7-58 爆発

 スイーツというヒントをこっそり入手できた俺は、そこから思い付いた二つ目の同音異義語の候補を、皆に告げてみる。


「スイーツと言ったら、高級ホテルとかで聞くスイートルームがあるが、これって甘味の方のsweetスイートと違う単語だったよな? ちょっとつづりに自信ないけど、suitスーツみたいな無駄に覚えにくいヤツ」

「──大地君それですっ! エス、ユー、アイ、ティー、イーで、suiteスイート、完璧な同音異義語ですよ!」

「ヨシッ!」

「やったか!?」

「おう、無事フラグ回避だ」


 これも夕先生のヒントのおかげなので、全力でナデナデしてあげたいところだが……おトボけ夕はヒントを出していないていだし、それに皆の前でデロンデロンになられても困るので自重だ。再度感謝の念を送るだけにしておこう。


「んでこっちのsuiteスイートの意味は……『ひと続き』、『ひとそろい』、『ひと組』みたいな感じで合ってたか?」

「はい。例えばスイートルームだと、続き部屋という意味になりますね」

「へえぇ~。僕はてっきり、夫婦とかカップル専用の甘々な部屋なんかと思ってたよ、ハハハ」

「ああ、オレもだ」


 あるあるの勘違いだが、実際の用途を考えるとあながち間違っていないかもしれない。俺が将来稼げるようになったら、夕を連れて行ってあげたいものだ……まぁ、色々な意味でどれだけ先になるやらだが。


「そうしますと……『ひと組』で『193』、または『組』のみで『93』でしょうか? 『ひと続き』や『ひと揃い』は、数字で表現するのが難しそうですし」

「んー……だな、それが本命だろう。それでベン図に従って『砂漠』の『389』との共通の数字を探すと、仮に『ひと組』で『1』があっても消えて、どっちにしろ『3』と『9』が残るな」

「あっ、それもそうですね!」


 他の解釈もできるだけつぶしておくと……『ひと続き』を『234』のような連番数と考えるのは、その数字を特定する手段が全く無いから違いそうだ。また、『ひと揃い』を一のゾロ目と解釈して『11』や『111』とした場合は、どのみち『1』が『389』に無いから消える。やはり『3』と『9』しか考えられない。


「てことは……あとは『3』と『9』を入力したら、ついにエンディングだなっ? よっしゃぁ、映えある入力役は僕に任せろ!」


 いいとこだけ持ってく族ボタン押したがり系男子のヤスは、早々とパネルの前に陣取って指をかけるが……そこで首を傾げてこちらを見てきた。


「……なぁ大地、『3』と『9』のどっちが先なんだ?」

「んー……」


 唯一のヒントとなるベン図からは、『389』と『193』の共通部分としか分からないので、『39』か『93』かは特定できない。他の皆も渋い顔で黙すのみで、特に夕からも意見が出てこないとなれば、どうやらそういう問題設定のようだ。


「多分これはノーヒントだ」

「え、運ゲーってこと? それ謎解きとしてアリなん?」

「だから三回チャンスなんだろうな。俺らが『389』で間違えるのも想定済みで、この完全運頼みの二択を、ちょうど残り二回で当てる設計にしたって訳だ」

「なーるほ。んじゃ『39』と『93』を両方試したらいいだけ…………なんだけど、もし答えが間違ってたら、爆発するんだよな?」

「……ああ」


 まだ二回もチャンスがあると思っていたのに、実質一回だったとは……ここにきて『389』でのワンミスが悔やまれるな。


「む、むむ……やっぱ入力役、大地がやりたいよな? どうしてもってなら譲るぞ?」

「なんだヤス、ビビったか?」

「ビ、ビビってねぇし! ……よ、よし、なら一回ずつだ。んでジャンケンで勝った方から押す、どうだ?」

「……いいだろう」


 これほど頑張ってきた謎解きなので、ヤスの言うように最後のボタンを押したい気持ちも確かにある。


「んじゃいくぞ、ジャーンケン!」

「ホイッ──くっ」

「よし、僕からだな!」


 ヤスはそう言って再びパネルへ指をかけたところで、動きを止めて悩み始める。


「うーん、どっちにしようか──」

「なぁヤス、俺が『39』でもいいか?」


 実は一つ思い当たることがあって、どうせなら俺が当てたいと思い、そう提案してみた。


「え、もしかして『39』が正解なん? なんだよヒントあったんかよー」

「いや……」


 謎解きとしては完全に運頼みの二択であり、筋の通った理屈がある訳ではなく、あくまでなーこなら『39』を答えに選ぶ気がしただけなのだ。ここでなーこの顔を見れば分かるかもしれないが……なんだか無粋な気がして、それはやめておいた。


「なんとなく、かな」

「ふーん。……ま、なんか大きい方が強そうだし、僕は『93』にしとくよ。んじゃ、ぽちっとぉ!」


 ヤスが適当なことを言ってパネルに入力し、『解』ボタンを押すと……


 ブブー!


