7-25 三日

「ふぅ……緊張しましたぁ。一時はどうなることかとぉ……」


 なーこがチンピラを撃退して得意げに席へ戻ったところで、隣のひなたがそう言って胸をで下ろした。


「大地君、なーこちゃん、ありがとうございました」

「お、おう」「ふぉっふぉ~、気にするでないぞよぉ~」


 次いで律儀にも頭を下げてきたので、二人で照れてしまう。


「だけどひ~ちゃんも~、バシッと言えて~、えっら~いっ! よ~しよし~♪」


 なーこはひなたの勇気をたたえながら、いつも通りナデナデしている。なーこの言う通り、あの状況で輩に向かっておくさずハッキリ断るのは、男子でもなかなかできることではない。やはりひなたはしんの強い子だ。


「は、はい。こういう時は黙ってるだけじゃいけないって、あのとき教わりましたから、ね?」


 ひなたはポシェットのヘアピンを撫でつつ、俺にそう言って微笑んできた。あんな子供の頃の些細ささいな言葉を、こうして今の今まで心に留めてもらえてるとは……うれしいやら小っ恥ずかしいやらだな。


「うんうん! あぁいう輩は~大人しくしてると付け上がるからね~?」

「ソウダナ」


 なーこは大人しくするどころか、智力ちりょくでフルボッコにしていたが……まぁ、ヤツらには良い薬になっただろう。


「……さて、そろそろ向こうの準備も進んだかな?」


 目の前のパエリヤ用の米も少しお焦げができ始めて、香ばしい匂いを放っている。そろそろ横にどけて、調理班の受け入れ体制を取っておこう。


「私、ちょっと様子を見てきますね」

「お願いねぇ~」


 なーこは荷物番に残るとして、俺も行こうかと腰を浮かせるが……隣のなーこを見てひとつ気にかかり、座り直す。

 そうしてひなたが歩き去ったところで、


「大丈夫か?」


 俺はすかさずなーこに問いかける。実はなーこの手が少し震えていたので、心配になったのだ。本当は物凄く怖かったのに、ひなたを守るために必死で抑えていたのだろう。ああ、なんて健気で勇気ある子なんだ。


「はて?」

「いや、震えてんぞ?」


 自分でも気付いていないようなので、その手を取って握ってみると、


「――っば、ばかものぉ! い、いきなり何をするのだい!?」


 顔を赤くして怒られてしまった。


「――っごめん!」


 大慌てて手を放す。これでは先ほどの輩と大差ないでないか。


「嫌がらせるつもりは……ただ心配でだな……」

「別に嫌では――っそうではなくて!」

「おお?」

「……もちろん、心配してくれたのは凄く嬉しい。ありがとう」

「ど、どういたしまして?」


 未だに素直ななーこは慣れないので、少々戸惑ってしまう。


「しかしだね、このような場面をゆーちゃんに見られでもしたら、キミはどう弁解するつもりだい? わたしとしては、面白いものが見られるから別に良いけれども? くふふ」

「ぐ、ぐむぅ……どうにも、ならんな?」


 その絶望的状況を想像して、胃が痛くなってしまう。


「はあ、まったくキミは……少しは身の振り方を考えたまえ」


 なーこはあきれた顔をして、ヤレヤレと首を横に振る。本当に面目次第も無いです。


「――こほん。それはそうと……ひ~ちゃんを守ってくれて、本当にありがとう。あと、咄嗟とっさにわたしもかばおうとしてくれていたね? ――んふふ~、かぁっこよかったぞぉ~? う~りうりぃ~♪」


 お説教モードからベタ褒めモードになって、とても嬉しそうにひじで突いてくる。


「んまぁ、ひなたの方も、俺が動かなくてもお前がどうにかしたんだろうけどな?」

「くくっ、結果など些細なことさ。有事に際して、助けの手を差し伸べられる心の強さについて評価しているのだよ。そう――」


 なーこはそこで一旦区切り、スッと真面目な顔に変えて、


「男子会わざれば……まさにキミの事だね」


 こちらを見つめながらそう告げてきた。


「……む、むぅ」


 三日前にひなたを見捨てて去った俺、そして今度は助けた俺、格言にかけてその対比をしているようだ。やはりあの件は、まだ許してもらえていないのだろうな……当然か。


「その節は何というか……」

「――いや、蒸し返す訳ではないよ。そも、ひ~ちゃんが許している以上、わたしからは何もないさ」

「そ、そうか」


 ひなたが望まない事は絶対にしない、そういうことなのだろう。


「まあ、少しだけイジワル成分を込めさせてはもらったが……大部分は、純粋に格好良くなったものだね、とな? それと、改めて愛は偉大だねぇ~、とも? くふっ」

「あ、ああ……」

「そうなれば、これをゆーちゃんにも見せて、キミの活躍を報告してあげないとだね?」


 なーこはそう言ってに手を入れると、先ほどの俺の『――離せ』の音声を再生する。……恥ずかしいからヤメテ!


