7-36 先読

※問題文再掲

『Aは甘く、Bはやや甘く、Cはかつて甘く、Dは在らず。Cに十二、Bに十五、Aに二十一、Dに二十三、Aに八、Cに二十四、Bに十四、Dに六、Aに七、斯様かように歩めば道開かれん』

―――――――――――――――――――――――――――――――――


「ここまでの答えをまとめますと……Aが南、Bが西、Cが北、Dが東になります。このスタート地点から、その方向に指定された歩数だけ進めばよろしいんですよね?」


 記号と方角の対応が出揃でそろったところで、ひなたが情報を整理して共有してくれた。こういう複雑な謎解きでは、たった一つの記憶違いや認識違いでも解けなくなるので、とても重要なことだ。


「ああー、さっき鉄人が言ってたのはそういうことか! 歩いた先を調べるとキーアイテムが見つかるやつ、僕が前にやったレトロゲームにあったっけ」

「んだな。今回はそこに次のお題でもあるんだろ」


 ありがちなギミックではあるが、宝探しをしている気分が出てワクワクするのは間違いない。


「それで最初は、Cの北へ十三歩だな」

「よーし早速――って大地、北はどっちだ?」

「えーとな………………こっちが北だ」


 腕時計の短針を太陽へ合わせ、それらと十二時の間となる南を読み、その逆方向の北を指差す。


「ほへぇ、時計なんかで分かるんかぁ!」

「ああ、太陽が正午に真南にいて、そっから短針の半分の角速度で動くのを利用してるだけだ」

「なるほどぉ〜、大地君物知りさんですねっ!」

「え、えーと、カクソ、クド? 理屈はよう分からんけど、僕にもできるんだよな? やり方だけでも教えてくれよ〜」


 ヤスがワクワク顔をして、腕時計をズイと差し出してきた。


「え、無理だろ」

「諦めんのはやっ!? くっそぉ、バカで悪かったな! このケチ野郎!」

「てめぇ!」


 そもそもヤスがバカなせいではないが、こう言われたからには黙っておいてやろう。


「なぁなぁ、優しい小澄さんは教えてくれるよね?」

「えーと、ごめんなさい。その天馬さんのと――」

「……無理なは無理」

「そっ、そんなぁぁ! ツライ現実を突きつけられた!」


 ひなたがその理由を説明しようとしたが、目堂がすかさず割り込んでバッサリ切り、ヤスがガックリと項垂れる。これは間違いなく狙っている……唐辛子の件と言い、漫才への差し込みと言い、を読むの上手すぎだろ、この子。


「……ふふっ……針が無いもの」

「え?」

「……デジタル時計は無理」


 だがヤスのガッカリ顔を見て満足したのか、すぐにネタバラシをしてあげる目堂。このイタズラ好きだけど基本的にいい子なところは、普段なーこと一緒に居るせいで移ったのかもな、ハハハ。


「あ、あー! ってそうならそうと言ってよ!」

「……言った……無理な時計って」


 目堂が腕時計を指差しながらそう告げると、


「なるほどねっ!? お上手だことっ!」

「……ふふ」


 言葉の取り違えに気付いたヤスがあきれて天を仰ぐ。……うーん、何だかもう、夫婦漫才にしか見えなくなってきたなぁ。ほっといて、さっさと先進めるか。


「じゃ、もう行くぞ。一、二、三――」

「あー、大地、ちょっといいか?」


 紙の指示通りに歩数を数えつつ歩き始めたのだが、すぐにヤスが引き止めてきた。


「ったく、今度は何だよ」

「いやさ、マス目があるゲームならいいけど、現実はみんな歩幅が違うよな? こんなにたくさん歩き回ったら、人によって着く場所がかなりズレるんじゃね?」

「む、たしかに」

「部長の言う通りだな……どうするよ?」


 ヤスの鋭い指摘に一旦足を止め、皆と顔を見合わせていたところ……しばらく沈黙を貫いていた夕が、意外な事をボソリとつぶやく。


「歩かなくていいのに」

「「「「「え?」」」」」


 一同驚きの声を上げるが、出題者のなーこだけは夕の言葉の意味を察しているのか、ひゅ~と口笛を吹いた。


「えーと朝君、どういうことかしら?」

「だってボクらは最初からゴールにいる」


 夕はそう言いながら、スタート地点である目の前のフットサルゴールを指差す。確かにゴールに居るのだが……これは夕の好きな言葉遊び――いや、この夕の表情や声からするに、本気で言っている。


