7-32 絵師

 夕との連携で手早く洗い物を終えると、フライパンなどの借りた器具は調理場に返却して、残りの食器を持ってテントまで戻ってきた。先ほどまで散らかっていたテーブル周りを見れば、BBQ前よりも綺麗きれいになっているほどで、ひなたと目堂によって完璧に清掃されたようだ。


「……ん?」


 それでひなたの方は、BBQの時と同じくテーブル中央の席に座っているのだが……目堂はそのはす向かい――もと夕の席に座っており、何やら難しい顔でテーブル上に立てて置いたタブレットを操作している。


「……ひなた、リラックス」

「はっ、はいっ! ごめんなさい」

「……謝らなくていい……お願いしてるのはこっち」


 こちらが戻ったことに気付かず二人で話しているので、俺たちはひとまずテーブルに食器を置くと、ひなたの隣に立って声をかけてみる。


「何してるんだ?」

「あっ、おかえりなさい! ええと、お掃除を終えて少し手持ち無沙汰になったので、沙也さんが私を描いてくださってるんですよ」


 目堂は手元のタブレットとひなたを交互に見つつ、せっせとタッチペンを動かしている。


「へぇ~、絵のモデルって訳な。……うん、そういうの、なんかイイよな」


 俺は生まれてこのかた容姿を褒められたことなんて無い――いや、身内贔屓びいきの夕からしかなく、ましてやモデルを依頼されるなんて想像したことすらない。


「それなら今度、ボクが描いたげよっか?」

「オ、オウ……ソレハタノシミ、ダナ。ハハハ」

「?」


 前衛的に抽象化された大変高尚な俺の絵を見せられ、どうフォローするか頭を抱える未来しか見えない訳で……夕に描いて欲しいけど欲しくない、実に複雑な心境だ。


「……んー? ひなさん、ちょっと緊張してる?」

「うん……私こういうの初めてだから、どんな顔してたらいいのかなって?」

「いつも通りにしてたら、いいんじゃ?」

「そうなんだけどぉ……むむぅ」


 見ればひなたの顔や肩は少し強張ってぎこちなさが表れており、それで目堂からダメ出しを食らっていたという訳か。生真面目なひなたのことだ、「モデルをお願いされたからには!」と変に気負ってしまっているのだろう。


「ただいま――っとぉ、みんなで何してんの?」


 そこでヤスがマメとテントに戻ってくると、洗い終えた鉄板と金網を置いて、小澄の隣に座りながらそう聞いてきた。ちなみにマメの方は、テントの前で遠くを眺めており……このままなーこの帰りを待つつもりなのだろう。


「沙也さんに絵を描いていただいてます」

「へぇ~! そりゃ小澄さんメッチャ可愛いもんなぁ~、モデルにぴったりだ!」

「わわわ、そんなことないですよぉ……もう~、天馬さんってばお世辞がお上手なんですから。ふふっ」


 ひなたは少し照れて、ワチャワチャと両手を振り回す。


「……陽、じっとしてて」

「はいっ!」


 注意されたひなたは背筋をピシッと伸ばし、再び目堂へと顔を向ける。ただこのヤスとのやり取りで緊張がほぐれたのか、今度は自然な笑顔になっており、これなら目堂も満足……かと思いきや、ナゼかさらにムスっとしてしまった。


「……あと邪魔、ウルサイ、どいて」

「えっ、僕? なんか、ごめん?」


 さらに目堂がタッチペンでヤスを指し、冷ややかな声でそう告げると、ヤスは「僕だけナゼ?」とボヤきつつ席を立って脇に避けた。……ああ、そういうこと。ヤスよ、これはお前が悪いぞ。

 そこで俺は目堂が描いている絵が気になったので、テーブルを回って目堂の後ろから画面をのぞいてみた。


「ほお……」


 そこには座るひなたを斜め前から見た姿が描かれており、テント下で反射して差し込んだ陽光に照らされた、ひなたの明るく柔らかな笑顔が印象的だ。それは少し漫画チックにデフォルメされつつもひなたの特徴を上手く捉えており、また構図や背景描写の巧みさも含め、総じて高い画力をもって描かれていると素人目にも分かる。しかも、俺達が洗い物をして戻るまでの三十分程度でここまで描かれたとなると、なおさら驚くべきことで……これほどの絵の才能を持ちながら、美術部ではなく手芸部に居るのが不思議でならない。

 ああそうだ、凡人には理解の及ばない超奇抜な絵をお描きになられる匿名希望の画伯は、目堂に絵を習ったら良いのでは? ――いや待てよ、絵はあいつの数少ない弱点であり個性だから、これも愛嬌あいきょうというものか……悩ましいな。


