7-48 厄災

※問題文再掲

『見えざれどみせる物、優しき隣を集むれば、見えざるものをも見せんとす』

―――――――――――――――――――――――――――――――――


「……もしかして……これ?」


 そう言って目堂が指差した物、つまり『見えざれどみせる物』が指す透明な物体とは……眼鏡のレンズだった。


「それだっ!」

「おおすっげー! またまた目堂さん、やるじゃんっ!」

「……わたし用だし……ダブル灯台下暗し」

「あっ、確かになぁ」


 そう、「沙也推奨」なのだから、目堂に関係する物を連想すれば良かったのだ。このヒントは最初から提示されていたというのに……目堂が言うように、俺もまだまだ視野が狭し暗しだな。


「へぇ灯台か、上手いこと言うなぁ。離れた僕らからは光が反射して見えてるけど、目堂さんからは近すぎて見えないもんな?」

「……一応見えてる……意識しないけど」

「あーそっか。目の前に在るのが当たり前過ぎて、普段は見えてないんだねぇ。あれだ、鼻みたいなもん?」

「……ん……それ……そっちも上手い」


 目堂が素直に褒めているように、ヤスの例えもなかなか言い得ていて、非メガネ男子の俺にもその感覚を理解できた。


「つまりは、物理的に透明で、さらに意識的にも透明で見えざる物って訳だ。このまえ漢文で出てきた、『心ここらざれば視れども見えず』……みたいだな?」


 そうまとめてみると、なーこからはサムズアップが、ヤスからはお手上げハンズアップが返る。


「それで後ろの部分の意味は、視力の弱い沙也さんに物をクリアに『見せる物』ということですね。――あっ、でも、ここは平仮名で『みせる』でしたが……なぜでしょうか?」

「……たしかに」

「おっとぉ、これはまだ何かあるかもしれんな」


 ここまでの設問も含めて、なーこは厳密に言葉と表記を選んで書いているので、これにも何か別の意味が含まれているに違いない。それで隠された他の意味を考えていると……


「みせる、ミせる……――ああっ!!!」


 隣のヤスが思いついたようで、手を打ち鳴らしてこう言った。


「魅力の魅で、『魅せる物』も掛けてるとか? だってほら、メガネ掛けてる目堂さん、似合っててすっげー可愛いしさ? なっ?」

「っっっ!?!?」


 ヤスの無自覚タラシ口撃を被弾した目堂は、声にならない声を上げつつ長い髪を両手でつかんでカーテンのように前へ出し、真っ赤になった顔を完全に隠してしまった。


「ひゅぅ~、ヤス君や~るぅ~♪ 大正解だよぉっ! ……色々な意味で」

「……………………またこの男は……許さない……ぅぅぅ」


 髪バリアの中から、とても悔しそうな声が聞こえてくる。これは進展……と言っていいのか?


「なぁなぁ、だいちにぃちゃん」


 そこで可愛い我がが、シャツの袖をチョイチョイと引いてきた。はいはいお兄ちゃんですよ。


「ただの参考で聞きたいんだけどさ……眼鏡の女の子って、好き?」

「えっ? あー………………いいと思うぞ。特に、普段かけてない子がファッションでかけたりすると、新鮮でいいよな」

「そ、そう!? 例えばどんな眼鏡が、好き? あくまで、参考に、聞きたいぞ!」

「ん……赤いメガネとか、割と好き、かも?」

「!?」


 タイムトラベルの説明をする時に、先生っぽくあろうと赤眼鏡を掛けた夕は、最高に可愛く魅力的だった。その感想が非常に遠回りしつつも伝わったのか、


「ふ、ふーん? そっかそっか、とっても参考になったぞ。………………ふふふふ」


 夕はニマニマしながら小さくガッツポーズ。そう思うのはお前がかけてたからだぞ、と付け加えたら夕はどんな顔するかな……と想像して妙に楽しくなってしまったのは、もちろん内緒だ。



