7-45 躊躇

 三問目を解き終えた俺たちは、そのゴールとなるチューリップアートへ向かって、丘の頂上から続く数百段の階段を降りていた。ちなみにもやしっ娘の目堂は、「……下りだから……がんばる」と意気込んで自力で降り始めたものの、何度か転びそうになってしまい、それを見かねたヤスに背負われることとなった。ただその際には、行きとは違って少し抵抗を見せており……やはり不快だったのだろうか。まぁヤスの背中だもんな、致し方なし。

 そうして階段も終盤に差し掛かったころ、俺の少し前を並んで進む夕となーこの話し声が、断片的ながら聞こえてきた。


「(こ――題、――しのこ――すよね?)」

「(おや、やは――うか)」

「(え……)」

「(くくく)」


 その夕の声色が敵意を帯びていたので、二人が喧嘩けんかにならないかと少し心配になった俺は、距離を縮めて耳を傾けてみることにする。それで歩きながら話すような内容となれば大丈夫だとは思うが、もし俺が聞いてはいけないような話だったなら、すぐに耳を塞いで離れるとしよう。


「(聞いてたんですか)」


 ──っごめん夕! ……いや、朝じゃなく夕の口調だし、なーこに言ったのか。ふぅぅ、びっくりした。


「(詮索好きのわたしが無理矢理聞――し、勝手に相談に乗っ――だから、責めないであげてくれたまえ)」

「(言わ――くてもしません)」

「(だろうとも。そ――も聞いたのは単なる客観的事実のみで、この問の話はあ――でわたしの推測だったのだから、ね?)」

「(はあ……一体何が目的ですか? 牽制けんせいにし――妙ですし)」

「(くくっ。それは至極単純な話、ただ――味だよ)」

「(趣味……?)」

「(うむ。つまりこれは、この不肖お節――きからキミへの、ささやかなエールなのさ)」

「(え、ええっ!? ……ああ、全部そういう…………はあぁぁ〜、ほ――とーに、いい趣味してますねっ)」

「(おや、増々キミに嫌われてしま――かな? いやはや片思いはツライねえ……ヨヨヨ)」

「(そーいうとこですっ! もぉ、ど――けひねくれてるんですかぁ)」

「(違いない)」

「(あら、自覚はあ――ですね?)」

「(くくく)」

「(ふふっ)」


 そうして二人が不敵に笑い合ったところで、なーこが背中へ手を回してグーパー――っとと、なーこには気付かれてたのか。こりゃ後で、「わたしたちの心配など十年早い」と叱られそうだ。まずは大人しく下がっておこう。

 それで最初の方はかなり警戒した様子の夕だったが、途中で急に友好的な雰囲気に変わったので、ひとまず安心できた。俺には正直良く分からない内容の話だったが、きっと二人にとっては良い対話の機会になったのだろうな。



   ◇◆◆



 丘から降りてきた俺たちは、渦巻き型のチューリップアートの中へと入り、その中央へと続く細い花壇の通路をグルグルと進む。その花壇に植えられたチューリップが、黄から白、ピンク、赤へと変わっていき、間もなく渦の中央に辿たどり着いた。

 それで次の問題文を探して花壇周辺を見てみれば…………高さ十五㎝ほどの小さな造花の赤いチューリップが、本物に混ざって地面に刺さっていた。


「……これか?」

「だよぉ~!」


 なーこは屈んで造花をスッと引き抜くと、茎に結ばれていた細く白い紙を取り、こちらへ渡してくる。さらには、土が少し付いた茎の先端部分だけを取り外してポケットに仕舞うと、本体の花をひなたの胸ポケットに挿した。


「こっちはぁ~、ひ~ちゃんにっ!」

「まあまあ♪ 本当に頂いてもいいんですかぁ?」

「もっちろんっ! んふぅ~、似合ってるよぉ~? 可愛さ百倍っ!」

「うふふ、ありがとうございます♪」


 それは一見微笑ましい光景なのだが……赤いチューリップを渡すって、つまりこれ……とは言え造花だし、そもそもひなたは友好の印くらいにしか思っていない様子だ。ただなーこの方は、当然そういうつもりだろうし……うーん、何だか少し切なくなるなぁ。いつか本当の意味で渡せる日が来るといいな。

 そうしてしんみりしていても仕方ないので、謎解きを進めるとする。それで渡された細い紙を何度か開いていくと、二つ折りの状態になったところで、表紙に書かれた注意書きが目に入った。


