……幕間 ……怪物
あれはまだ私がそれなりに社交性を持っていた小学三年生の頃、放課後の
「いったぁ……何す――」
「おい目堂、お前なんでいっつもにらんでくんだよ!」
「え、とつぜん、何? 私にらんでなんか……ないよ?」
「うっそだー! さっきぜってー俺のことにらんでたろ!」
「そうだそうだ。最近オレもしょっちゅうにらまれてるぜ」
「ああ、俺も」
「そんなこと、してないのに……」
その頃視力が急激に落ち始めた私は、周りのものが良く見えず、意図せず目を凝らすことが多くなっていた。もちろん睨んでいるつもりなど全くなかった私は、目を凝らすことを言われているとも気付けず、身に覚えのない言いがかりをされていると思った。
「あ、にらんでくるって言えばさー、メドーサみたいだな!」
「めどー、さ? なんだっけそれ?」
「ほら、この前やってたゲームに出てきた、めっちゃコエェかいぶつだよ」
「あー、あのかくしダンジョンにいた、かみの毛がうじゃうじゃのへびになってるヤツか! 赤い目ににらまれて、99レベなのに一発で石にされてビビったよな!」
「うっわ、こっわぁ! ははっ、まさにこいつのことじゃん! 名前もにてるしなっ!」
今なら「ふっ、どちらが怪物やら」とでも言い返しているところ――んや、今でもそんな勇気は無いか。まぁ、過保護なお節介さんが代わりに反撃するので、そもそも私の出番が無いのだけどね。
「そ、そんな、私――」
「おいメドーサ、こっち見んなよ! 石になったらどーしてくれんだ!」
「そうだそうだ!」
「あははっ、そんなこと言ったらぁ、さやちゃんかわいそーだよー。あ、今はメドーサちゃん、だっけ? ぷぷぷ」
そこでまだ教室に残っていた女子が、嬉々として参加してきた。もう名前も忘れてしまったが、近くの机に座ってこちらを見下してきたあの怪物のような目は、今でも覚えている。私がクラスで人気の男子とたまたま委員会で一緒になり、その流れで良く話すようになった頃から、やたらと嫌がらせをしてくるようになった女子だった。要はただの嫉妬で、私が調子に乗っていると思われていた訳だけど、当時はなぜ突然嫌われたのかも分からず結構ショックを受けたものだ。
「なー、そのメドーサってのは、どうやって倒すんだ? すぐ石にしてくるんだろ?」
「それがけっこー簡単でさ、かくしアイテムの鏡を使ったらいいだけなんだ。そしたら自分で自分を石にして、一発で倒せる」
「ぷぷっ、じばくじゃん。ばっかでー」
本来の神話では鏡ごしにメデューサの姿を見るために使っているところを、そのゲームでは多少アレンジされていたらしい。ただ、その余計な設定が、彼らにイジメのアイディアを与えてしまうことになった。
そう、鏡で光を反射させて私へ当てる遊びが、彼らの間で流行ってしまったのだ。
「このかいぶつめ、セイギの光をくらえー!」
「うぅ、まぶしいよ……」
「おい、お前らもやれよー! 鏡持ってきたんだろ?」
「おーまかせろー、皆で力を合わせて、メドーサをたいじするぞー! ははははは」
「や、やめて……」
もちろんそれだけではなく、典型的なイジメメニューは一通り受けたと思う。ちなみに当時の私にも多少は友達が居たが、ヒエラルキー上位者に逆らってまで私を助けようとはしてくれないし、それどころか平気で口裏を合わせてくるので教師にイジメが露見することもなかった。今思えばあんなもの友達でも何でもなく、本当の意味でそう呼べるのはこの手芸部の子達だけ……全員違う小学校なので、まだ出会ってすらいなかったけど。
それからすぐに視力低下に気付いた両親が眼鏡を買ってくれて、やたらと目を凝らすこともなくなったが、当然ながら時すでに遅し、「こいつはいじめてもいいヤツ」という共通認識が変わることなどなかった。ただその一連のイジメも数ヶ月ほどで飽きたらしく、後は無視されるだけになったが……その頃にはもう他人と目を合わせるのも怖くなり、今のように口数も極端に少なくなってしまっていた。
それからの私は長い前髪と分厚い眼鏡で顔を覆い、島に隠れ潜む怪物メデューサのように人間を避け、まさに灰色の学生時代を過ごしたのだった。
……もちろんそれは、あの超お節介焼きと出会うまでの話、だけどね? ふふ。
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