「……あ。動画は別の機械で撮ってて、そっちはスタンガンか?」


 なーこのの方を指さして、そう聞いてみる。


「おお、流石はだいち君、察しが良いではないか。これは少し前に護身用に作ったのだけれど、早速役に立ったよ。それでこれの凄いところはだね、何と言ってもこの――」


 すると先ほど活躍した小型のUSB充電器のような物を取り出して、自慢げに仕様を解説し始めた。やはり機構の詳細は難解過ぎて理解できなかったが、三秒に要約すると「テーザーガンのように射出して中距離攻撃もできる超スグレモノ」なのだそうだ。


「ははは……ほんとスゲェよ」


 こんなもんまで持っているとは……智力も武力もマックス、無敵かよ。


「まあ、機材のおかげもあるかな?」

「……ああ。そういやさっき、四菱よつびし重工に技術提供してるって言ってたもんな。お前さん、実は大企業のお嬢様なん?」


 四菱重工は高校生の俺でも知っているほどの大企業であり、なーこ父の会社がそれと対等に近い立場となれば、同様に大企業と予想される。また、その技術部に出入りできるとなれば、なーこの超高水準の機械工作技術もうなずけるというものだ。

 そう思ったのだが……


「いや? 全くお嬢様などではないし、そもそも技術提供などしていないよ?」


 どうやら予想は大外れらしい。


「え? でもさっき――」

「あはは、ブラフに決まっているだろうに。四重が国防関連で爆発反応装甲リアクティヴアーマーの開発をしていて、社長名が明誠あきのぶなのは事実だが、残りはその場しのぎの作り話さ。あの放蕩ほうとうバカ息子ならばどうせ見抜けはしまいし、仮に何か反論してきても即座に論破する自信はあったからね?」

「なん、だとぉ……」


 あの状況で、あの速度で、このレベルのブラフを張れるとは……そう言えば、俺も前にやられたっけなぁ……智の悪魔、懐かしいぜ。


「それに考えてもみたまえ? 本当にうちが提供先であったならば、少し調べるだけでわたしの身元がバレてしまう訳だよ。もし逆恨みされて、カヨワイわたしが襲われでもしたらどうするのだい? ――あ、またキミがナイトのように守ってくれるのかな? それなら悪くない話だね、くふふっ♪」


 俺の胸元を指でツンツンとして、楽しそうにからかってくる。


「はぁ、お前には全く必要ない気がしてならないが……もしそんな状況になったなら、もちろん助けるさ」

「ふふっ、嬉しいことを言ってくれるね。ま、もちろん冗談さ。ナイト殿が守るべきお姫様は実に手がかかるのだから、そちらに専念したまえよ」

「ははっ、それもそうだな――おっ?」


 そこで調理場の方向から、スパニッシュシェフが桐箱きりばこを抱えて戻ってくるのが見えた。


「おやおや、うわさをすれば愛しのお姫様のご帰還のようだね? くくく、嬉しそうな顔をするではないか」

「――っははは」

「ん~? 何か面白いことを言ってしまったかい?」

「あぁいや、昨日のヤスと同じ言い回しだったんでな」

「むっ! よもや彼と同じ発想をしてしまうとは……何故だか妙に腹が立つねえ!」

「わかる」

「……」

「……」

「くふっ」

「ははは」


 二人で笑い合っていると、シェフとその部下三名+ひなたが、食材等の荷物を抱えてテントに戻ってきた。


「ただいま――むぅ~、やっぱ仲いいし……」

「僕、呼ばれた気が?」


 夕は俺たちを見てほおをぷくぅっと膨らませ、ヤスは名前が聞こえたのか首を傾げる。


「ああ、ヤスはアホだなぁって話してただけだ。別に大したことじゃねぇ」

「そ~そ~」

「なぁんだ――って大問題なんだけどぉ!?」

「「え?」」

「二人そろってヒドくね!?」

「「……え?」」

「もういいから!」


 そうしてヤスで遊んでいると……


「むぅぅぅぅぅ!」


 マズイ、なぜか夕のねオーラが倍増したぞ。

 

「くく……それとぉ~、あっさくんが、すっごく可愛いなぁって~? ね~、だいち君?」

「っ!」


 ちょぉ……そんな際どい話題を俺にフルなぁ!


「え、そうなのか?」

「……あー、そんな話も、してた、かもな?」

「――っ!? そ、そにゃこと言われても、男は全然嬉しくなんかないんだぞ!」


 夕はそう言いながらも、頬を赤らめて口元をニマニマさせている。どこからどう見ても嬉しそうであり、すっかり機嫌を直してくれたようだ。


「ほらぁ~、赤くなってぇ~、か~わいい♪」

「んなぁぁ、ボクで遊ぶなぁ!」


 夕の両手がふさがっているのを良いことに、なーこが夕の柔らかほっぺをプニプニつつき放題している。……なーこめ、ズルイぞ!


「おお、あの鉄人が照れてる」「……鬼じゃなくなった」「くぅ、うらやましい!」


 先ほどまでは鬼の料理長として猛威を振るっていたのか、調理班が口々に好き勝手言っている。どうやら、料理を通じて随分と打ち解けられたようだ。うん、良かった良かった。


「んなっ、みんなまでぇ! もおぉぉ!」


 夕は頬を膨らませて周りをにらむのだが……誠に申し訳ないことにも、その可愛らしさに一同ニヤニヤしてしまうのであった。

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