7-23 弓道

 そうして俺は、幼少期のひなたとの出会いシーンを順に思い出しながら、要所要所をい摘んで話していった。


「――とまぁ、こんな感じ、だったよな?」


 ひなたに確認すると、幸い大きな記憶違いなどはなかったようで、ウンウンとうなずきが返る。


「ほえぇ~、ほおぉ~、すっごぉ~い! だいち君ってば~、カッコつけ過ぎ~、でわでわぁ~?」


 なーこはそう言って茶化しながら、俺の左足へのフミフミ攻撃を再開してくる。そこまで痛くはないのだが……なにゆえ? ……もしかして、俺にヤキモチ――な訳ないよな。ただの昔話だし、ひなたも別に何とも思ってないだろう。


「ええ、もう、ほんと、すっごくカッコよかったです!!!」

「ちょ!? そ、そんなこと……ねぇよ」

「あります!」

「ええぇ……」


 ……これは想定外だった。それに、無邪気な子供時代のプチ活躍をベタ褒めされると、むずがゆくて仕方がない。別に悪いことをした訳でもないし、黒歴史というほどでもないんだが……なんかアレよ!


「……でもぉ~、だいち君は~、何で忘れてたのかなぁ~? ん~?」


 明るい声色とは対照的に、なーこが向けてくる鋭い目付きは、「ひ~ちゃんとの大事な思い出を忘れるなんて、万死に値するヨ?」と言っている。ついでとばかりに、すねもゲシゲシ蹴られており……うん、これは俺が悪い。


「いやぁ、お互い名前も知らなかったし――ってのも、俺が聞かずに帰ったからだけど……」

「……へぇ?」


 マズイ。なーこの声がワントーン落ちて、目の鋭さも増してしまった。


「でも、制服で同じ小学校なのは分かったんですよ。それでもう一度お礼をと、翌日に違う学年含めて頑張って探したんですけど、見つからなくてぇ……」

「あー、それが実は……風邪引いて寝込んでてな?」

「なんとまあ、そうだったんですね。……それで間の悪いことにも、私がその後すぐに転校しちゃって、結局お名前すら伝えられなかったんですよぉ……」

「なるほどぉ~。それわぁぁぁぁ――」


 そこでなーこが立ち上がり、ぐっと言葉をめると……


「だいち君が悪いぞぉっ! ナコナコちょ~っぷ!」


 そう告げて頭にズビシと手刀を入れてきた。パワードアームブーストで結構イタイ。


「――っだな! すまねぇ!」

「いえいえそんな! 私を助けるために川に落ちて、風邪を引かれたんですからぁ。それに、実は転校前にほんの少しだけチャンスがあったんですけど……緊張して声を掛けられずモタモタしてるうちに……だからヨワヨワの私が悪いんですよぉ」

「ああ……」


 思い返してみれば、今よりもずっと弱気な子に見えたしな。それに、今でも競射大会では緊張してあたらないと言っていたし、昔から緊張しいだったのだろう。


「あ~っ! もしかしてぇ~、ひ~ちゃんが弓道始めたキッカケ~、かなかなぁ~? 弓道ってぇ~、精神修行がメイン~だもんねぇ~?」

「ほー、詳しいんだな」

「えっへん」


 なーこは別に弓道人ではないので、ひなたから色々と聞いた……いや、単に博識なんだろうな。だってなーこだし。


「そう、なんですけど……最初は弓道ではなくて、大地君のように柔道や空手を始めてみたんですよ。でも、その……人を投げたりたたいたりが、どうしても怖くてできなくて……だ、だってぇ、叩いちゃったらお相手の方は痛いんですよぉ?」

「あはは~、優しいひ~ちゃんらしい~。ういうい~だぞぉ~?」


 慈愛の塊のような子なので、闘争心を必要とする対人の武道は向いてなさそうだ。


「それで中学に入った時、弓道は終始自身の心との戦いと聞いて、これなら私にもできる武道かもしれないと思って始めました。そのおかげで、今よりずっとずっと臆病者おくびょうものだった私も、少しは変われた気がしています。だからその切っ掛けをくれた大地君には、とっても感謝してるんですよっ!」


 ひなたは手元のヘアピンをギュッと握りつつ、元気良くそう語った。


「そうか……いやぁ、まさかあの時の何気ない一言が、一人の達人を生み出していたとはな」

「そんな達人だなんてぇ……私はまだまだですよぉ」

「ははは、謙遜けんそんすんなって」


 なるほどなぁ、ひなたはこの幼少期からの一連の件で、俺を恩人と言っていた訳か。俺からすれば、全くもって大した事をしてないんだが……ほんと真面目な子だ。まぁ何にせよ、ひなたの恩人の謎が解けてスッキリしたし、それにこれが「真摯しんしに向き合って欲しい」となーこにお願いされた件だろうから……こうして無事に俺が思い出せたことで、オッケーなんかな?

 それで確認しておこうと思い、なーこ側に少しだけ身体を傾けてパーカーのすそをチョイと引けば、


「――およっ?」


 察してこちらへ耳を寄せてくれた。


「(さっきは随分と大げさなこと言ってたけど、そんな身構えるほどの事じゃなかったぞ?)」

「(……いや、これは別件)」

「(え、そうなん?)」

「(恐らく、これはその前振りとわたしは踏んでいる)」

「(ふむ……)」


 何やら本命は別にあるらしい。

 そうしてなーこが身体を戻したところで……


「うふふ。なーこちゃんと大地君、すっごく仲良しさんですね♪」


 内緒話をする所をじっと見ていたひなたが、嬉しそうにそう言った。


「いやぁ……別に全然そんなことないよな?」


 二人の関係を応援するとなれば、こちらが必要以上に仲良しに見られるのは良くない。そう思って否定気味に言ったのだが……なーこは足元のフミフミを強めて唇をとがらせると、トンデモナイ事を言ってきた。


「むぅ~? あたしは~、だいち君のこと好きだよぉ~?」

「なっ!?」「えええ!?」


 ちょ、おまっ、いきなり何言ってやがんだぁぁ!?


「――んふっ、でもひ~ちゃんは~、その百倍大ちゅき♪」

「んわわっ! なーこちゃん!?」


 なーこはそう言ってひなたに抱き付くと、大慌てしている俺を見て口元をニヤリとさせた。……ああ、そういう作戦かよぉ……ったく、マジでビックリしたっての!


「ふっふっふ~、ごめんねぇ~、だいち君?」

「……ハハハ」


 どうせまぁ、俺を驚かせて楽しむのも兼ねてるんだろうけど……そんなことして純朴男子をからかってるから、マメみたいな残念なヤツが生まれてしまうんだぞ? ちょっとは反省しなさい!

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