7-28 感想

 チーズフォンデュ串を楽しむかたわら、香ばしい匂いを放つ料理長お手製のパエリヤが、小型フライパンから各自のプラ皿へと取り分けられていった。

 ちなみに俺の皿へは夕がよそってくれており、朱色の米の上にはアサリ貝、輪切りイカ、ぶつ切りタコに加えて、全体で一尾しかない海老が乗せられている。実を言うと俺は海老がかなり好物で、夕にそれを伝えた事もないのだが……夕は未来の記憶から当然のように知っていて、他メンツに取られる前に乗せてくれたのだろう。こういった些細ささいな事でも、夕との時を越えたきずなを感じられて、なんだか凄くうれしくなるな。


「ああっ、海老が! そりゃないぜ鉄人~、大地だけズリィぞー!」

「そんなこと言ったって、一尾しかないし……それにこれは自転車に乗せてくれたお礼だからっ! 別に贔屓ひいきとかじゃないぞっ!」

「ちぇ~ちぇ~ちぇ~」


 ヤスが実に不満そうにしており……そう言えばこいつも海老好きだったか。愛する得盛天丼の花形選手だもんな。


「そうねるなって。お前にも少し分けてやるからさ?」

「お、いいのか? あざっす!」

「尻尾を」

「イラネェヨ!」


 両手で虚空こくうをチョップして、当然の如く文句を言うヤス。


「……まぁ落ち着けや。海老は一尾と数えるくらいだ、むしろ尻尾が本体と言っても過言ではないのでは?」

「過言だよ!」

「でもカリカリで美味いぞ」

「ぼかぁプリプリの方が欲しいんだが!?」

「ったく文句ばっかだな。ほら、そうやってカリカリプリプリしてるやつには、カルシウムが必要だろ?」

「なるほ――って余計なお世話だよっ!?」

「……貝殻も豊富……オススメ」

「歯が欠けてむしろ減るっ! ――って目堂さん!?」

「……ふふ」


 漫才(?)に混ざれて嬉しかったのか、ヤスいじりの楽しさに目覚めたのか、実に満足げな様子の目堂めどう。ほんと変な子……んまぁ、ヤスを許容できる時点で普通ではないよな。大変失礼な物言いだけどさ。


「ん~~~~、すっごく美味しいですぅ~!」


 こちらが騒いでいる間に食べ始めていたひなたが、目を輝かせながらそう言うと、落ちそうとばかりにほおを押さえる。それを見た他メンツもいそいそと食べ始めたので、俺もとスプーンで米とタコをすくって一口、次いでイカ、貝と組み合わせを変えて頬張っていく。


「おおお、これは!」


 もはや当たり前ではあるのだが、スパニッシュシェフのパエリヤ、美味すぎるぞ……俺が以前に作ったヤツは一体何だったんだ? とにかく、この素晴らしさを全力で伝えねば!


「魚介の濃厚なエキスがこれでもかと米に染み込んでいて、まるで海鮮鍋のシメ雑炊のように、口に入れればとろけて旨味が広がるぜ。だがその柔らかな米に付いたお焦げが、お好み焼きの底のようなカリカリで食感へのアクセントを与え、またその苦香にがこうばしさと芳醇ほうじゅんな海の香りが見事に調和していて……こりゃたまらんなぁ! 忘れちゃいけない具材のイカタコ貝も絶妙な熱加減で、適度な弾力を残しつつ素材の旨味を完璧に閉じ込めて逃さない……ああ、これぞプロの作る正真正銘のパエリヤか……絶品だっ!!!」

「――ブホッ。大地、おもろ」

「……食レポ漫画かーい」


 口から次々と飛び出してきた感想に、ヤスのみならず目堂からもツッコミを入れられてしまった。……どうやら目堂は、だいぶと俺たちのノリに慣れてきた模様。あとこの的確かつのんびり平坦へいたんなツッコミ、シュールでクセになる味だなぁ。


「……あー、朝の料理が美味すぎて、つい?」

「たしかにっ。鉄人サイコー!」

「そっ、そんなベタ褒めされると、照れるんだけどぉっ!?」


 皆が一斉にうなずいて同意すると、夕は嬉しさで顔が崩れるのを堪えているのか、口元をもにょもにょさせている。……よしよし、少々やり過ぎた感はあったが、その分カワイイの大収穫だ。この調子で照れさせていこう!


「じゃぁ~、アヒージョも~、たっべよぉ~!」


 そこでなーこが、鉄板隅のスキレットを指してそう提案すると、順に回して各自好きな具材を取っていく。

 俺の前に来たところで、熱々のオリーブオイルに浸った薄切りパプリカ、サイコロ状のベーコンとジャガイモを一つずつ皿に取って食べる。


「ほえぇ、これがアヒル女王――じゃなくてアヒジョーかぁ。ぼかぁ初めて食ったけど、うんめぇなぁ~」

「おお……オレんちのジャガイモが、こんな見事に調理されてるぜ。へへっ、嬉しくなるな!」

「朝君のお料理、どれも美味しくてオシャレで、とっても素敵ですっ!」

「へへへ~」


 口々に出てくる皆の賛辞を聞いて、夕がとても喜んでいる。

 よし、この流れで褒め尽くすぜっ!


「絶妙な塩加減のオリーブオイルに包まれたジャガイモは、ホクホクの中まで上品な味と香りが染みていて、歯ごたえのあるベーコンの脂身との組み合わせがマジで神がかってるな。こっちのパプリカも、どうやって調理したのか内部にしっかり瑞々みずみずしさを残していて、オイルベース料理にも関わらずサッパリとした後味を――」

「う~〜! う~〜! う~〜!」

「ど、どした!?」


 俺が長々と褒め続けていたところ、隣の夕が顔を真っ赤にしてうめきながら、俺の肩をぽこぽことたたいてきた。毎度お馴染なじみパーフェクト二十歳児にじゅっさいじである。


「こすもさんは黙って食べてっ! これ以上ボクを褒めるの禁止だっ! むがぁ~!」

「お、おう……」


 うーむ、やりすぎたか。でもぷんすか夕も可愛いなぁ……なんて言ってしまった日にはガチで怒られそう。二度漬け禁止ならぬ二度褒め禁止、気をつけよう。


「……朝日かわいすぎ」

「「それなっ!!!」」


 そう思った矢先、目堂がピンポイントで気持ちを代弁してくれやがったので、つい勢いで同意してしまい……


「だから禁止だってば!」

「「すんません!!!」」

「まったくこの二人は、ほんとにもう……!」


 案の定と、ヤスと共に叱られてしまうのであった。

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