7-49 素顔

※問題文再掲

『見えざれどみせる物、優しき隣を集むれば、見えざるものをも見せんとす』

―――――――――――――――――――――――――――――――――


「ハッハッハー、ならば謎は全て解けた!」


 厄災眼鏡騒動が落ち着いたところで、よみがったヤスが唐突に天を指差し、高らかにそう宣言した。


「……気は確かか?」

「ちょ、ひどくね!?」


 まるで名探偵の決め台詞のような、到底ヤスに似つかわしくない発言に、とりあえず正気を疑ってみる。


「で?」

「いやぁ、謎解きの答えが分かったんだけど」

「え……ああ」


 ラッキー朝サンドやら収れん焼肉事件やらで大きく脱線してしまい、謎解きのことが頭から抜けていた。厄災眼鏡、恐るべし!


「やけに自信満々だが、本当に解けたのか? また問題文の誤訳とかは勘弁してくれよ?」

「まぁ聞きなって。メガネで小澄さんを集めるって話なんだろ? それならほら……今さっき集まったじゃん?」


 ヤスはドヤ顔でそう言うと、頭上の太陽とひなたを同時に指差した。それを見た瞬間、俺の頭へ一気に理解が染み渡る。


「ぴんぽ~ん! ヤスく~ん、正解っ!」

「「「おおおー!」」」


 ひなたが太陽の比喩ということで、まさかまさかの正解だった。


「ほお。やるじゃねぇか、ヤス」

「ふっふっふ、これが大地をも超えたスーパーヤスさんの実力よ!」

「くっ…………じゃあ、太陽の光を集めてどうすんだ? 全ての謎が解けたスーパーヤスさん、どうか答えを聞かせてくれよ?」

「そいつは分からんっ! そっからは大地らが考えてくれ!」

「ハハハ、んなこったろうと思ったぜ!」


 出涸でからしヤスはさておき、眼鏡で光を集めると見えないものが見える、か……単純に考えると、暗い場所を光で照らす? いや、暗いところなんて無限にある中、どこを照らすかのヒントが全くないし探しようがないか。うーむ、二回も見えないものを見つけさせるとは、まったく難しいことを要求してくる問題だぜ。

 そうして皆で悩んでいたところ、マメが自信なさげに口を開いた。


「光……熱……んー、もしかして……集めた光の熱であぶり出しってのは、どうだろ? 実はこれ、柑橘かんきつ類の汁塗るだけで簡単に作れてな、昔兄貴とよく遊んだっけ」

「それだっ!」


 漫画などで見た時は炎であぶっていたが、塗られたものが熱で変色すれば良いだけなので、理屈上は光の収束でもできるだろう。


「そうなると、この紙──問題用紙をあぶる、でいいんか?」

「はい、それに違いありません! 実は問題文の上側に少し隙間があって、文全体がわずかに下側へ寄ってるんです。この部分をあぶると、答えが浮き出るのではないでしょうか!」

「おおお、ほんとだ……問題文を良く読めはさっき思い知ったとこだけど、まさか問題文の形まで良く見ないととは……くうぅぅ、さすがは一色さんの問題だっ!」


 マメのヨイショに、ふふんと胸を反らすなーこ。


「……陽、良く気付いた」

「えとぉ……几帳面きちょうめんななーこちゃんにしては少し不自然かもと、気にはなっていたんですけど……ごめんなさい、もっと早くお伝えした方が良かったですね……」

「それはまぁ、仕方ないだろ。全部という訳にはいかんし」


 皆が気付いた取り留めもない事を全て共有していたら、それはそれで情報過多になる訳で、時には各自判断による情報の取捨選択も必要なのだ。


「そうそう、こんなん普通は誰も気にしないって。だって僕なら、真面目に書いてももっとズレるし!」

「……ふふ……ミミズ文字」

「くっ、その通りさっ! ――って目堂さん、ナゼそれを!?」

「……しらない」


 そう言って自身のポケットをでる目堂だが、その少し得意げな表情からすると、明らかに知っている様子だ。ヤスが不思議がるように、クラスも部活も違う二人が互いの字を見る機会などまず無い訳で……もしや二人は以前どこかで接点があって、アホヤスが忘れているパターン? それでその時に、目堂から好かれるような何かをしてたりなんて……ハハッ、おめぇはラブコメ漫画の主人公か?

 

