7-42 女子

 無事に頂上へ辿たどり着いた俺たち七人は、次の謎解きの場所を目指し、なーこに続いて奥へと歩いていた。この丘の頂上は、様々な美しい草木花々があちこちに植えられた樹木公園になっており、ちょうど今は長く連なったツツジ並木に差し掛かったところだ。


「まあまあ♪ 可愛らしいツツジですね」

「だねっ! ま、ひ~ちゃんには~負けるけどぉ~? なぁんて♪」

「もぉ、なーこちゃんってば! すぐそういうこと言うんですから」

「だって~ほんとのことだも~ん♪ だよねぇ~沙也ちゃん?」

「……同意……異論は認めない」

「あぅ、最近は沙也さんまで私をからかってくるのですがぁ……」


 手をつないでイチャイチャしながら歩く手芸部三人は、背景の花道も相まってとてもゆりゆりしく、見ているだけで和むというものだ。ちなみになーこは真ん中にいるので、まさに両手に華である。


「へー、この花ツツジっていうんだね。小さい頃によく、通学路に生えてるヤツの蜜吸ったっけか。な、大地もだろ?」

「まあ、そうだな」


 都会のコンクリートジャングルで育った場合は別かもしれないが、誰しも幼少期に一度くらいは吸ったことがあるだろう。


「蜜がなかったり先客の虫が入ってたり、ハズレも多かったりすっけどな――っと、こんなオレンジのもあるんだな? こりゃきっと蜜も甘いに違いない!」


 よくある白やピンクのツツジの後ろに隠れるようにして、珍しい朱色のツツジが少しだけ咲いており、ヤスがその花を一個ちぎって後ろ側を口元へと運んでいく。


「あっ、ダメです天馬さん!」

「まぁまぁ小澄さん、こんな沢山あるんだし固いこと言わないの。それにもう取っちゃったし」

「そうではなく、そのレンゲツツジには――」

「さぁ甘々蜜ちゃん出ておいで~」

「毒があります!」

「ッブフォ!」


 ツツジの花をくわえていたヤスが、毒と聞いて大慌てでそれを吐き出す。


「ちょちょちょぉ、少しめちゃったよ!? ぼぼ、僕、死ぬのっ!?」

「蜜だけでなく花弁にも神経毒がありますが、大人なのでそのくらいでしたら平気……だとは思いますけど……口はゆすいでおきましょうか。それでも絶対大丈夫とは言い切れないので、もしも数時間後に吐き気などの中毒症状が出てきましたら、すぐ病院です!」

「そ、そっか。いやぁ、毒の蜜まで吸わなくて助かったぁぁ! ありがとな、小澄さん! ガラガラガラ、ペペッ」

「あはは……」


 ペットボトルの水で口をゆすぐお騒がせヤスを、周りがあきれた目で見つめている。


「ったくオメエは……高校生にもなって子供じみたことすっからだ!」

「ははは、面目ねぇ」

「んなこと朝だってしてない…………ぞ?」

「ソッ、ソウダゾー」


 見れば夕は慌てて何かを後ろに隠しており、そっぽを向きながらそう言い張っておられる。……お嬢さん、絶対今吸ってましたよね? 何しれっと澄まし顔してるのかな? まったく、このワンパク二十歳児は……。


「……詳しいんだ」

「あっ、はい。実は私、お花大好きなんですよ♪」

「……ふふ、ひなたらしい」


 たしかに、俺は有毒なツツジがあることすら知らなかったほどなので、それを一目で判別したひなたは本当に大したものだと思う。未来では医学の道に進んでいたと言っていたので、今の時点でも生き物関連に相当詳しいのだろうな。



   ◇◆◆



「この辺でぇ~きゅうけーいっ! しつつの~謎解きたーいむっ!」


 ツツジ並木を抜けたところで、なーこが指差した近くの木製ベンチへと移動し、皆でテーブルを囲んで一息つく。時計周りに夕・俺・ヤス・マメ(誕生)・なーこ・ひなた・目堂と、気付けばBBQと同じ順で座っており、これが定位置になりつつあるようだ。


「……んきゅぅ」


 座るなりテーブルの上にぐにゃっと溶けてしまった目堂は、斜向いの俺からは髪の塊にしか見えない状態であり、隣のひなたから背中をでてもらっている。ヤスタクシーで登山は免れたものの、そこから目堂基準で結構な距離を歩いているので致し方なく、またそれもあってなーこは休憩にしたのだろう。


