7-50 天馬

「……おしまい」


 そうめて過去を語り終えた目堂は、長くしゃべり過ぎて疲れたとばかりに、緊張を解いて長めの息をく。


「「「……」」」


 目堂らしく淡々と事実のみが語られたものの、そのあまりにヘビーな内容に、俺たちはかける言葉も見つからない。また、今日会ったばかりの俺が本当に聞いて良い話だったのかと、再度心配になってきた。

 そんな重い空気を感じ取ったのか、目堂は申し訳なさげな表情で口を開く。


「……ごめん……楽しいイベントに水を差――」

「うわぁ~ん、沙也さぁん、そっ、そんなおつらい幼少期をぉぉ……」

「――むがぁっ!?」


 だがすぐに、涙ぐむひなたからぎゅっとホールドされ、先ほどの夕のように生き埋め状態にされてしまった。もごもご言いながらジタバタする目堂を見て、なーこは一瞬だけ羨ましそうな顔をしたが、すぐにひなたを引き剥がす。


「――ぷはっ! ………………凶悪過ぎ」

「「ウン」」

「……圧倒的多福感が……脱出を拒む」

「「ウン」」


 夕となーこが目堂へうなずき返すと、ひなたが恥ずかしそうに頬を染め、胸を押さえてしゅんと縮こまる。……なるほど、なーこも生き埋め経験者だったのか。

 そのおかげか多少空気が和らいだところで、息を整えた目堂が再度ひなたの方へ向くと、あきれと嬉しさが混ざったような声でつぶやく。


「……陽は大げさ……ただの昔話」

「で、でもぉぉ……」


 慈愛の塊ひなたが大げさなのは多少あるが、実際かなりのキツイ過去を背負っていると思う。


「……久しぶりに……思い出した程度の事」

「えとぉ、そうなんです?」

「ふふんっ。だってぇ~沙也ちゃんには~、もうたっくさんお友達が~いるもんねぇ? にっしっし♪」

「……ふふ……そうね」


 目堂はなーことひなたを見て素直にそう答えると、気恥ずかしそうにはにかむ。


「……それに」


 さらに正面のヤスの方へ向くと、こう続けた。


「……過去に捉われ続けるのは……馬鹿馬鹿しい」

「うんうん、いいこと言うねぇ……って、なんで僕に?」

「……ふふ」


 ヤスが不思議そうに首を傾げると、それが何やら楽しいらしく、目堂はクスクスッと微笑む。

 なるほど、これで一つ得心がいった。目堂はこうして皆に気負いなく話すことで、ただの過去として乗り超えようとする意思を、自他共に示したかったのかもしれない。またこのやり取りから察するに、過去の傷ついた目堂がこうして前向きになれたのも、なーこを始めとした手芸部メンツが側に居たおかげなのだろう。昨日のなーこは、主に目堂を指して「良い友達に恵まれた」と言っていたのかと思うが、それもお互い様と……ああ、二人はまさに親友同士なのだな。


「んー、目堂さんが乗り越えたからいいけどさ……だぁもう、まったくヒデェやつらだよなっ!?」

「ああ、しかも周りの環境まで最悪ときてる」

「それよ。小学校の頃ってさ、今思えば理不尽なことすっげー多かったよなぁ」


 そのいじめっ子達が諸悪の根源なのは間違いないが、小学校で孤立無援という環境もまた、事態の悪化に一役買っている。こんな大人からすれば些細ささいな事がイジメの火種になり、それも一度火が付いてしまえば同調圧力で容易には消えず、子供一人の力で打開するなど到底不可能になるのだ。珍妙な苗字を持つ俺も、親父のシゴキで心身共に鍛えられていなければ、目堂と似たような運命を辿たどっていたかもしれない。


「ま、もしまたそいつらにチョッカイかけられたら言いなよ? 僕が一発ぶんなぐってやっからっ!」

「……大丈夫……それに最近は……ナゼか全く見ない」

「あ、そうなん? ならいいんだけど」

 

 同じ小学校だったなら近所に住んでいる訳で、バッタリ会うことくらい……そう不思議に思ったところでピンと来て、推定必殺仕事人へ耳打ちしてみる。


「(……やったのか?)」

「(あはっ☆)」

「(はぁ……)」


 恐ろしいので、これ以上は聞かないでおこう。


「……だけど……目を合わせるのは……まだ怖い」

「そっか……まぁ、仕方ないよね」


 目堂が少し気まずそうな顔で先ほどの件に言及すると、ヤスが頬をきつつうなずく。目堂の気持ちは前を向いているものの、一度植え付けられたトラウマは、そう簡単には消えないのだろう。俺も種類は違えど長らくトラウマに苦しんだ身なので、その気持ちは分かる。


