……幕間 ……不覚
「……こまった」
私は今、その「こまった」のあまりに、数分前の私をひっぱたきたい気持ちでいっぱいになっていた。
「ん、なんか言った?」
「……べつに」
私の呟きを拾った目の前の金髪頭からの問いかけに、そう素気なく返す――くらいしかできない程、「こまった」な状況なのだ。
そう、いま私は背負われて丘の頂上に向けて運ばれているのだ。よりにもよって、このアホアホ男子ヤス君に。しかも
それでこれは数分前の私がお願いしたことで、今のトンデモナイ状況を読めなかった浅慮さはまさに戦犯ものだけど、罪状はそれだけに留まらない。冷静になって考えてみれば、そもそも私が登れないことくらい、あの夏恋が想定していない訳がなかったのだ。そう、ご自慢の謎メカで超ぱわーあっぷしてきているのは、ここで私を運ぶためもあったに違いなく……もし数分前の私が余計なことを言わなければ、今頃は夏恋の背中で心安らかに眠れていたことだろう。
そんな事にすら気付けなかったのにも、言い訳がましい理由があったりする。せっかく夏恋が用意してくれたイベントなので、私が足手まといになって台無しにしたくはないと思い、慌ててお願いした……ここまでは別にいい。ここでさらに、お願いした時に彼がアワアワしていたり、おぶさった時に叫んでた――たぶん喜んでたのを見て、こんな根暗で地味で
うん、これは不覚と言う他なく、思い出したら何だかちょっと腹も立ってきた。
「……降ろして」
「え、イキナリだねっ? それは別にいいんだけど……自力で上まで登れるの?」
「……自信はない」
「いやいやいや、ダメじゃん!」
「……むぅ」
ここで無理に下車して、途中で倒れでもしたら、それこそイベントどころではなくなってしまう。ああ、自分の体力の無さがうらめしな。
「僕はぜんっぜん平気だしさ、遠慮せず上まで乗ってきなって」
「……むぅっ」
別に遠慮なんて全くしていないし、そっちが全然平気でもこっちは全然平気じゃないから言っているのに。──あ、そっか……やっぱりさっきの反応は気のせいで、私なんてただの荷物くらいにしか思っていないのかな……。それを悲しく感じてしまうことが、また腹立たしい。
──んや、もうこの男に腹を立てるのは、やめにしたのだった。先ほど私の「うらめしかった」に対して「ならいいじゃん」と即答されて、ハッとさせられたのだ。このどこまでもポジティブな男は、過去の事なんてサッパリ忘れて捉われたりなどしないのだろうし、それを純粋にスゴイと思う。そんな性格だから、私のことも忘れているのかもしれないけど……なんだかもう、それに腹を立てているのも馬鹿らしくなってきたのだ。
そうやって無理やりにでも考え事をし、何とか気分を紛らわせていたところ……枝からぶら下がる毛虫が目の前まで迫っていた。
「──ひゃっ! …………ふぅ驚い――うわわぁっ!」
虫に驚いた拍子に目の前の頭に抱きついてしまっており、その事実に気付いてもう一度驚き、大慌てで上半身を起こすことになった。
それでいつものオーバーリアクションが返ってくるかと思いきや……なんとこの男は、何事もなく平然と歩き続けているではないか。こちらは不覚にも死ぬほどドキドキしたというのに。
「……そっか」
それでまた悲しくなりかけた時……私はもう一度驚かされることになった。
「ヲっと、めどウさん? ア、あんままりくっちゅかれると、困ってシまうナァ? ハハは」
「――ぷふっ」
頑張って紳士なことを言おうとしているのに、裏声な上にカミカミになっていて、思わず吹き出してしまう。それで良く見てみれば、目の前の両耳が真っ赤に染まっているのだった。
……ふふっ、そっかぁ、なぁんだ、ふふふ……これは普通にからかうより、もっともっと爽快で楽しいかも。ムカムカ治療法改ね。……ま、まぁ、私には恥ずかしくてとても意図してできる方法じゃないけど……でも、いつか楽しさのほうが上回って、癖になっちゃったらどうしよう……。
「……こまった」
「ん、なんか言った?」
「……べつに」
先ほどと全く同じやり取りをしながらも、実際は全然違う意味で困っている事に、なんだか不思議なおかしさが込み上げてきた。
「……ふふ」
「ん、何か面白いことでも? 僕にも教えてくれよー」
「……べつに」
「いやいや、今絶対笑ってたよね?」
「……しらない」
「んんん~?」
「……ふふ」
もちろんそんなこと、教えてあげないけどね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます