7-27 初心

「なあ、早く食べようぜ! もう楽しみすぎて腹がグーグー鳴ってるよ!」


 記念撮影が終わったところで、隣のヤスが口を開き、今にもよだれを垂らしそうな顔でそう言った。


「でわでわぁ~、お手を合わせてぇ~……」

「「「「「「「いただきます」」」」」」」


 なーこの音頭に合わせて一同合掌し、満を持してBBQパーティーの開始となった。

 まずは前菜と、山盛りの野菜サラダを見れば……レタス、輪切りキュウリ、千切り人参、薄切りパプリカ、ブロッコリー、プチトマトと言った顔ぶれに、クリーム色のシーザードレッシングがかけられており、彩りも良く女子受けしそうな外観だ。


「お洒落しゃれなサラダですね♪ マメさんが作られたんですか?」

「ん、ほぼオレが担当させてもらったけど、人参だけは――」

「……朝日が切った……超高速で」

「そうそう。それでオレは、この少年がタダモノではないと悟った」


 見れば人参は極細かつ均一に切られており、こんな機械顔負けの包丁さばきは、料理長殿以外には到底できまい。とは言え、人参以外も不揃ふぞろい感は全くなく、マメもなかなかやるようだ。


「ボ、ボクはそんな大したことしてないぞっ!」

「……謙虚すぎ………………えと、カッコイイ」

「そ、そうかな……? えへへ、ありがと沙也さん」


 少々分かりにくい目堂の褒め言葉に、夕がうれしそうに照れており、その可愛らしい様子に口元が緩んでしまう。よしよし、皆でもっと夕を褒め称えて照れさせるんだ!


「おお~、あっさ君もマメ君も~、や~るぅ~」

「――っお任せください!!!」


 マメが右手を額に当て、対面のなーこ向かって敬礼する。……なーこに褒められて嬉しいのは分かるが、もう少し落ち着こうな?


「ってこのサラダ、うんまっ……」


 そこでヤスのつぶやきが聞こえて、皆もはしを付け始める。それで俺もと口に運んでみれば……おおお、これは美味い! どの野菜も新鮮で青臭さがなく、かつとても濃く甘い。野菜って、物によってこんなにも違うものなのか。


「いやぁ、マジで美味いな」

「ふっ、うちは仕入れ先に拘ってるからな。その辺のスーパーに並んでる野菜とは、一味違うぜ?」


 マメに感想を伝えれば、得意げに店自慢をしてきたが、言うだけの品なのは間違いない。


「それとこのシーザードレッシング、すっごくまろやかで美味しいですね! これはどこに売ってるんでしょうか?」

「ふっふっふ、これ鉄人の手作りなんだぜ!」

「まあ! 今度作り方を教えてねっ、朝君!」

「い、いいけど……」

「やったぁ♪」


 ひなたに人懐っこい笑顔を向けられ、夕は嬉しいような困ったような、複雑な顔をしている。


「……んでも、チーズなんか持ってきてたんだな?」


 シーザードレッシングにはチーズが必須ひっすだが、先ほど確認した荷物にはなかったように思う。


「あー、それがさ? 隣のテントのおばちゃんが鉄人の手捌てさばきを見て感動して、余ってる食材ポンポンくれた――というか押し付けてきたんだ」


 小さい子にあめちゃん渡してくる大阪のおばちゃんのノリかな? まぁ、主婦として応援したくなるくらい、男装幼女スパニッシュシェフの料理テクが素晴らしかったのだろう。


「どうだ、スゲェだろ!」

「さっきから、なんでテメェがドヤ顔してんだ」


 ヤスに夕の自慢をされると、なぜか妙に腹立つな。


「あー、ほら、混ぜるのは僕がやったし?」

「混ぜるだけなら馬でもできる」

「たしかにっ! ――いや、猿ならともかく馬は無理だから!」

「できてたろ?」

辛辣しんらつぅっ!」


 そうしてヤスをいじって憂さ晴らししていたところ、


「(――くくっ、キミもヤキモチを焼くのだねえ。結構結構)」


 カメラを調整しに来たなーこが、席へ戻る際にそうささやいていった。……ああ、このモヤモヤはヤキモチなのか……むぅ、こりゃ随分みっともない事したなぁ。


「――よ、よし、次は串だな!」


 俺は失態を誤魔化そうと、そう言って肉類と野菜類が交互に刺さった鉄串を皿から持ち上げる。他の串も見れば、地鶏、黒豚、ウインナー、長ネギ、玉ねぎ、ピーマン、ナス、カボチャといった具材が刺さっており、ずいぶんと豊富な種類を楽しめるようだ。