「……それと」


 そこで目堂はヤスの方を向き、何かを言いかけるが、


「……なんでもない」


 そう言葉を濁してうつむいた。


「え、と、どゆこと?」

「……しらない」

「えぇー、またそれかよぉー!」


 そうぼやくヤスに、ヤレヤレと周りが首を振る。……またってオマエなぁ、ならいい加減気付いてやれよ……目堂が気の毒になってくるってもんだ。とまぁ、かく言う俺も、偉そうなこと言えた口じゃないんだけどな。


「ま、とりあえず事情は分かった──んだけどさぁ……やっぱもったいないよねぇ~」

「……なにが?」

「え、そりゃ、目堂さんが目を隠してることだけど?」

「……イミフ……私の目なんか見えて……誰得」


 目堂は自虐的にそう呟いて、ヤレヤレと首を振って返す。誤解とは言え、目付きの悪さが発端でイジメられたことで、悲しくも自己評価が完全に地の底へ落ちてしまっているようだ。


「むぅっ、沙也ちゃ――」

「いやいや何言ってんの!?」


 それに腹を立てた様子のなーこが反論しかけるが、ヤスがそれを遮る形で前のめりになって熱く語りだす。


「目堂さんの瞳、めっちゃ綺麗じゃんか! もちろんメガネ姿も似合ってて可愛いけど、無いのもスッゲー素敵だって! どっちにしろ、髪で隠すなんてもったいないっ! さっき僕なんて、見惚れて固まっちゃったくらいだからね? だからさ、見る目のなかったヤツらの事なんて忘れて、目堂さんはもっと自信を持ちなって! そんで勇気が出てきたら、また見せてくれよ、なっ?」

「っっっ!?!?!?」


 ヤス本人は百%善意で励ましているだけのようだが、聞く側からすれば全力で口説かれているとしか思えないセリフであり……目堂は顔を真っ赤にさせて一言。


「……夏恋」

「えいっ☆」

「アビャァァァ! なにゆえぇ~!?」


 そうしていつもの流れで、ヤスらしく地面に転がされるのだった。



   ◇◆◆



 無事に一件落着したところで、続きのあぶり出しをすると、次の目的地を指す文章『香り立つ宴の地、隠されしアイは開封の時を待つ』が完成した。それはどう考えてもBBQのテントを指しており、またそこにミッションのアイが隠されているとなると、どうやら謎解きイベントはこれで終わりのようだ。

 そうして俺たちは、チューリップアート広場を後にし、足取り軽くスタート地点へと向かっていた。その道中、すぐ後ろを歩くなーこと目堂の話声が耳に入ってきたので、歩きながら首だけ振り向いてみる。


「いやはや、彼もやるものだ。目堂キミも目をみはるほどの大活躍ではないか」

「……大げさ……図々しいだけ」


 二人は当然俺に気付いているが、ヤス本人にさえ聞こえなければ別に良いのか、特に気にもせず話を続ける。


「くくっ、キミにとってはまさに、ズカズカと島に乗り込んできた勇者ペルセウスだねえ」

「……それだと……私やられてる」

「おや? 現にバッチリやられていたではないか」

「……やられてなんか……ないし」

「だが、醜さではなく美しさに石化してかたまっていたと言われて、真っ赤になるほど嬉しかったのであろう? ん~?」

「……そっ……そんなこと……ぜんぜん……ないし」

「まったく、素直でないねえ。ま、そこがまた可愛いのだけれども、くふっ♪」

「……うるさい」


 本人は悔しくて認めたくないようだが、あの無自覚タラシ口撃で轟沈ごうちんしていたのは、誰の目から見ても明らかだった。ヤスなんかにやられてしまうとは、嗚呼ああ、おいたわしや。


「それに勇者に退治されるのも、悪いことばかりではあるまい。嫉妬に駆られた同級生女子女神アテナの呪いにより、醜い怪物ゴルゴンへと変えられた不憫ふびんな美少女メデューサにとって、それはある種の救いであったとわたしは思うよ」

「……かもね」

「さらには、その目堂メデューサ天馬ペガサスへと変わり、彼と共に秋の夜空を美しく飾るのだからね。ほうら、まるで未来の暗示のようではないか! くくっ」

「……むぅぅぅっ……そんな馬鹿なこと……絶対ありえないし……それにいい加減そのはた迷惑な勘違いを止め──」

「あはぁ~、こんな冗談に~ムキになる沙也ちゃん~、いとかわゆすぅ~♪」

「……はあぁぁもおぉぉ……これだから夏恋は……!」

「てへ☆」


 先ほどの俺と似たような手口で目堂をからかい倒すなーこ……うむ、これは「夏恋みたい」と言われても、仕方ないかもしれない。

 さらになーこは、目堂の目元で指先をクルクル回し、ニヤリと笑ってこう尋ねた。


「何はともあれ、無事に呪いが解け、EYEアイは取り戻せたようだね?」

「……えっ? ……………………しらない」


 そう素気なく返す目堂であったが、その前髪バリアが心なしか薄くなっているように見えるのは、きっと俺の気のせいではないのだろうな。

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