7-21 木瓜

 俺となーこが会場に戻り、テントに近付いたところで、こちらに気付いたひなたが微笑みながら手を振ってきた。


「たっだいま~♪」

「おかえりなさ~い」


 俺は持ち帰ったニュー鉄板を一旦横に立てかけると、椅子に腰掛けて炉の様子を見る。


「お、いい感じに育ってるな? 炭火」


 二つの炭タワーは半分ほどの高さに崩して並べられており、炎は上がっていないものの、全ての炭が芯まで真っ赤になっていた。去り際のなーこの指示通り、ひなたがガンガン燃やしてくれた後なのだろう。


「この状態を~、熾火おきびって~言うんだよぉ~? 長持ちして~煙も出ないし~遠赤外線ばちばちで焼けるからぁ~、料理に最適っ!」

「へえぇ。さっきのは、この熾火を作るための指示だったんだな」

「そ~そ~」


 いやぁ、なーこは本当に博識で頼りになる。それで向こうは向こうで超専門家が居るし、バランス的になーこが火起こし班で正解だったな。


「調整ありがとねぇ~、ひ~ちゃん♪」

「はい! バッチリふぅふぅ~しておきました!」

「え、息で!? ……団扇うちわじゃなく?」


 この子、実はとんでもない肺活量なのか? てかそもそも熱すぎて、顔近付けるの無理じゃね?


「うふふっ。これが横に掛かっていたので、使っちゃいましたぁ」


 ひなたがそう言って横から取り出したのは……細長い竹の棒――ふいごだった。


「ちょ、ふいごて……今日日きょうび時代劇くらいでしか見んぞ」


 昭和以前の作品などに出てくる、竈門かまど五右衛門ごえもん風呂で、火元に向かってふーふーやってるアレだ。


「ええ、私も初めて見ました。でもこれが、使ってみると簡単に火がまわるんですよぉ」

「へぇ……でも確かに、ピンポイント送風には最強装備かもしれんなぁ」


 うちわだと周りの灰を巻き上げたりもするし、ことBBQにおいては、間違いなくふいごに軍配が上がるだろう。それに火を起こしてる感もめっちゃ出るし、非日常の体験を提供してくれる、素晴らしい配慮な施設だな。


「――ん?」


 そこでこちらに近付く足音が聞こえ、見れば慌てて走ってくるTシャツ短パンの男――ヤスだった。……サボリか?

 だがよく見ると、その手には何故か小型のフライパンが握られていて、


「おっ、バッチシ火ついてるね。んじゃ、ほいっ」


 テーブルの前に着くなり金網の上に載せてきた。


「……これは?」

「朝君の料理。向こうにコンロ一つしかないから、火にかけといてってさ」

「ほう……」


 何やら料理長殿が、片手間に追加料理を作ってくれているようだ。さす夕。


「ふわあ~、何の料理でしょう?」

「おいしそぉな香り~、だねぇ~?」


 フライパンの中には、とろみのある朱色のスープが見えており……トマトペーストかな? あと魚介の香ばしい匂いが漂ってくる。


「えっと……パパイヤ? んで今から、アヒル女王を作るとか? そんな感じのこと言ってたかな?」

「何じゃそれ…………――あっ、もしかしてパエリヤか? スペイン料理の」

「それそれ!」

「最初と最後しか合ってねぇんだが!?」

「でも伝わったじゃん?」

「まぁ、雰囲気はな?」


 それでパエリヤか……海鮮が安くて買いすぎた時に、ノリだけで一度作ったことがあるな。だが俺の料理スキル不足ゆえか、何とも微妙な味になってしまったので、それ以降作ったことはない。機会があったら夕料理長に教えてもらおう。


「……となるとスープの中はお米だろうし、煮詰めといたらいいんか?」

「うん。多少焦げてもいいってさ」

「りょ」


 なるほど、石焼ビビンバみたいに、おこげを作る訳か。絶対美味いヤツ。


「んで現在作成中のアヒル女王とやらは…………アヒージョか! スペインつながりで?」

「正解っ! 大地君二ポイント!」

「連想クイズじゃねぇんだよ!?」

「たはは」「くふっ」「うふふ」


 ヤス語を翻訳するのは疲れるぜ……まぁ、こんなしょうもないやり取りに女性陣が笑ってくれるのが、せめてもの救いだな。


「しっかしスペイン料理とはなぁ……」


 つまり本日の夕は、出張スペイン料理長スパニッシュシェフと――いやいや、ここBBQ会場なの忘れてません?


「へぇ~、あっさくん~、頑張ってるんだぁ~?」

「いやもうさ、動きが完全に料理の鉄人? レストランの息子マジパネーわ!」

「ああ……」


 レストランの息子のていだから、嘘にならないようガチの洋食作ってるのな。マジメか!


「マメなんか最初は対抗意識バンバン出してたけどさ、作り始めたら一瞬で敗北を認めたぞ。んで結局僕らは、言われるがままに具材切ったりして、ギリ邪魔になってない感じ? でもなんかスゲーもんを一緒に作ってる感あって、めっさ楽しい!」

「ははは……」


 ただのBBQ会場の調理場に、高校生三人を従える男装幼女スパニッシュシェフが爆誕した訳か。面白すぎだろ。


「沙也ちゃんは~、スヤスヤ~してないかなぁ~?」

「あはは。目堂さんはノンビリしてるように見えて、意外とちゃんと仕事してるよ? でもちょっと手付きが怪しかったし、切り方教えてあげたかな」

「ふ~ん…………くくっ」


 それを聞いたなーこが、怪しげに笑っており……また手玉コロコロして楽しんでんのかなぁ、ほんといい趣味してんぜ。何にせよヤスは、目堂に怪我させて馬刺しエンドは回避できたか。部長やってるだけあって、面倒見はすごくいいからなぁ。


「んでこっちは手空いたが……手伝いは要りそうか?」

「いや、正直結構狭いし、そんな人数居ても?」

「そうか」


 夕のお料理シーンを是非とも横で見たいところだが、邪魔になってはいけないな。


「――ってはよ戻らないと、朝君鉄人に怒られるぜっ!」


 そしてヤスはどこか楽しげにそう言うと、大慌てで調理場へと駆け出して行くのだった。

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