「こりわぁ~……沙也ちゃんとぉ~、ヤス君~かなぁ?」

「そそ、僕らが担当。味付けはプロの鉄人に丸投げだけどね?」

「それと焼く前にオリーブオイル塗ったのも、少年のアドバイスッス!」

「うん。水分が飛びにくくなって、焼きムラや焦げを防げるんだ」

「へぇ~」


 なーこの問いかけに、ヤス、マメ、夕が順に答える。

 それで期待して口に入れてみると……あ、あれ? 美味しいことは美味しいのだが……部分的に生焼けだったり焦げたりしていて、食感にやや難がある。恐らく、具材の大きさがかなりバラバラで、火の通りに偏りが出たのだろうな……とは言え、オリーブオイルで緩和されたおかげか、決してマズいという程にはなってない。部下の失敗への的確なフォロー、さすがは料理長だな。

 そうは言っても、食べ始めた周りは何とも困った表情で黙ってしまい、


「……ごめん……私のは不揃いで……美味しくないかも」


 その微妙な雰囲気を察したのか、目堂がそう呟いてしょんぼりと肩を落とす。

 言われて見てみれば、半数ほどの串は具材が整っており、こちらはヤスが作ったのだろう。なるほど、班分け時に本人が言っていた通り、目堂は料理初心者のようだ。

 それで目堂を励ますために、何か褒められるところはないかと考えていたところ、


「ん~、ぼかぁこれも味があって良いと思うけどねぇ。それに目堂さんが頑張って切ってるの横で見てたしさ、そんなんマズいわけないじゃん?」


 ヤスがさも当たり前のようにそう言った。たしかに、作り手の頑張る顔が見えると、感じる味も変わるというものか……ヤスはまれに本質を突いた事を言いやがるな。生意気にも。


「――んっ、ほらスッゲー美味い!」


 すぐにヤスが一口かじってそう言うと、さわやかな笑顔を目堂に向ける。


「……っ!? ……またこの男は……むぅぅ」


 すると目堂が少しほおを赤くしてうつむき、ボソボソつぶやいて悔しそうに歯噛はがみする。ヤスの無自覚タラシムーブにうっかり照れてしまって、悔しいのだろうか。やはりヤスは、下手に考えない方がモテるのかもしれない。


「……あっ、そうそう。隣のおば様にもらったチーズは、フォンデュにもしてるから、串に付けたい人はどうぞ? ……でも二度付けは厳禁だぞっ!」


 そこで夕が、大阪の串カツ家のようなことを言いながら、鉄板の隅で温められている鉄容器を指す。


「すっげぇ、チーズフォンデュだってよ! おいおい大地、僕らみたいなのがこんなシャレオツな事していいのか? 怒られないか?」

「いやいや、大げさなヤツだな。んなもん誰に怒られるってんだよ」


 ヤスにはこう言ったものの、俺も初めてなので、内心少しワクワクしている。


「そりゃそっか。んじゃ、さっそく――」

「こらぁっ! たった今ダメって言っただろっ!」


 食べかけの串を容器に突っ込もうとしたヤスが、夕にしかられる。


「え、一回目、なんだけど……?」

「はぁ~、齧ったり手元に戻した串が不衛生だから、二度漬け禁止なんだぞ。当然食べかけもダメに決まってる! 常識で考えて欲しい! まったくもう!」

「ほんとスンマセンっしたっ!!!」


 ふんすと鼻を鳴らす鬼の料理長に、平謝りする部下一号。小学生に常識を諭される男子高生……いつも通りのヤスだ。


「ははは、まさかのお前が心配した通りになったな?」

「それな。やっぱ僕らにはまだ早かったか!」

「俺をテメェと一緒くたにすんじゃねぇ!」

「ふぐっ……」


 一発シバいておくと、それで料理長は怒りが収まったのか、周りと一緒にクスクス笑い始めた。

 まったくコイツは、ちょっと格好良いところを見せたかと思えば、すぐこれだ。ただまぁ、そういうダメなところも含めて好かれてる感はあるし、これはこれで良いのかもしれんけどな。

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