「それでぇ~、謎解き情緒ないけどぉ〜、ここだけは手渡しで〜よろよろ〜」


 なーこは少し申し訳なさげな顔でそう言って、ポケットから取り出した用紙をこちらへ見せてくる。


「そりゃ仕方ない。問題用紙を置きにプチ登山して戻ってくるとか、体力的にも時間的にもキツ過ぎるしな?」

「理解早くて〜たっすかりま〜♪ でぇ、ハイドゾ〜」

「あいよ」


 その受け取った問題用紙を見ると、二問目と同様に表には注意書きがあった。


「今度は『女子推奨』、だとさ? じゃぁとりあえずここは、推奨とされてる女子の、あ――ひなたの方に渡しとくな。目堂は溶けてるし」


 おっと危ない、うっかり夕を選んでしまうところだった。


「は、はいっ! それでは僭越せんえつながら、私から読ませてもらいますね。コホン。『恋報われぬ正直者、新たなる愛に目覚めれば、の誠実なる愛を胸に、今こそれを届けんとす』……とあります」

「くっ、また古文か! ダメダ!」


 ひなたがハキハキと読み上げたところ、即座にヤスの脱落宣言が入った。


「ええと……失恋した正直者な方が、新しい恋を見つけたので、誠実な愛をもって、今度こそ告白するぞぉ! といった意味合いかと思います」

「またまたありがとう、小澄さん! んで聞いた感じ、なんか女の子が好きそうな恋愛話だよね」

「……ん……それで推奨?」


 テーブルに乗った髪の塊の中から、ボソリとつぶやきが届けられた。目堂は溶けながらも話は聞いていたようで、どうやらこの状態でもバッチリ謎解きに参加するつもりらしい。ガッツがあるのか無いのか、良く分からない子だなぁ。


「あー、推奨は解くのに有利って意味だろうし、好みは関係ないんじゃ……いや、好きだからこそ詳しいってこともあるな」

「……ん」


 好きこそものの上手なれ──とは言え、なかなか上手になれない画伯もおられるが。


「それでこの文が言いたいことは分かったが、問題はこれをどう解くかだなぁ。まず何をさせたいのかが、サッパリ分からん」

「ですねぇ……」


 短いながらに問題文だけで話が完結していて、一問目の「歩め」のような具体的指示や、二問目の「アイダ」のような場所をほのめかす言葉もないのだ。ゴールやそこへ至る道筋が全く見えないという点で、より厄介な問題に思える。

 それでこの文からは、どうにも見えてこないとなると……この手か?


「例えばさ……引っかけクイズとかによくある、文章全体では意味がなくて、部分部分で見ると意味が分かるパターンだったり? 要は、この恋うんぬんの話はダミー、ただの目くらましってヤツ」

「えーと、今回だと文が四つに分かれてるし、個別に四つ情報が出てくる……そう宇宙こすもは言いたいと?」

「そうそう。んでその共通項を探すとかな」

「……ん……ありそう」


 この方針が合っているかは全く分からないが、道が見えない以上は、手当たり次第試すしかない。


「んで上から順に見ていくとだ……まず正直者ってのが、俺はちょっと引っかかる。なんで正直者だと恋が報われないんだ? 正直者は善い人な訳だし、恋愛でも普通はプラスに働くんじゃ?」

「んー、イイヒトすぎて、他の人に取られたとか?」

「……駆け引きも重要」

「ああ、なるほど」


 夕がひたすら正直にぶつかってくるタイプで、実際それで俺は陥落していたからそう思ったのだが……一般的な恋愛話でしかも対抗馬まで居る場合は、それが有効とは限らない。もちろん俺の場合は、仮に何人寄って来ようが、夕に惚れてたと思うけどな!


「んで正直者は解決として、これをどう解読に繋げるかだが……」

「それは……うーん」

「……厳しい」


 こうして個別アタックを試みてはみたものの、残念ながらすぐに行き詰まってしまった。それで違うアプローチに切り替えようかと考えていたところ……対面のひなたに動きがあった。


「んー、正直者と報われない恋……どこかで聞いたことがある組み合わせ、なんですけどぉ……なんでしたっけぇ……んーと、んーとぉ」


 何やらひなたには思い当たることがあるようで、人差し指をあごに当てて目をつむり、首を左右にゆっくり傾けながら悩んでいる。

 しばらく皆で期待の目で見守っていたところ……


「──あっあっ、はいっ! 思い出しましたぁっ!」


 ひなたは両手を胸の前でぺちんと合わせて、とても嬉しそうにそう言ってきた。


「……答えが見えた?」

「はい。合っているかは分かりませんけどぉ……」


 ひなたは少し自信なさげに前置きをすると、皆の前で答えを告げた。


「これは――」

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