7-24 勧善

 思い出話も一段落したところで、目の前のスペイン風パパイヤパエリヤの様子を見てみれば、大分と煮詰まって朱色の米が炊けつつあった。まだ水分が残っているので焦げてはいないが、たまに注意して見ておかないとだ。


「……ん?」


 そこで背後から、複数の足音が近付いてくるのが聞こえてきた。

 またヤスあたりが追加料理を持ってきたのだろうと思い、立ち上がって後ろへと振り向く。


「オイ、あんたら」


 だが予想に反して、そこには二十代前半ほどの男が二人立っており、威圧的な態度で話しかけてきた。その声をかけてきた方は、切れ長の三白眼、金髪に顔中ピアスで、成金趣味な品の無い服装をしている。もう片方は俺やピアス男より頭一つ近く低く、よれよれの汚れたTシャツとジーンズ姿だ。


「……なんですか?」


 外見からすると関わらない方が良いタイプに見えるが、話しかけられたからには一応答えておく。年上っぽいので、一応は敬語で。


「オレらここ使いたいんだけど、替わってくんねー?」

「……はい?」


 そこでピアス男は、やぶから棒に意味不明なことを言ってきた。


「他にもいっぱい~空いてますよ~?」


 なーこも言う通り、わざわざここを使いたい理由が見当たらない。


「あー、こっち六人いるしさー? 四人席じゃ座れねぇんだ。ほら、見たとこあんたら三人だし、替わっても問題ねーだろ?」

「いま席を外してるだけで、あと四人居るんです。それにもう火も起こして準備してますから、他を当たってください」

「は? じゃぁ、あんたらが四人席二つで座ったらいいダロ? 火はまた起こしたらイイジャン?」

「……」


 あまりの暴論に絶句する。格好でお察しではあったが、やはり輩と呼ばれる人種のようだ。ちなみにピアス男が話す間、片方はチラチラとその顔色をうかがっており……子分格と言ったところだろう。


「そもそもここは~予約席ですよぉ~? 勝手に替わったらぁ~、怒られますよぉ~?」


 道理の通じない相手にどうしたものかと考えていると、なーこが別口から説得してくれた。


「ちっ……あーあれだ、客の間で替わってもいいって受付で言ってたぜ。だからテメェらがウンて言やぁいいんだよ!」


 席によって利用料も違うし借りた物も違うのだから、管理者に無断で替わって良い訳がないだろうに。よくその嘘で通ると思ったものだ。


「あやや~? おっかしぃな~? ここにはそんなことぉ~書いてないよぉ~?」


 なーこが受付でもらった用紙を大袈裟おおげさに掲げて、わざとらしい口調でそう言った。


「ハッ、高校生のガキ共がガタガタうっせぇな…………お? おお?」


 そこでピアス男は、なーこの奥に座るひなたの全身を下卑た目つきで眺め始める。


「ほー……イイジャンイイジャン。おっぱい大きいあんたはここに残っていいぜ? ヒヒヒ」

「ショウさん、よく見りゃこっちも悪くないっすよ?」

「ん、小さいけど結構可愛い顔してんジャン。ハハッ、お前はこういうの好きそうだなぁ?」


 下衆げすな視線を向けられた二人は、生理的にムリとばかりに身体を抱えてブルっと震わせる。


「つーわけで、女の子二人は俺らと一緒に楽しもうや。そうすりゃ、あんたらは四人の席に入んだろ? ほらあれだ、WINWINってやつ?」


 こちらに何の益もないのだが、あきれてツッコむ気も起きない。あと最近の輩は、引き算すらできなくなったらしい。……まぁ、夕なら膝の上に座れるけど――とか考えてる場合じゃねぇな。


「あんたもこんなガキ共と居るより、俺らとの方がいいだろ?」

「は、はあ……」


 誘われたひなたは、困り顔で俺となーこを交互に見る。慈愛の塊なひなたのことだ、このような輩にも気を使ってしまうのだろう。なので俺が「ハッキリ言ってやれ」という意で深くうなずいてあげると、ひなたは唇を引き締めて頷き返してきた。


「ショウさんは四菱よつびし重工の跡継ぎなんだぜ、女になればいい目見れるぞ? ま、何番目かは知らんけど~? ギャハハ」


 誘いに乗って来ないひなたを見て、三下さんしたしゅうのする台詞で援護する子分であったが、


「……そうなんですか。でもごめんなさい、全く興味ありません。他を当たっていただけますか?」


 ひなたに丁寧な口調で断られる。……どうしてこの誘い文句でいけると思ったのだろうか、本当に頭が悪いようだ。


「アー? 俺の聞き間違えかぁ? もっかい言ってくれるかぁ?」


 今度はピアス男がすごみを効かせて脅してくるが、


「お引取りください!!!」


 ひなたはキッとにらみ返して、ハッキリとそう告げた。


「なっ、て、てんめぇ。女ごときが調子こきやがって!」


 ピアス男は面子をつぶされて怒ったのか、顔を赤くして怒鳴り散らす。さらに、椅子に座るひなたにズカズカ近付くと、


「きゃ……痛っ」


 その腕を乱暴につかんで強引に立たせた。


「――放せ」


 その瞬間俺は、ひなたを掴む男の左手を取って背中へひねり上げ、そう言い放った。


「あだだだ!!!」

「ショ、ショウさん! テメェ何しやがる!」


 後ろに控えていた子分が怒りに任せて殴りかかってきたので、俺はピアス男を掴む手はそのままに、左足を軸に右半身を引き回してかわし、拳が空振ってガラ空きの背を右手で押してやる。すると、バランスを崩した子分は、ズザザと地面を擦りながら滑稽こっけいな格好で転がった。