「ちょっ、目堂さん絵うんっま! おい大地、これヤバくね?」


 ヤスも気になったようで、隣に来て画面内の絵を見ると、驚きの声を上げた。


「ああ、ほんと大したもんだよなぁ」

「えーと、こういう絵が超絶上手い人らを何て言うんだっけ……神絵師? だよなっ!? スゲーよ目堂さん!!」

「……そんな訳ない……恐れ多い……あと見ないで」


 興奮したヤスが騒ぎ立てたところ、目堂は頬を赤くしつつそうつぶやき、画面の絵を二本の指で極小までピンチインさせて見えなくしてしまった。……まさかそんなワザが……デジタルならではの隠し方だなぁ。


「ええぇ~、こんなに上手いのになんで? それに見てもらうために描いてるんじゃ?」

「……ん……でも完成前はダメ」

「ふーん、そういうもんなんだ」


 一般人の俺やヤスにはイマイチ解らない感覚だが、一流のクリエイターと呼ばれる人達は、そういうものなのかもしれない。となればこれは、目堂に悪いことをしてしまったな。


「んじゃぁ、完成したら見せてな!」

「………………うん」


 絵に対するヤスの期待が伝わったのか、少し嬉しそうに頷く目堂……だったのだが、


「むふふ、完成した小澄さん、すごくイイんだろうなぁ~」

「…………むぅ……やっぱ見せない」

「なんでっ!?」

「……しらない」

「ん、んんん~?」


 ヤスの余計な一言のせいで、また不機嫌な顔に戻ってしまった。……まったくコイツは、ひとを励ます時とかは気の利いたこと言えるのに、ナゼ自分の事だとそうなんだ? これが春を遠ざけてるんだろうなぁ。

 首を傾げて不満顔のヤスを引っ張り、目堂から物理的に離れたところで、


「ふぃぃ~、おっまたせぇ~!」


 なーこが息を切らせながらテントへと駆け込んできた。さらにそのままの勢いでひなたの隣に座ると、ポケットから小洒落こじゃれたハンカチを取り出して、額ににじむ汗を拭い始める。まだ初夏と言えども、昼下がりに炎天下の会場を走り回るとなれば、ご自慢の魔改造パーカーの冷房でも追いつかないようだ。


「一色さん、お疲れ様ッス!!!」

「あっりがとぉ~」


 そこでなーこの帰りを直立不動で待っていたマメが、すかさず冷えたペットボトルの水を差し出して労う。……付き人かな?


「ご苦労さん、一人で大変だったみたいだな。……んで、もう準備はバッチリなのか?」

「ふっふっふ~、すっご~いのがぁ~、完成したよぉっ!」

「「「おおお~」」」


 自信満々の答えに、周りが歓声を上げる。名幹事なーこが「すごいの」と言うくらいだ、これは期待しかない。


「よぉ~し、そいじゃぁ~早速いっくよぉ~!」

「「「おー!」」」


 一同はノリノリで返事をすると、なーこの後に続いて歩き始めた。



   ◇◆◆



 なーこが皆を引き連れてテントから二百mほど歩くと、開けた芝生に据えられた小型のサッカーゴール――いや、フットサルゴールが見えてきた。レクリエーション用に設置されているのかと思われるが、使用している人は居ないようで、周りにはキャッチボールやバドミントンを楽しむ人たちが点在しているくらいだ。


「はいっ、とぉ〜ちゃ〜っくぅ!」


 なーこはそのゴールに駆け寄ってクルリンと振り返ると、ゴールポストをペンと叩いて元気良くそう言った。


「……ふぅ……ここがスタート?」

「いえーす、沙也ちゃんっ!」


 ゴールなのにスタートとはこれいかに。


「……疲れた……もうゴールしていい?」

「だぁ~めっ!」

「んきゅっ」


 この移動ですでに体力を消耗してしまったモヤシ娘が、強引にゴールへ入ろうとすると、名キーパーなーこが両手を突き出してキャッチ&ホールド。相変わらず仲のよろしいことで。


「てことでぇ~、今からみんなには~、とあるものを~探し出してもらうよぉ~?」

「「「おお~」」」


 さっそくと謎解きゲームっぽい雰囲気を出してきたなーこへ、皆が期待の目を向ける。


「そのミッションタイトルわぁぁぁ……」


 そこでなーこはめに溜めると、


「『アイを取り戻せ!』だぞぉっ!」


 両手でハートマークを作って頭上に掲げ、そう高らかに宣言した。


「「「……ええぇっ!?」」」


 ここにきて、まさかの世紀末ミッションが発令された!

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