7-41 痴漢

 夕との早登り競走に勝った俺は、特典としてに名前で呼んでもらえることとなったのだが、そこへ「にぃちゃん」と余分なオマケまで付いてきた。思えば夕からは、「パパ(娘)」、「大地(恋人や母)」、「あなた(嫁)」、「だいちくん(姉)」、「おにぃちゃん♥(妹)」と、その時々に必要な役割やタダのノリに応じて多種多様な呼ばれ方をされてきたものだが、ここに来てさらに「にぃちゃん(弟)」まで増えてしまった訳だ。……まぁ確かに夕は、「家族として側に居たい」と言ってはいたのだが……時超えに男装まで駆使して単独家系図コンプを狙うのはヤリスギだと思う。

 そうして嬉しいような困ったような複雑な気持ちで遠い目をしていたところ……階段からなーこ、ひなた、マメの楽しげな声が聞こえてきた。


「ふぃ~、とぉ~っちゃ~くっ! 階段なっがすぎぃ~?」

「うふふ、ちょっとしたハイキング気分でしたね」


 到着するなり女子二人は、つないだ手を上に掲げて「楽しかったね〜♪」と喜びの声を上げる。マメはそれを羨ましそうに眺めていたが、こちらに気付いて声をかけてきた。


「お、宇宙こすもに少年──ってそうそう、あんたらすげぇスピードで駆け上がってたよな?」

「ははは、ちょいと競争を」

「へぇ、面白そうなことしてたんだな」

「またやろうぜ!」

「おう!」


 罰ゲームうんぬんはさておき、夕と全力で遊ぶのは純粋に楽しかった。


「……それでぇ~どっちが勝ったのぉ~?」

「あー、僅差で俺だった」

「なぁ~んだぁ~、つまんないのぉ~、ぷぅ~」

「ひでぇ言い草だな!?」


 そこでなーこは、俺の方へスススと寄ってきて、耳打ちしてくる。


「(負けなくて良かったのかい? せっかく整えてあげたのに、甲斐かいが無いねえ?)」

「(余計なお世話だ!)」

「(ああ、別に罰ゲームでなくとも、好きな時に抱っこするから良いと? いやはや、失敬失敬)」

「(なんでそうなる!)」


 いくらつまんないからって、俺で遊ぶのはヤメナサイ。


「そりゃ、普通に宇宙が勝つか。まぁ少年もなかなかの速さに見えたけどな?」

「んー、途中までは勝てそうだったんだけど……だいちにぃちゃん最後にスッゲー速さで追い抜いてったんだ」


 夕がそう答えたのを聞いて、隣のなーこがニヤニヤしながら再び耳打ち。


「(ふぅ~ん? へえぇ~? これはこれは、前言撤回だねえ? くっくっく)」

「(……ぐぅ)」


 なーこの事だ、この会話の情報だけで全てを察したに違いない。良かったな、つまんなくなくて!


「……で、頂上に着いたわけだが?」


 これ以上からかわれてはたまらんと、話を謎解きの方へかじ切りしてみる。


「ん~、もうちょっち~歩いたとこでぇ〜? でもヤス君達が~、後ろでゆっくりお楽しみ──あっ、来たねぇ~」


 なーこの目線を追って階段へ見れば、にょっきり生える金髪頭イエローキャップ──ヤスタクシーイエローキャブのご到着だった。


「ほい、到着っと」

「ヤス、お疲れぃ」

「おうよー──ってまぁ、そんな疲れてないけどね?」

「ほー」


 目堂が小柄とは言え、女子高生一人を背負ってこの段をヤスヤスと登ってきたとなれば、なかなか大したものだ。


「……重くなかった?」

「そ、そんなとんでもない! むしろ軽すぎる! もっとご飯食べよう!」

「……ん……そう……よかった」


 目堂が安心した顔でヤスの背から降りたところで、なーこがニヤニヤしながら二人に近づく。


「くふふ~、沙也ちゃん~? ヤス君に~やらしぃことぉ~されなかったぁ~?」

「ハハハ、銀高一の紳士として定評のある僕がまさかそんな――」

「……おしり触られた…………」

「ちょま、んなこと――アビャァァ!」


 目堂の痴漢告発を聞いた瞬間、なーこが居合抜きのように胸元からテーザーガンを抜刀して振り抜き、遠心力でたわむ電流鋼線がヤスの足にバチッと打ち付けられた。


「――りもしてない……快適だった」

「ありゃりゃぁ~? 誤解だったかなぁ~? ヤスくーん、めんごめんごぉ~☆」


 恐らく意図的なラグをもって届けられた目堂の追加情報に、早とちりと気付いたていのなーこが、地面でもんどり打つヤスにテヘペロ謝罪する。……ははは、完全に二人に遊ばれているな。


「目堂さん……もっと……はよ言って……」

「快適だったっ」

「もう、手遅れ……また、この、パターン、かよぉ……ぐふぅぁ」

「……ふふ」


 大げさな身振りで地に伏すヤスを見て、目堂はクスクスっと笑いながら横にちょこんと屈む。そしてその小さな指先でヤスの肩をツンツンと突くと、


「……ありがと……運んでくれて」


 優しい声でそうささやいて立ち上がり、すでに移動し始めている皆の方へと歩いて行った。……これはいわゆるあめむち――いや、ドMヤスにはどちらも飴……コイツ無敵か?

 ややあって、何事もなかったかのようにムクリと起き上がるヤスゾンビ。なーこのことなので、安全な弱電流に設定していたのだろう――ってそれであの大げさな動きができるとは、もはやリアクション芸人の域だな。こうして目堂がヤスいじりに目覚めてしまったのも分かるというもので、あんな大人しい子にS属性を与えるとは、まったく罪深いヤツだ。


「……はあぁぁ~」

「どしたよ?」


 横のヤスが、目を細めて悩ましげなため息を吐いている。正直キモチワルイ。


「ああ、ウン……目堂さん……イイ。クセになりそ」

「ハハハ……」


 コイツはもうダメだ、ドM戦士完全体へと究極退化進化してしまった。その無敵の肉体を得た代償として、もう二度と元には戻れないのだろう……嗚呼ああ、一友人として悲しく――もないな、うん。


「てかさぁ、大地?」

「ん?」

「もしかしてさ……目堂さん、僕に気があったりするんじゃ?」

「……さぁ、どうだろうな?」


 おお、やっと気付いたか? 目堂もイタズラしまくった甲斐があったな。


「ま、そんな訳ないっか。めっちゃ物静かな子だし、僕なんてアホで騒がしいウザイヤツって思われてるだろうしさ?」

「それは間違いないな」

「デスヨネ!」


 ただ、そこが好きという実に意外なパターンに見えるけどな。勘が鋭いヤスでも、自分の事は案外気付かないものらしい。ま、面白いから言ってやらんけど。


「うん、間違いないな」

「しみじみ二回も言わんでいいから!?」


 そうして俺は、ヤスをからかいながら皆の後に続くのだった。

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