 横を見れば、立ち上がったなーこが右手を振り上げた状態で固まっており……俺と目が合うと、その手をササッと後ろに隠し、そっぽを向いて口笛を吹く。俺が一瞬遅ければ、愛しのひなたを守るために何らかの攻撃を加えていたのだろう。

 ひとまずピアス男の手を放してやると、突っ伏していた子分も立ち上がり、テーブルから少し離れて左肩を押さえるピアス男の横に並ぶ。


「くっそぉ、ひざとかめっちゃ擦りむいちまった」

「てめぇ、ナメたマネしやがって!」


 そんなこと言われても、ただの正当防衛なんだが……話の通じる相手ではないのが問題だ。


「おい、向こうのヤツら全員呼んでこい。まずはこのクソガキを袋にすんぞ」


 ピアス男が子分へ出した指示に、俺は内心焦る。素人二人程度なら何とかなるが、それ以上となると非常にマズイ。そもそも公の場で喧嘩などしたら、正当防衛とは言えども、学校から何らかの処分を受けるかもしれない。

 それでまずは、すきを作って二人を逃がそうと考えていたところ、


『ショウさんは四菱重工の跡継ぎなんだぜ、女になればいい目見れるぞ? ま、何番目かは知らんけど~? ギャハハ』


 なーこの方から、子分の不快な音声が聞こえてきた。驚いて向き直ったところで、なーこは胸ポケットの機械に触れて止めると、陽気な声でこう言った。


「うんうん、いい画が取れた~! これは~再生数稼げそうだねぇ~?」

「おお……」「「……は?」」


 俺はなーこの神対応力に舌を巻くが、ピアス男と子分は思考が追いついていないのか、口をポカンと開けて棒立ちになっている。


「タイトルは~『某大企業の放蕩ほうとう息子、ナンパに失敗して逆上、高校生に成敗されるwww』にけって~い! 勧善懲悪ものは~ウケがいいんだよね~?」


 なーこは一部始終を録音どころか録画までしていたようで、しかもそれをネットの海にばらくと脅している。……こんわっ!


「ショ、ショウさん……もしかしてこれ、まずくないっすか?」


 ようやく状況を理解し始めた子分が焦っているが、そもそも自分が個人情報を迂闊うかつに漏らしたからだと気付いているのだろうか。


「てんめぇ、ナメた真似しやがって! それをよこせ!」


 ピアス男がレコーダーを奪い取ろうと手を伸ばしたので、俺は咄嗟とっさに割って入ろうと動くが、


「どうぞ~」

「――え?」


 なーこが素直にポケットの物を差し出し、男は反射的にそれを握る。すると……


「あびゃぁぁぁ!?」


 バチッと音が鳴り、男が絶叫して苦悶くもんの表情で手を押さえる。


「あはっ、ごめんねぇ~? 古いレコーダーだからぁ~、漏電しちゃったぁ~かなかなぁ~?」

「このアマぁ、よくも……」


 よほどの激痛に襲われているのか、男は涙目になってなーこを睨みつける。


「ちなみにぃ~、とっくにクラウドに保存~しちゃってるけどねぇ~? あはは♪」

「ショウさん、べぇっすよ!?」


 だからヤベェんだってば。気付くの遅すぎだろ。

 さらになーこは、スッと表情を引き締めて、冷たい声でこう告げた。


四重よつじゅうへの新型リアクティヴアーマーに関する技術協力について、見送るように開発部へ伝えておくよ。もちろんこの動画を添えてね?」

「は? おめぇ、とつぜん何を?」


 男はなーこの発言の意味がまるで分からないようで、不思議そうに首を傾げている。


「ああすまないね、放蕩息子殿には難解過ぎる話だったかな? まあ、社長の明誠さんは出来た人だから、次代には真っ当な人選をすることだろうし、もはやキミにとって関係の無い話さ」

「え!? ちょ、待て!」

「……待て? もしかしてわたしに言ったのかい? 次にその薄汚い口を開く時は、言葉に気を付けたまえよ?」

「っ」


 なーこは射殺さんばかりの目つきで、絶対零度の声でそう言い放つ。最愛のひなたを害され、楽しいBBQを台無しにされたことで、もはや怒りは爆発寸前と言ったところだ。


「い、いえ……待ってください! 親父には、どうか親父にだけは……」


 そのただならぬ剣幕に事の重大さを理解したのか、ピアス男は突然手の平を返したように下手に出て、必死になーこへ懇願し始めた。

 するとなーこは、一歩近付いて男を下からのぞき込むと、


「では疾く会場から失せたまえ。社会的な死を迎える前にね」

「「ヒッ」」


 三日月のように口端こうたんり上げて、静かにそう告げた。それは横で見ていた俺でも震え上がるほどに恐ろしいもので、その殺意のもった笑顔を直接向けられた二人は、顔を真っ青にして一目散に逃げて行った。


「――ふぃ~、成敗かんりょぉ~。いえ~い、ぴーすぴーす♪」

「もぉ、なーこちゃんってば」


 俺たちを見るや一瞬で表情のプラマイが入れ替わったなーこは、いつもの陽気な声ではしゃぎながらVサインを向けてくる。

 お友達には優しいが、敵には容赦がない子――とは思っていたが、これほどとは。つまり敵対されていた頃の俺は、あれでも手加減されてたんだなぁ、ははは……。

 なーこと和解できて本当に良かったと、俺は心の底から思うのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る