   ◇◆◆



 ワチャワチャが落ち着いたところで話を本題に戻し、俺たちは『見えざれどみせる物、優しき隣を集むれば』の部分の解読を進める。


「これで最初の部分が眼鏡と分かりましたので、眼鏡で私を集めるということになりますが……ええと、結局何をすれば良いのでしょうね?」

「うーん……」

「なぁなぁ小澄さん、試しにかけてみたら?」

「あっ、それもそうですね。沙也さん、ちょっとだけお借りしても?」

「……ん……オススメは……しないけど」


 ひなたが近付くと、目堂は少し渋りながらもレンズを下向きにして手渡す。そこでふと俺は、メガネを外した目堂の顔が少し気になって目を向けてみるが、うつむき加減に前髪バリアを展開されて全然見えない。……うん、きっと凄く恥ずかしがり屋なのだろう。今はじっと見ない方がよさそうだ。


「……陽、どう?」

「んわあぁ~! くらくらぁ~しましゅぅ~~」

「え、ちょぉ!?」


 ひなたが目堂のメガネをかけたところ、あまりに度が強すぎたのか、フラフラしながらこちらへ倒れこんできた。それで俺が慌てて受け止めようと身構えたところ……


「──阻止っ! ――んぎゅふっ」


 まさかの夕が間に飛び込んできて、朝サンドが出来上がってしまった。自らもが料理になるとは、流石は料理長である。


「ふわわっ、ごめんなさい大地く――じゃなくて、このちいちゃさは……朝くん?」

ちいちゃいって言うなー!ふぃぃふぁひっへひゅうふぁー! でかけりゃいいってもんじゃないぞー!ふぇふぁふぇふぁひひっへふぉんひゃふぁいふぉー!


 夕がひなたの胸に埋まりながらモゴモゴ文句を言っている間に、俺はサッと離れて後ろに下がる。隣を見れば、ヤスが「鉄人うらやま……くぅ~替わって欲しいっ!」と煩悩をだだ漏らし、目堂の「……夏恋」で即座に電撃鞭お仕置き発動、それをマメが羨ましそうに眺めるというカオス状態だ。

  

「――ぷはぁっ! なんてっ、凶悪な……っ!」


 さらにはひなたの胸から脱出した夕がそうつぶやくと、ナゼかなーこがしみじみとうなずいている。……いやもう何がなんだか。


「……だから言った……それは厄災を招く」

「しゅみましぇん……」


 目堂から差し出された手のひらに、ひなたが申し訳なさそうに厄メガネを立てて乗せる。すると……


「――んぁぢゅ!!!」


 目堂が珍しく大きな声をあげ、大慌てでメガネを手で覆った。


「さっ、沙也さん!? どうされました!?」

「……光で手が焼けた……収れん焼肉」

「ごっ、ごめんなさい! 火傷されてませんか!?」

「……だいじょぶ」


 これは……小学校の理科の実験であった、虫眼鏡で光を集めるやつだろうか。確かその時に先生が、ペットボトルや金魚鉢などの身近な物で起きる火事――収れん火災に注意しなさいと言っていた。ただ、それだと一つ不可解なことがあり……


「あ、あのぉ、私のメガネだとそんな事にはならないんですけど……どうしてでしょぉ?」


 ひなたが言うように、メガネは凹レンズなので光は光源側に集まるのだ。

 それでひなたと一緒に首を傾げていると、


「沙也さん、遠視なんじゃ?」

「……ん」


 夕先生の的確な一言が入り、謎が解ける。


「ああ、遠視用だから凸レンズなのか!」

「へぇ~、オレらくらいの歳で遠視って珍しいな?」

「……幼少期から遺伝の軸性遠視と乱視……しかも左目は弱視」

「うおぉ……なんと言うかその、大変そうだな」

「……まぁね」


 幸いにも裸眼で過ごせる俺には、本当の意味でその辛さは分からないので、月並みな事しか言えない。


「なるほどぉ、それでメガネに慣れている私でも、すっごくクラクラしたんですねぇ」

「……だから厄災メガネ」


 そう言って目堂が在るべき所に厄災を封じ、ふぅと一息ついたところで……


「あー、ちょっといいか?」


 倒れ伏していたヤスがムクリと起き上がってきた。ゾンビかな?


「オーレンジャーやら突撃レンジャーやらは、僕にはよう分からんかったけど……要は目堂さんのメガネで、光を集められるんだよな?」

「だな」

「そうか………………ハーーッハッハ!」


 そこでヤスが突然笑い始めると、


「ならば謎は全て解けた!」


 人差し指を天高く突き上げ、そう高らかに宣言するのだった。……気でも触れたか?

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