7-38 御代

 目堂との初会話を終え、引き続き丘まで歩いていたところ、背後から左肩をチョチョンとつつかれた。驚いて振り返れば、そこにはいつの間にか消えていたなーこが立っており、にひっとイタズラ娘な顔を向けてくる。さらになーこは俺の左隣へ並ぶと、スッと肩を寄せて一言。


「どうだい」

「ん? ……ああ」


 なーこらしいシンプル過ぎる問いかけだったが、状況的に今しがた話していた目堂のことだろうと察した。それで少し前をチョコチョコ走って皆に合流する目堂を眺めつつ、率直な感想を伝えてみる。


「そうだなぁ、話すのにちょいとコツはいるが……無口なのに意外と愛嬌あいきょうがあって面白い。それと間違いなくいい子だ」

「ふふん、当然さ」


 自慢げに胸を張って鼻を鳴らすなーこは、「わたしのお友達にはいい子しかいないとも」とでも言いたげだが、実際その通りだと思う。類は友を呼ぶとはよく言ったものだ。


「見てるとなんか、応援したくなるよな」

「だろうとも」


 ただ、お相手は今一度考え直すべきかもしれないが。


「まあキミは、他人ひとの心配をしている場合ではないのだがね」

「デスヨネ」


 誠に耳の痛い話でございます。


「それで、欲する二人の愛、つかめそうかい?」

「えーと……さっきの問題のアイダの話だな? まぁ二人っても、夕と朝じゃ実質一人だし、その夕もすでにその……って何言わせんだ、恥ずかしいわ!」

「いや、アイダの話ではあるが、対象が違う。今聞いているのは、ゆーちゃんと──」


 なーこはそこで言葉を切ると、こちらを鋭い目で見つめてこう続けた。


「彼女の身体の持ち主の事さ」

「ちょ、ナゼゆづの事を!?」


 まだ夕が未来人であることしか伝えておらず、交代関連については知らないはずだ。


「くくく、当たりだね。それで昨日キミから聞く限りでは到底小学生に思えないと所感を述べたが、今日彼女と直接話してみて、やはり精神は成人女性なのだと確信に至ったのだよ。そうなると肉体は現代を生きる小学生のもので、昨日の朝に目撃した彼女はその子の意識が表出した状態だったと考えるのが妥当、そう推理したのさ」

「う、む」

「しかも呼称はゆづ……なれば予想通りその人物は現代のゆーちゃんであり、またゆづはゆーちゃんの当時の一人称といったところか。すると彼女もゆーちゃんには違いなくキミが愛すべき者、そして完璧な両想いでありながらキミが踏み出せない理由が、この二つの時代の彼女が一つの身体を共有していることにある。どうだい?」

「はぁ……毎度のことながらあきれるぜ」


 詳しく話す機会が無かっただけで、別に隠すつもりも全くなかったが、そもそもなーこに隠せる訳がないのだ。


「ああ、それで裏問題では、姿偽る者は夕で姿偽らざる者はゆづ、そしてアイダは俺が最初に取り違えた方ってか?」

「よろしですし~♪」

「ったくお前は、どこまで作り込んでやがんだよ……この凝り性幹事め」


 一問目から比べるとやけに易しいとは思ったが、まさかエキストラ裏面付きだったとはな。


「ほうら、賢いキミには御代わりが必要だろう? しかもおあつらえ向きに最後尾でキミと二人きりとなれば、キミの望むがままにじっくりとお相手するとも」


 先ほどの妖しいお誘いは、冗談でも何でもなかったらしい。


「はぁ……さっき要らねぇって言ったのによ」

「ふーん、へえ、要らないのかい? 本当に?」

「――くださいっ!」


 良く考えてみれば、これはゆづの件の相談にも乗ってあげると言ってくれているのだ。そんなもの、全力でお願いするしかなかった。


「くふっ♪ 素直なキミは素敵だよ」

「そりゃどーも」


 それで夕とゆづ周りの詳細情報を道すがら伝えた──とは言っても、逐一ちくいち語らずともなーこが超速で推理してしまうので、いくつかキーとなる質問に答えただけだ。なお、ゆづが虐待されている件は迷うところだったが、同様に状況から察してきたので肯定しておいた。


「――という訳だ。それでさっきの裏設問への答えになるが……俺が同時に二人の手を取ることは――」

「待ちたまえ、待ちたまえよ……あ、っく」


 なーこは歩みを止め、ポケットからハンカチを取り出して目元を拭うと、こちらに苦しげな顔を向ける。その瞳は潤み、少し赤らんでいた。


「なーこ……」

「……す、すまない。想像以上の辛い話に、つい目頭が熱くなってしまった」


 全てを見通し、常に冷静沈着であるなーこが、ひなた絡み以外でここまで感情を顕にしたことに驚きを隠せない。また、これほどまでに共感してくれたことに、こちらの胸も熱くなってしまう。


