7-40 苦戦

 夕の提案で丘の上まで競争する事となったのだが、そこへ乙女の味方なーこの余計なお節介が入り、俺が負ければ夕をお姫様抱っこするという恐ろしい罰ゲームまで付けられてしまった。それでもし負けてお姫様抱っこなどしようものなら、夕は何やかんや理由を付けて全身全霊で抱きついてくる事は容易に予想され、それはおんぶ以上の衝撃をもって俺の理性を木っ端微塵みじんに粉砕する事を意味する。

 そういう訳で両者とも負けられない勝負となり、頂上までの三百段以上もの階段を全力疾走で登り切ったのだった。


「だはぁ、ぜえぇ、ぜえぇ……」

「はぁ、はぁ、ふぅ……」


 俺と夕はゴールするなり倒れるようにして石畳に座り込むと、激しく肩で息をして空気を追い求める。そんな俺はさぞみっともない姿だろうが、隣で頬を上気させて額の汗を指先でピッと払う夕はとても健康的で美しく……美少女イケメンは何をしても様になるのは正直ズルい。


「とばし、すぎた、な……」

「それ、なー……」


 時間にすればたった二、三分程度ではあるが、言わば急坂での中距離走のようなもの、陸上選手でもない俺たちが全力で走り続けると乳酸がまって足が上がらなくなってくる。そうなれば最後は気力勝負となり、ラスト五十段ほどで抜きつ抜かれつのデッドヒートを繰り広げ、ほぼ根性のみで登りきったのだった。

 そしてその限界ギリギリの勝負の末、勝利の女神が微笑んだのは……


「……なぁ~~もぉ~~惜っしいぃぃ~! もうちょっとだったのにぃ! ――んやぁ、こすもさん足速いなぁ! カッコイイ!」


 僅差で俺の方であった。こうして息が戻って落ち着いてきたところで、夕は立ち上がって悔しそうに唇をとがらせるが、すぐに晴れやかな顔になって俺の健闘をたたえてきた。例え負けても相手を認めて清々しい対応ができる夕、そんな大人で粋なところも本当に素敵で……また惚れ直してしまうぜ。


「ボク走るの結構得意だったけど……やっぱ小学生じゃ大人には敵わないやぁ」

「いやいや、朝だってスゲー速かったぞ。途中までは普通に負けるかと思って、メッチャ焦ってたんだぜ?」

「ん、そうそう、最後の方で急に足が重くなってさぁ……くぅ~、ボクにもうちょっと持久力があったら逃げ切れたのに!」

「……そう、だな」

 

 夕は軽々と木に登れるほどには運動能力が高く、加えてこうした登り道の場合は身軽な方が断然有利になるため、夕がペースダウンするまではスタートで出遅れた分を取り返せなかったのだ。そう言った条件がそろわなければ、高校男子が小学女子に遅れを取るなどある訳がない。


「……ああ本当に、危ないところだった」

「う、うん?」


 なので……目の前を走る夕のハーフパンツから伸びる陶器のように美しい素足や、前後左右に揺れ動く可愛いお尻に見惚れたり、罰ゲームでベッタベタに抱きつかれるところを想像して動きが鈍ってしまったからではない、決してな! もちろん、先にゴールした時に少し残念に思ってしまったりなんて、全然していないとも! …………ああそうだよ、誘惑祭りのせいで二重の精神力勝負だったさ!


「……ということで、ボクが罰ゲームかぁ〜」

「え、朝は別にいいぞ? 体力勝負で小学生に勝って罰ゲームを強いるとか、そんな大人げないことせんて」

「むっ、それはダメだ! そんなアンフェアを許したら、こんなにも頑張ったボクとこすもさんに失礼だぞ」

「お、おう。なんか、すまんな?」


 うん、やっぱ夕は頑固者だよなぁ。もちろん褒めてる。


「でも、ボクがこすもさんをお姫様抱っこするのは……ゴメン、普通に無理過ぎるっ!」

「そりゃな。奇跡的に持ち上がっても、一歩も動けんだろうよ」


 仮にできても、そんな羞恥プレイはお断りだけどな? ……そりゃまぁ、夕の腕に包まれるのはさぞかし――いやいや、落ち着け!


「じゃぁ他のできそうな罰ゲーム、それかボクに何かして欲しいこととか、ある?」

「そんなの――っうむ」

「んっ?」


 お前が側に居てくれたら何も――なんて咄嗟とっさに口から出そうになるとか、もう完全に末期だな。最近の俺の幸せ判定ラインが下がり過ぎてて怖い。


「……特には、思いつかないかな?」

「えー、それは困るぞー! 何でもいーからさ、こすもさん?」

「――あっそうだ」

「おおっ? 何かあったか?」

「ああ。こうして真剣勝負もして友好も深まったことだしさ……朝も名前呼びにするってのは、どうだ?」


 やはり夕にこすもさんと呼ばれるのは、他人行儀な感じがして少し寂しいのだ。


「えっ、そんなんでいいのか? てかそれ、罰ゲーム……になってないぞ?」

「ハハハ」


 お前にそれを言われるとはな! そもそもの話、おんぶにしろ抱っこにしろ、惚れた子相手じゃ罰ゲームとして成立してねぇんだよ。そのせいで勝つべきなのか悩むという、意味不明な苦労をするハメになったっての。


「罰ゲームじゃなくて、朝にして欲しいこと、の方な。それでよければ、さっそく呼んでみてくれよ」

「おー、もちろんいいぞ!」


 さて、夕は何と付けて呼んでくるだろうか。ここまでの雰囲気からすると「だいちさん」になりそうだが、こうして全力徒競走もしたりと、朝としても打ち解けてきたので、「だいちくん」や「だいち」もあるかもしれない。いずれにしても、夕に名前で呼ばれるのは嬉しいものだ。


「ちょっと照れるけど……えーとぉ……」


 そこで夕は、ナゼか恥ずかしそうに少し頬を染めて、モジモジしながらこちらを見上げている。──はっ、もしやこれは、さらなる親しみを込めて「だいくん」のパターンか!? うおお、これは胸熱だぞ!

 そうしてワクワクしながら呼ばれるのを待っていると、なんと夕は……


「だいちにぃちゃんっ♪」


 予想外の語尾を付け、元気いっぱいの笑顔で叫んできた!


「っぐふぁぁ」

 

 そのあまりの破壊力に、胸を押さえつつ片膝を付いてうずくまってしまう。以前に俺をからかって「お・に・ぃ・ちゃん♥」とあざとさ満点妹風激甘ヴォイスで呼んできた事があり、それはそれでブッ刺さるものがあったが……今回は「にぃちゃんっ」と純真ピュアピュア百%の元気で可愛い弟風ときたかぁ……方向性は真逆だがどっちもヤベェ!


「だっ、だいじょぶか!? 急にどうしたんだ、だいちにぃちゃん!?」


 だいじょぶではございません。ご覧の通りです。なので追い討ちはご遠慮ください。



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