「それでは早速、あぶり出してみましょうか」

「あっ、僕やりたいやりたい! 実は初めてなんだよね」


 子供のようにハシャいで手を上げるヤスだが、その気持ちは分からなくもない。あぶり出し、少年心をくすぐる何かがある。


「まぁ別にいいけど、ミスって紙燃やすんじゃねぇぞ」

「おいおい、まさかこの僕がそんなヘマするとでも?」

「おう」

「ヒドイ!」


 少々不安になるが……デキルなーこの事だ、耐熱紙あたりを使って対策していることだろう。


「じゃ目堂さん、ヨロシク」

「……ん」


 目堂は差し出されたヤスの手に、眼鏡を置く――かと思いきや寸前で止める。


「どもども――っあじぃっ! 僕をあぶり出しても何も出ないよっ!」

「……焦点の確認」

「そりゃ助かるねっ! でも僕で試すのはやめようねっ!」

「……冗談」

「はぁ、目堂さんの冗談は分かりにくいよ……」


 たしかに、表情が読みにくい上に声の抑揚もないので、冗談の判別が割と難しい。


「んじゃ僕が光あてるから、紙を広げて持っててな」

「……わかった」


 目堂がA5横サイズの問題用紙の両側を持つと、ヤスが眼鏡の角度と距離を上手く調整し、用紙上側のスペースへと光を当てていく。


「んっ、これ結構ムズいなぁ――っとおおお! 文字が出てきたぞ! やったな、目堂さんっ!」

「……良く見えない……裸眼だし」

「あーそっか。前髪もスゴイもんね?」

「……それは平気……慣れてる」

「ふーん」


 目堂は普段よりさらに髪を前へ出し、身体も少し前傾させているので、俺たちからは顔が全く見えないが……本人は髪の隙間から見えているらしい。


「おーおー、どんどん浮き出てくるの楽しい――っとと、結構はじまで書いてるなぁ。目堂さん、手が被ってるしズラして……って見えてないんよね。えーと、こっち側をこう持って――」

「わわっ、わ、わあぁぁ!?」


 ヤスが目堂の手を握って位置を変えようとしたところ、目堂は驚きのあまり紙を放し、バンザイ状態でわちゃわちゃしつつ後ろに倒れそうになる。


「――あぶなっ!」


 すかさずヤスが一歩出て目堂の両脇をつかんでとどめたが、その拍子に前髪バリアが横に流れ落ち、隠されていた素顔があらわになってしまった。

 二人は驚きの表情で見つめ合い、一瞬固まっていたが……


「――っみないで!!!」

「うわとと」


 ヤスが顔面に手をぺちんと当てられて、手を放しつつ後ろへ少しよろめく。


「え、ええと……目堂、さん?」


 驚きと戸惑いの表情を浮かべるヤスに対して、物言わぬ石像のように固まっている目堂。周りで見ていた俺たちも、突然の展開にどうして良いか分からず、互いに困り顔で見合う。


「――はいはーい、ちょちょぉ~っと、どいてね~っ!」 


 そこでなーこが駆け寄ってヤスを横にズイと押し出すと、目堂石像をひょいと抱えて移動して行き、少し離れたところの屋根付きテーブルベンチに座らせた。

 俺たちが遠くから成り行き見守る中、二人は何か話している様子だったが……ややあってなーこがニコニコしながら手招きしてきた。


「……なぁ大地、僕どうなるんだろ?」

「そりゃぁ……馬刺し?」

「ヤッパリィ!?」

「冗談だ。あのなーこの雰囲気だと、たぶんお仕置き系じゃないだろ」

「そうだと、いいけどね……」


 重い足取りのヤスを先頭に皆でテーブルまで近付くと、目堂の隣に座るなーこが対面をチョイチョイと指差してきて、そこへ当事者のヤスが緊張した面持ちで座った。他の俺ら四人は、テーブルが四人掛けで全員は座れないため、周りに立って見守ることにする。


「……ええと、それで僕にはどういう処罰が?」

「あははぁ~、そんな事しないよぉ~? 沙也ちゃんから~、お話あるだけっ!」

「えっ、そなんだ?」


 驚きつつホッとしているヤスは、完全にお仕置きされる前提でいたようだ。


「………………あの」


 それから少しの間沈黙が続いた後、目堂が意を決した様子で話し始めた。


「……ごめんなさい……びっくりして……思い切り叩いちゃった」

「え!?」


 なんと目堂にとっては、全力ビンタだったらしい。どうやらヤスも叩かれたという認識は全くなかったようで、困り顔で頬をきつつ答える。


「あー、その…………そう、実は僕すっげー頑丈だから、ぜんぜん平気さっ! ほら、大地にいっつもハタかれてっからな?」

「うむ、感謝するように」

「それは違うかなっ!?」


 ヤスなりに上手く気を遣って返したので、俺も合わせておいたのだが……


「……優しいのね」

「いや……」「む、むぅ」


 どうやらそれもバレている様子。何だか妙に気まずいぞ。


「それで……さっきは急に、どうしたのかな? 僕がなんか悪い事しちゃったなら、全力で謝るけど……」

「……そんなことない……私の事情……だから」

「そ、そうなんだ」


 普段の素行からすると実に意外なことだが、ヤスが粗相を働いたからではなかったらしい。


「えーと、その事情? もし目堂さんが良かったらだけど……聞かせてもらっても?」

「……ん……気分のいい話じゃ……ないけど……いいの?」

「はははっ、もちろんドンとこいだ!」

「……ありがと」


 そこで込み入った話を俺が聞いて良いものかと思い、自分を指差しつつなーこへ視線を向けると、オッケーサインが返ってきた。なるほど、すでに目堂と段取りしてあった訳だ。

 そうして目堂は、皆に見守られる中、その訳ありの過去について話し始めた。


「……あれは私が……小三の頃――」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る