「……絶対美味しいやつ」


 ワクワク顔のなーこと目堂が夕から串を受け取ると、早速マシュマロをひとつ刺し、焚き火の根本へ近付けていく。


「――っ燃えてますよ!」

「わわっとぉ~、ふっふうぅぅ~! んやぁ〜すぐ引火するねぇ──っとととぉ、今度は滑り落ち――っああまた燃えたぁ!」

「……焦げた……むつかしい」


 あっという間に黒焦げになったマシュマロを、なーこと目堂が残念そうに口へ入れる。


「……にがっ……あまあまぁ」

「これはこれでぇ〜、よきよき〜? だけどぉ、上手く焼きたいねぇ~」

「……攻略法求む」

「んー、二人はもうちょい火から離して、串を横向きでクルクル回すといいぞ。こんな感じで?」

「わぁ~お」「……上手すぎ」


 串団子のように三個もつらね、絶妙な位置調整をしながら回しあぶっていく夕の手元を見て、二人は感心しつつ真似ていく。


「んっ、今度はいー感じだしぃ、ひ~ちゃんにあげちゃうよぉ~!」

「うふふ、嬉しいです♪ お返しに私も作ってさしあげますね?」

「やたぁ♪」


 そうして女性陣(男装含む)だけで盛り上がっていたところ、ヤスが横から入ってきた。


「へー、面白そう! 僕もやりたいっ!」

「ごめんな、もう串ないんだ」

「ちぇー」

「ヤスなら素手でいけんだろ? ほら、ジュワッと!」

「いけませんが!? てかそれ手が焼ける音ぉっ!」


 そうしてヤスで遊んでいる間に、夕の三連マシュマロは時間をかけてじっくり焼かれ、表面が美しいキツネ色に仕上がっていた。それを夕はふぅふぅと息をかけて冷ますと、俺の口元へズイと近付けてくる。


「はいっ、にぃちゃん! あーん」

「――なっ!? ウ、ウム」


 唐突に放たれたあーん攻撃に内心ドキドキしつつも、気難しい顔を作って頬張る。


「おおお、スゴッ、中こんなトロットロになるんだな。なのに表面はカラメル状でサクサク香ばしい……ハハッ、焼きマシュマロ、スゲェうめぇじゃねぇか」

「ふっふふん。だろー?」


 実はマシュマロのモソモソアワアワ感があまり好きではなかったが、こうして焼けばクリーミーでとても美味しく感じる。もちろん、夕の焼き方が完璧なのもあるだろうけどな。


「大地だけズリーぞっ! なぁなぁ鉄人、下のやつ僕にちょうだいっ!」

「ダーメ、これはボクのっ」

「そんなぁ」


 夕はべぇと可愛らしく舌を出し、残りの二個をササッと口に入れると、頬をマシュマロのように溶かしつつ楽しげにこう続ける。


「ふふっ、沙也さやさんからもらったら? にしし♪」


 夕に意味深な振られ方をした目堂は、驚きつつヤスと手元を交互に見る。


「……欲しいの?」

「え、うーん、目堂さんが良かったら……?」


 図々しいヤスも女子相手では気後れするらしく、目堂へ差し出す手も少々遠慮がちだ。それを見た目堂は、少し考えた末に頷いたので、串ごと手渡すのかと思いきや……?


「……口開けて」

「なにぃぃ、全男子の夢・あーんイベント発生だとぉっ!? しかもこんな可愛い女の子とだなんてっ! うおおお!!! やったあああ!!!」

「──っっぅぅ……えい」

「あーん──じじじぃぃっ!?」


 火元から流れるようにヤスのゴールへシュート。超エキサイティング・一ヤスキル。


「はふ、はふ……目堂さんっ、ちょっとくらい冷まして欲しかったかなっ!?」

「……ばーにんぐふぁいあ? 希望?」

「うん、希望したね! でも僕をじゃないね!」

「…………ど?」

「んー、ちょい熱かったけど、うまーいっ! 目堂さん焼くの上手だねっ」

「……そ」


 そっぽを向いて口をモニョモニョさせる目堂を見て、仕掛け人の夕が「よろしい」とばかりに頷く。こういうお節介焼きでイタズラ好きなところ、夕となーこは似ているなと改めて思うのだった。

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