「……とんち?」「なぁんだ鉄人、ダジャレかよ~」「ハハハ、上手いな少年」

「もぉー、違うってば」


 当然周りからは冗談と思われてしまい、夕は少しねた顔をすると、


「東西と南北、どっちの移動もゼロだぞ」


 その理由を説明してみせた。


「――っえとえと、確かそんな問題だった気がするんだぁ! ちょっと計算してみて欲しいぞ! あはは……」


 うちの娘の誤魔化し方がガバ過ぎる件。


「えーと、ACが南北でBDが東西………………うわっほんとだ!」


 ABCDのそれぞれを合計してみると、AとCは三十六、BとDは二十九になり、確かに移動距離はゼロだった。


「――っははは、なーこお前らしい問題だなぁ!?」

「ふっふっふ~」


 まさか最後にこんな仕掛けがあったとは……しかも目堂が望んだ通りスタートが本当に「ゴール」とは、ずいぶんと皮肉が効いてやがるぜ。どうせなーこの事だ、頑張って歩き回った先がスタート地点で、皆が驚くのを横で眺めてニヤニヤするつもりだったのだろうが……夕の機転でお楽しみがなくなって残念だったな、ははっ。

 んー、待てよ? もしかすると発想が逆なのでは? 数字にも強い夕のことだし、俺からメモを借りた時点でABCDそれぞれの和を瞬時に計算していて、値が等しくなるACとBDの関係に気付いていた? さらに夕は、イタズラ好きななーこの性格から、ゴールをスタート地点に設定しているに違いないと考えて、逆算で南のAと等しい歩数のCを北と推測していたのかもしれない。だから夕は、北瓜の知識が無くても正答に辿たどり着いていたのだろう。


「う~~ん、あっさくん~あったまいい~♪ よぉ~しよしぃ~♪」

「っちょ、やめろよぉー! くっつきすぎだぞ――ってクンクンするなぁー!」


 なーこが夕にギュッと抱き付いて団子になり、ナデナデして愛でまくっている。これは自信作を完璧に解き切った夕に感心して、素直に褒め称えているのだろう。そうなると二人の智力バトルは、途中ではなーこが一枚上手だったが、これで引き分けと言ったところか。夕の素晴らしさが認められて、俺も嬉しくなるというものだ。


「ぐぬぬぅ……ただのラッキーのくせに、なんて羨ましいヤツ……代わって欲しいぜ……」


 夕がたまたま同じ問題を知っていて解けたと思っているマメは、夕へ嫉妬の炎を燃やしているが……二重の意味でそうじゃないんだよなぁ。いくらなーこが「どっちもいけるタイプ」で、夕がメチャクチャ可愛くても、さすがに幼女は対象外…………ですよね?


「(くくく、これで少しはのではないかな?)」

「(……え? む、むむむ、絶対負けませんから!)」

「(おやおや、怖いねえ)」


 なーこが夕に抱き付いたまま小声で話しかけているが……一体何の話だろう。こっそり二人だけで、何かの競争でもしてるのかな? どっちも負けず嫌いな性格してっからなぁ、ハハハ。

 内容はさておき、その競争を通じて仲良くなれば何よりと思いながら、目の前の愛らしい団子を眺めるのであった。



―――――――――――――――――――――――――――――――――


新年あけましておめでとうございます。

今年もハピスパをどうぞよろしくお願いいたします!


さて、これで一問目が無事に解き終わりましたが、皆様はどの段階で正解にたどり着きましたでしょうか? よろしければご感想いただけると、嬉しいです。

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