「その、なんだ。ありがとな」

「……ふふっ、礼を言われるとはおかしなこと。キミもゆーちゃんも、わたしの大切なお友達なのだから」

「そ、そか。そいつは嬉しいぜ」


 今日会ったばかりの夕が、すでに真のお友達判定をもらえていたとは驚きだ。これもあの夕なので、なーこの類友ヨイコ探知機に一瞬で引っかかり、秒でマブダチ認定されたのだろうな。対して前科者ワルイコの俺は、少々時間がかかってしまったけど。


「それにしても、ゆーちゃん……なんと健気で、努力家で、そして心の強い子なのだろうね。全くもって尊敬の念を禁じ得ない」

「ああ、本当にな。こんな俺なんかには、もったいない限りだぜ」

「――ばかちん!」

「あだっ」


 とつぜん頭に、なこなこちょっぷをお見舞いされてしまった。


「『こんな俺なんか』などと情けないことを言っては、まさに全霊してキミを選んでくれたゆーちゃんに失礼ではないか。そう感じるならば、まずは彼女に負けない程の努力をしたまえよ」

「す、すまん。でも、俺だって──」

「ああもちろん、すでにキミが心機一転頑張っているのは、重々承知しているとも。だが──」


 そこでなーこは俺の胸をツンとつつくと、ニヤリと笑ってこう続けた。


「こんなものではなかろう? 現に未来のキミは、あのゆーちゃんをベタ惚れさせているのだからね。そう、いつまでもに頼っていてはいけない、正真正銘の今のキミの力で惚れ直させてみせたまえよ」

「っ! そ、そうだよな」


 やはりなーこ先生はとても厳しく、そしてどこまでも優しい。ここまで言ってくれる友など、本当に得難いものなのだろう。まったく、夕もなーこもこんな可愛い顔しといて、心がイケメン過ぎるってもんだぜ。


「──とは言えだ、これほどの困難にキミ達だけで立ち向かうのは、あまりにも酷というもの。応援団であるわたし達にも頼ると良いし、それもキミの得た力のひとつさ」

「ああ、わらにもすがりたい程なんだ。どうか頼むぜ」

「よろしい。では手始めに、づーちゃんの親――と呼ぶのも腹立たしいが、その者共を社会的に消すとしようか。うむ、任せたまえ! すぐヤる!」

「だぁもう、物騒なやっちゃな!?」


 なーこのスーパー頭脳を持ってすれば、本当にヤれてしまいそうなのが怖い。心情的には、消されても仕方ない連中だとは思うがな。


「まぁ気持ちはありがたいが、それは遠慮しとくぜ」

「む? キミ自らが助け出したい気持ちは分かるが、づーちゃんに絶対遭遇できない以上は、まさにミッションイッポッシブルだ。なればここは、応援団長であるわたしが動くべきであろう?」

「適材と言えば、そうなんだけどさ……」


 いつの間にか団長に就任しておられたのはさておき、問題はそのなーこが動くことにあるのだ。


「なんだい、歯切れが悪いね。さては、重大な制約条件を聞けていなかったのかな?」

「じゃなくて……いやほら、なーこに手を汚してもらうってのが、さ? そんなヤツら相手でも、優しいお前はずっと気に病んでしまうだろうし、それに本当は臆病なお前のことだ、復讐に怯え続けるのはこたえるだろ。第一俺は、なーこにはいつまでも明るく心優しい女の子でいて欲し――ぐふぉッ!」


 言いかけているところで、なーこのパワード貫手ぬきてが脇腹に突き刺さり、思わずうずくまってしまう。


「ま、まったくキミはっ! わたしの身を心配できるほどの甲斐性かいしょうがあると思っていたとは、本当に呆れたものだね! あとそういうセリフはゆーちゃんだけに言いたまえと、何度言ったら分かるのだい! まったくもう! まったくもう!」


 痛む脇腹を押さえて起き上がったところで、なーこがそうまくし立ててきた。ナゼかそっぽを向いているので表情は分からないが、とりあえず怒らせてしまったことだけは確実だ。


「わ、わりぃ……」

「……あー、コホン。別に謝るほどのことでもないさ。もちろん、心配されて嬉しくないこともない。その…………ありがと」

「お、おう。それにしちゃ、だいぶキツイ攻撃だったがな? あと何でずっと左を向いてる――」

「横っつらに御代わりが欲しいのかい?」

「――のは、オオ、あんなとこにツルがいるからダナ!」

「はあ、キミという男は…………ふふっ」


 右しか向けない首になりたくないので、秘密のふすまにかけた手を引っ込め、正面を向ける喜びを噛みしめつつ歩く。


「……だが本当にどうにもならなくなった時は、迷わずわたしに言いたまえ。キミ達のためならば、悪鬼あっき羅刹らせつにもなろうではないか。ただし……」

「ん?」

「臆病者で乙女の味方の、が付くけれどね?」


 襖を開けて出てきたなーこは、いつも通りの不敵な笑みでウインクを飛ばしてきた。


「おっと、そりゃ何ともシュールな鬼さんだが……心強いぜ」

「くくく、慎重で慢心しない鬼なのだから、強くない訳がなかろう?」

「ははっ、ちがいねぇ」


 そうして俺は未来の話で鬼と笑い合いながら、少し離されてしまった皆のところへと、気持ちも足取りも軽く向かうのであった。

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