7-37 専用

 なーこの謎解きイベントは第一問目からして難問であったが、俺たち全員の知識や閃きを出し合って、無事に解くことができた。この一人では到底解けない難易度設定も、協力プレイを通じて親睦を深めさせる意図だったと思われ、なーこの名幹事っぷりに拍手を送りたいものだ。


「それで、このスタート地点に隠されてるとなると……………………おっ、これかな?」


 目の前のフットサルゴール周りを探ってみると、中央背面のバーの下に紙が挟まっているのを発見した。


「えーとなになに、『宇宙専用』…………え?」


 その二つ折りの紙を拾い上げ、表に書かれていた文字を読み上げたところで、首を傾げつつ出題者の方を見る。


「はいっ! ということでぇ~、お次は〜だいち君の問題だよっ! 一人で~解いてねぇ~?」

「おう、分かったぞ」


 団体協力プレイの次は個人競技とな。ご指名とあらば、受けて立とうじゃぁないか。


「頑張ってな、こすもさん!」「ま、大地なら楽勝だろ~」「期待して待ってますね」


 皆が応援してくれる中、背を向けて紙の内容を確認する。


「あ、分かってると思うけどぉ~、声に出しちゃダメよぉ~?」

「了解」


 そのメモには……『汝が求むは、姿を偽る者と偽らざる者のアイダ』と書かれていた。

 さて、姿を偽る者か…………つまり変装している人――って夕のことしかないよな。俺しか見ていけないとなれば、他の人に知られては困ることが書かれているとも言えるので、ちょうど辻褄が合う。そうなると『偽らざる者』の方は、変装していない夕――あぁそうか、『姿を偽る者』は朝日、『姿を偽らざる者』は夕星ってことか。まぁ結局どっちも夕なんだけどさ?

 問題文を意訳すると……俺が求めているのは朝日と夕星の愛だ――っ!?


「んなっ!? おめーは――」


 なに書いてやがんだ!? と続けようとしたところで、あることに気付いて口を噤む。


「あっれぇ~? 顔がぁ~赤いねぇ~? そんな変なこと~書いてあった~かなかなぁ~?」

「……くっ、なんでもねぇよ!」


 そう、『愛だ』ではなく『アイダ』とカタカナなのだ。そうなると、違う解釈なのかもしれない。アイダ……あいだ……あいだ? ああ、朝日と夕星の間という意味だったのか。


「きっとぉ~真に欲する言葉に~見えるんだよぉ~? ふっふっふ~♪」


 なーこはそう付け加えると、ニヤニヤ顔を向けてきた。


「ぐぬぬぅ……」


 俺が早とちりするのは想定済みってか。んでどちらとも読める言葉を目にして、自然に解釈した方を心から望んでいると? ええいクソ、心理テストでもされた気分だな!

 ──よしっ、まずは落ち着こうか。なーこのからかいに毎度付き合ってたら、日が暮れちまう――ん、日暮れ……? 日暮れと言えば、夕日……朝日……夕……もしかして朝と夕の『間』の時間で……昼、とか? でもそうなると、俺が欲するものが『昼』とは一体? それと『アイダ』がなぜカタカナなのかだが、俺をからかうためだけとは限らないので…………例えば謎解きアルアルの、答えをカタカナにするとか?

 そう思って、試しに昼をカタカナで『ヒル』と紙に書いてみる。

 んー? 最近どっかで見たような字面だなぁ……どこだったっけか………………ああそうだ、シルバーキャンプ場か! つまり、俺が求めるものである次の目的地は、ヒルってことだ!


「あの丘の頂上でいいのか?」

「よろしですし~♪」

「よっしゃ、解けたぜ!」

「こすもさん、さっすがぁ!」「ま、大地なら朝飯前だろ」「大地君、素敵ですっ!」


 無事に正解すると、周りが拍手で称えてくれた。


「……んやぁ~解くの早いねぇ~? 賢いだいち君には~、もぉっと難しいのが良かった~かなかな~? おかわり欲しい~? アハハハハ♪」


 知的戦闘狂インテリヤクザが急接近してくると、首を傾げて下から覗き込みながら妖しい瞳を向けてきたので、


「いやいや結構! これで充分満足だ! ありがとう!!!」


 戦う意思はないことを全力で伝えておく。


「えぇ~? つれないなぁ~? 欲しかったら~いつでも言ってねぇ~? ふたりっきりでぇ~、じぃ~っくりお相手、しちゃうよぉ~? ウフフフフ♪」

「勘弁してくれぇ…………――あたっ」


 突然つま先に軽い痛みが走り、何事かと足元を見れば、夕に踏んづけられていた。その夕はそっぽを向いて素知らぬ顔をしており……あのーお嬢さん、これはどういうおつもりで?


「……で、どんな問題だったのかは知らんけど、次はあの丘に向かえばいいんだな? よーし、みんな行くぞー! 僕に付いてこいっ!」

「おい、何もしてねぇテメーがなに仕切って――って聞けや!」


 俺がヤクザと男装幼女に絡まれている間に、ヤスが目的地の丘を指さして走り出し、周りが苦笑いで後に続く。


「ったくしょうがねぇヤツだなぁ」

「……それ」

「お?」


 半分独り言だったのだが、想定外の人物――隣に残っていた目堂から同意が返ってきた。


「アイツはいつも、調子だけはいいんだよな」

「……ん」

「まぁ、そこがヤスらしいってもんか」

「……ん」


 抑揚のない簡素な返事だが、どこかしら肯定的な雰囲気を含んでいて、「私もそこを気に入っている」とでも言いたそうだ。

 それで目堂とサシで会話するのはこれが初めてだが、言葉にしがたい独特の空気感を持っていて、何とも不思議な気分になる――とまぁ、言葉数が少なすぎて、これを会話にカウントして良いのかは少々疑問だが。

 ただせっかくの機会なので、目堂ともう少し何か話して親睦を深めてみようか。食いつきそうな話となると……やはりこれだよな。


「気になるか?」

「……?」


 首をかしげられたので、目堂、次いでヤスを指さしてみる。


「……何言ってるの……勘違いも甚だしい……迷惑この上ない……私はあんなの別に――」

「おおぉ、ビックリするほど喋った。なるほどなるほど、よほどお気に召さないご様子で」

「……っ」


 目堂の顔の半分は髪と眼鏡で隠れているのだが、残りの半分に「しまった」とクソデカフォントで書かれているように見える。とにかく寡黙な子なので勝手に冷静沈着なイメージを持っていたが、意外とおっちょこちょいで愛嬌があるじゃないか。一気に親近感が湧いてきたぞ。


「ま、ただの勘違いで迷惑この上ないようだが、陰ながら応援してるぞ?」

「……はぁ、もういい……夏恋みたい」

「なにぃ! そいつは褒められてんのかどうなんか……んー、両方?」

「……ふっ」


 この意味深な笑みと頷きは、「ふーん、それなりに夏恋のこと分かってるじゃないの。まだまだだけどね」と言ったところだろうか。何やら謎の対抗意識を持たれている気がするが……そんな心配しなくても、なーこは目堂のことメチャクチャ大好きだってのによ。もちろん、ひなたの次にだけどさ。

 こうして突然の寡黙子目堂との初会話ではあったが、なんとか成功を収められた気がする。俺も少しはコミュ力が上がってきたと、喜んでおくとしよう。

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