7-31 順序

 美味しい料理を囲んでのにぎやかなBBQを楽しんだ俺たちは、満腹で眠気マックスやる気ゼロの身体を奮い立たせ、手分けして後片付け作業に取り掛かっていた。俺と夕は食器を、マメヤスは重い鉄板と金網を調理場で洗い、その間ひなたと目堂はテーブル周りの清掃と荷物番をするという分担だ。ちなみになーこは、「ちょぉっち用事ぃ~、あっとわぁ~みんなぁヨッロシクねぇ~?」と告げて出かけており……次の謎解きイベントで皆を楽しませるべく、会場内に色々と仕掛けをしに向かったのだろう。

 それで早速と俺は大量の食器や調理器具を持つと、BBQテーブルから少し離れた洗い場へと運び、シンク内に積み上げていく。


「……ヨイセっと」


 一往復半してあらかた運び終えたところで、背後からパタパタと足音が聞こえてきた。こちらへ駆けてくる人物を見ると……Yシャツ、サスペンダーハーフパンツ、キャスケット帽、肩掛けポンチョ、サングラスを身に着けた世にもアヤシイ美少年の朝日あさひ――に変装した未来幼女お姉さんの夕である。実にヤヤコシイ。夕はテントでマメヤスへ何かを説明していたのだが、それも終わり急いで追いかけてきたようだ。


「ハイッ、これで全部だぞ」

「りょ」


 夕が運んできた残りの洗い物を受け取ってシンクに積むと、見事な食器タワーが出来上がった。


「うーん、七人分の食器にフライパンやらなんやらで、すげぇ量……まるで昼時の学食の厨房ちゅうぼうだな」

「ふふっ、食洗機があれば……なんて無いものねだりしてても仕方ないし、ちゃちゃっと終わらせるぞー!」


 夕は俺の隣に踏み台を置いて上に立つと、そう言って布巾ふきんを持った右手を元気良く掲げる。


「謎解きイベントが待ってるもんな?」

「うんっ、それ! めっちゃ楽しみっ!」


 ワクワクオーラを噴出してはしゃぐ夕は、まるで幼い少年のようで……要は見た目通り。


「……ああ、俺もだ」

「だよなっ!」


 もちろん俺が参加者として解くことも楽しみではあるが、実はもう一つある。これはなーこが作った難問を夕が解く――つまり我らが誇る究極のリケジョ二人の熱い対戦カードであり、見る側としても楽しめるに違いないのだ。ただ一点、夕は小学生のフリをしないといけないので、全力で戦えないのが少々残念だが、こればかりは致し方ない。

 それで夕のためにも雑事をさっさと終わらせるべく、俺は早速とシンクの食器を手に取り洗い始めた。


「ハイッ」

「ホイッ」

「ハイッ」

「ホイッ」


 特に示し合わせた訳でもないが、俺がスポンジで洗って隣に差し出すと、受け取った夕が布巾で手早くいてわきに並べて積む。実に息のあった父娘連携プレイであり、シンク内の山盛り食器が見る見るうちになくなっていく。


「ふふっ。楽しいな、こすもさん」

「ん、そうだな」


 普段なら煩雑なだけの洗い物作業も、好きな人と一緒にすれば楽しい……夕もそう思っているのだろう。もちろん、どちらも口には出せないのだが。

 そうしてテキパキと作業を続け、シンク内のタワーが低くなってきた頃、正面の壁の向こう側から大きな声が聞こえてきた。


「うおおおスゲー、コゲがめっちゃ簡単に落ちる!」

「ほんとだ……昔BBQした時は、この作業がマジでダルかったんだけどなぁ」

「それよ。いやー、さすがは鉄人、後片付けも一流ってか?」

「ああ、料理関連であの少年に勝てる気が全くしない」


 いつの間にか反対側の洗い場にマメヤスが来ており、担当となったクソ重い鉄板と金網を洗っているようだ。


「……だってさ、鉄人殿?」

「ふふん、さっき鉄板のコゲと油の落とし方を伝えてきたんだ。ポイントはお湯と重曹」


 ピッと人差し指を立てて、少し得意げに語る夕……ああ、そんなところも可愛いなぁ。


「あと網の方も、焼く前にお酢を塗っておいたし取れやすいはず」

「へぇ~」


 おばあちゃん――いや、幼女の知恵袋?


「朝は料理のことなら何でも知ってそうだな」

「そ、そんなことないぞ……作るのだって、まだまだだし」

「いやいや何言ってんだ。すっげー美味かったぜ、いつもど――っごほん!!!」

「……いつも?」

「あー、その、いつも、家とかで作ってるのか?」


 あっぶねぇぇ、うっかり「いつも通り」と言いそうになってしまった。ボロを出さないよう注意しないと……ってか、夕はいつまで男の子のフリする気なんだ?


「……えーと、うん! 男なのに意外って思うかもしれないけど……ボク料理大好きなんだ!」

「ヘエ、ソウナンダー」


 もちろん、よーく知ってるともさ。


「あれだな、好きこそものの上手なれってやつか」

「んー、ちょっと違って、逆かも? 最初は別に好きでもないし、全然下手っぴだったんだけど…………じ、実はボク、大好きな人がいて……その人が美味しそうに食べてくれる顔が見たくて、毎日すっげー練習したんだ。それで少しずつ上手くなって、料理自体も好きになった感じ、かな? だから『好きこそ』は料理がじゃなく――んうぁ、言ってて恥ずかしくなってきたぞぉっ!?」


 なるほど、順序が逆と……そういや以前に、未来の俺を喜ばせるために練習したと言ってたっけ。あと、現在の一流料理長シェフな姿からは想像もつかないが、そんな夕にだって下手だった時代はあるよな。


「ふ、ふーん? そんな尽くしてもらって、そのは幸せ者だな。うらやましいぜ」

「そう思うか!?」

「お、おう」


 これは割と本音だったりする。未来の自分に嫉妬……というのも妙な話だが、少しだけモヤっとはしてしまうのだ。


「へへへ、やったぞぉっ!!!」


 夕は持った布巾をブンブン振り回しつつ、満面の笑みでそう叫ぶ。

 まったくお前は、こんな些細ささいなことでイチイチ大喜びしやがって……くっそぉ、可愛すぎかよ!

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