 ハズレの音が鳴った。


「ちぇー、ハズしたかぁ。んじゃ大地、あとはヨロシク! ……自信、あんだろ?」

「さぁな」


 ヤスと入れ替わりでパネルの前に座ったところで、なーこへ重要事項を確認する。


「……ちなみに、爆発すると?」

「手首がぁ~吹き飛ぶよん☆」

「おまっ、シャレんなってねぇんだが!?」

「──あはっ、ナコナコじょーくだよぉ~。指先をちょびっと火傷する~くらいかなぁ~?」

「ん、指先か……何するにしても不便だし地味に嫌だなぁ」


 まぁ、親父にシゴカれてた頃には常時傷だらけだったし、そのくらい全然大したことないけどな……そう思っていたところ、なーこが隣に寄って来て耳打ち。


「(なあに、その時はわたしが責任を持ってキミの手となり、付きっきりでお世話してあげるよ。朝も、昼も、夜も、ネ? どうだい、嬉しかろう? くふふ♪)」

「(ノーセンキュー)」

「(むう、ツレナイ男だねえ…………でも、『夕の看病なら嬉しいのになぁ』とは思ったのだろう? ん〜?)」

「(そっ、そんなことはないぞ)」


 なぜバレた。


「(くくく、ワザと間違えないようにね?)」

「(せんわ!)」


 なーこはからかうだけからかって満足したのか、立ち上がって一歩下がると、周りに声をかける。


「ハイハイみんなぁ~、少し離れててねぇ~?」


 すると皆はテーブルから立って一歩下がるが、目堂だけは斜向いの隅の席にジッと座ったままだ。一番離れているし、それとどうせ立つのが面倒くさいとかだろうけど……巻き込まれても知らんぞ?


「そっれじゃぁ大地くん~、ポチッといってみよぉ~!」

「お、おうよ」


 皆に心配そうな顔で見守られながら、パネルへ『39』と入力して『解』ボタンへと指をかければ、緊張から掌にじんわりと冷や汗がにじむ。

 もちろん正しく解けているはずだ。

 もうこれ以外に答えは考えられない。

 しかも個人的に当たりと思う『39』の方だ。

 人事を尽くして天命を待つ。

 自分、そして夕や皆を信じるんだ。

 よーし、押すぞぉ……!


「いざっ!」


 パァンッ!!!


「ぐあぁちきしょう!!!」


 乾いた炸裂さくれつ音と共に閃光せんこうが走り、手元から煙が巻き上がった。

 まだ、足りなかったという、のか……っ!


「パ――にぃちゃんっ!!!」


 すぐさま夕が血相を変えて俺に飛び付き、手を取ってくるが……


「「……あれ?」」


 指先の見た目はいつも通りで、痛くもかゆくも熱くもなかった。

 すぐに煙が晴れると、代わりに紙吹雪が舞う中でパネルの上には旗が立っており、そこにはこう書かれていた。


『みんなぁ~、ゴールおめでとぉっ! 最後まで楽しんでくれてぇ~、39だよぉっ!』


 さらに文章の横には、デフォルメなーこが可愛いらしくウインクしている絵が描かれており、吹き出しで『ねぇねぇ~、びっくりしたぁ?』と言っている。


「当たりなんかいっ!? ええい、紛らわしいことしやがって! くっそビビったわ!」

「まったく、最後までなーこさんらしい仕掛けだぞ……」

「えへ☆」


 なーこのブレないなーこっぷりには、もはやあきれるしかない。


「はあぁぁ……ま、無事正解して本当の爆発は回避できて良かったぜ。軽い火傷っても勘弁だしな」


 夕の看病イベントに心かれるものはあるが、そもそも悲しませてしまってはいけない。

 それで俺がホッとしていたところ、


「……まだまだね」


 目堂が意味深にボソリとつぶやいてきた。


「えーと、何がだ?」

「……全部ブラフ……そもそも爆発しない」

「そうなのか!?」

「ありゃぁ~、やっぱ沙也ちゃんには~バレてたかぁ~!」

「……当然」

「まじかぁ……」


 どうやら緊張感を持たせて場を盛り上げるためのブラフだったらしく、それで俺はまんまと手に汗握る展開を味わう事になった訳だ。ハイハイ、名幹事名幹事! チキショウメ!


「ありがとねぇ~、ダブルでっ♪」

「……ふふ」


 なーこの感謝を受けて、目堂が照れくさそうに微笑む。だがダブルとは、空気を読んで黙っていてくれた事と、あとは何だろうか……まぁそれはさておき、こっちの疑問だ。


「目堂はよく気付いたな?」

「……夏恋が怪我させる訳ない……絶対」

「あー……そっか。うん、そりゃそうだよな」


 なーこの巧みな話術と雰囲気にスッカリだまされてしまったが、なーこの性格を考えれば当然のことだった。しかも、愛しのひなたや貧弱もやしっ娘も近くにいるのだから、なおさらだ。ベン図の配置や『39サンキュー』で多少はなーこの考えを読めたものの、俺もまだまだと言うことか。


「それで目堂は座ったままで、全く動じてもいなかった訳か。さすがだな?」

「……ふふん」


 目堂は得意げに鼻を鳴らしており、要は「私の方が夏恋のこと解ってるんだからねっ」アピール……それとこの信頼に対してが、ダブルの片割れだった訳か。まったく、仲のよろしいことで。

 そう微笑ましく思ったところで、目堂の意外な一言。


「……音で一瞬気絶してた」

「さすがだな!?」

「……ふふん」

「褒めてねぇよ!」


 頭では大丈夫と分かっていても、微小物理ダメージで落ちていたという、まさかのオチだった。どんだけ貧弱なんだ、このもやしっ娘はよ……!



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