「えーと……『朝日専用』だとさ」

「やったっ、今度はボクの番だな! よーし、うでがなるぞぉ!」


 腕を前に突き出して意気込む夕は、俺から問題用紙を受け取ると、すぐに開いて黙読し始める。


「なになに……………………んなぁっ!?」


 だが少し考える素振りの後に、どうしたことか顔を赤らめて、なーこの方へと向いた。


「ん〜? どぉしたのかなぁ〜、あっさくん~?」

「またこんなことして……」

「あはっ☆」


 あきれる夕に対して、悪びれもせずテヘペロするなーこだが……一体どんな問題が書かれていたのだろうか。


「まぁとりあえず、解けたぞ。にぃちゃん、うしろの――」

「ダメだよぉ~? 専用問題だからぁ~、見つけるまで一人でぇ~ねっ? くふっ♪」

「えっ、ええ!? だ、だってぇ……」


 途中で割り込んだなーこの発言に、夕は顔をさらに赤くさせ、問題用紙と俺を交互に見てオロオロしている。


「そっかぁ~、あっさくんには~むつかしかったぁ~、かなかなぁ? あたしも~鬼じゃないしぃ~? 特別にぃ~、ぎぶあっぷしてもぉ~いいよぉ~?」

「む、むむむ!」


 なーこからのあおりを受けて、夕は物凄く悔しそうにしているが……解けたと言った以上は問題が難しいからではないだろうし、どういうことだろうか。

 そこでなーこが夕に近寄ってきて、小声で話し始める。


「(そうなれば、わたしが代わりに回収することになるが、良いのかい?)」

「(なっ!? ……もー、ほんといい趣味してますね!)」

「(くくく、キミも楽しみたまえよ)」

「(ばかぁっ!)」


 そうしてなーことコソコソ話していた夕だが、


「はあぁ……謎解きだから仕方ない、もんな? うん、これは仕方ないんだ……」


 何かを諦めた様子でそうつぶやいて、こちらへ一歩近付いてきた。


「だいちにぃちゃん。悪いけど、ちょっとだけジッとしててな」

「え、なんで? まぁ、別にいいけど……?」


 すると夕は俺の背後に回り込み…………なんと尻を触り始めた!


「ちょおお、おまえ何してんの!?」

「いいから!」


 全然良くありませんが!? なぜ俺は男装幼女からセクハラを受けているんだ、しかも皆の前で! ヤスなんか、「鉄人に何させてんだ、こいつ変態か?」と言わんばかりにいぶかしげな目でこっち見てるしよ!? どう見ても俺が被害者だろ!


「逆の方かな……あったぞ!」


 激しく動揺する俺をよそに、夕は俺の尻ポケットに手を入れ、中から紙を抜き出した。


「……え? 俺のポケットが隠し場所、だったん?」

「そういうことだぞ……」

「いやいや、言ってくれたら自分で――ああ、専用だからか。はぁ、まったくあいつは」


 小学女児にセクハラを強要させて喜ぶ女子高生……事案なのでは? そもそも、なーこはいつの間に俺のポケットへ仕込んだんだよ……忍者なのでは?


「ふぅ。んじゃ気を取り直して次の問題――」

「待ってねぇ~? 次はむつかしめ~だしぃ~、一旦出よぉ~!」


 回収した問題用紙を読もうとした夕を止めて、なーこがそう言って渦巻きの出口を指す。夕の場合は一瞬で解き終わったから良いが、難しい問題で時間がかかるとなると、この通路では他のお客さんの迷惑になってしまうからだろう。

 それで渦巻き通路から皆でゾロゾロと出ていく中、ちょうど夕が隣に来たので、今回の専用問題について尋ねてみる。


「ちなみに、どんな謎解きだったんだ?」

「っ! にぃちゃんにだけは、ぜ、絶対教えないぞ!」

「……なぜに?」


 立ち止まって疑問を浮かべる俺をよそに、夕は問題用紙をビリビリに破いてポケットに隠し、そそくさと先へ行ってしまった。


「ええぇ……そうまでして隠されると、余計気になるよなぁ」


 そうぼやきつつ歩き出したところ、なーこがスーッと音もなく後ろにスライドしてきた。こやつめ、やはり忍者だったか。


「……おおっと、うっかり問題メモを落としてしまったヨー。タイヘンダー」


 さらに俺だけに聞こえるようクッソ白々しい声でそう呟くと、俺の目の前に紙切れを落とし、スーッとスライドして去って行った。


「……はいはい、拾えってことな?」


 無視すれば後で絶対怒られるヤツなので、独り文句を呟きつつ拾っておく。確認すると紙には朝日専用と書いてあるので、きっと夕に破かれた問題用紙と同じ物なのだろう。ただ、夕が隠そうとしたものを、本当に見ても良いものか……んーでも、何事へも配慮を忘れないなーこが見せて良いと判断したということは、きっと大丈夫なパターン、だよな? それに、普通にメッチャ気になるしな! ヨシ、読んでみよう!


『愛しき者が座す時、愛しき者に触れる』


 ふむふむ、愛しき者か……夕用の問題だから……ま、まぁ、俺、なんだろうな。んで俺が座ると俺に触れる……なんで答えが尻ポケットになるんだ? うーむ……ここはちょっとズルをして、答えから逆算で考えてみようか。俺が座ると尻ポケットが触れるもの――ってああ、「大地」か! な~るほどなぁ! 

 それにしても、この謎を一瞬で解いた夕はさすがだし、作ったなーこはもっと――って待てよ、夕用ってことは即興で作ったんだよな? しかも、この問題の内容もそうだし、さらにお触りまでしないとクリアできないように設定している……まったくお前は、俺らをからかうのが本当に楽しいようだな!

 そうして俺は夕同様に用紙を破ってポケットにしまうと、少し前でニヤニヤしながらこちらを見ているなーこへ、ヤレヤレと首を振って返すのだった。

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