7-22 髪飾

 調理場に戻っていくヤスを見送り、再びテントの中は俺、なーこ、ひなたの三人となった。とりあえず俺は、鉄板を温めておくため熾火おきびの上に置くと、隣の焼き網に乗ったフライパンの前となるお誕生日席に座る。


「じゃ、俺らはスパニッシュパパイヤの面倒を見つつ、のんびりさせてもらうか」

「そうねぇ~、おしゃべりでもして~待ってよっ♪」

「うふふ、いいですね」


 角を挟んで左側になーこ、ひなたの順で座っており、互いに見合ったところで……奥のひなたがおずおずと口を開いた。


「……あのぉ、大地君。昨日は無事に夕ちゃんと会えたんですね?」

「お、おう。良く分かったな?」

「うふふっ。だって今日はずっとニコニコしてて、もすっごくキラキラしてますから!」

「そ、そうか……」「くくっ」


 むぅ、ひなたには顔でバレバレなのかぁ……そんな表情に出してるつもりないんだが……ほんと鋭い子だなっ!


「……んで、昨日はちょっとしたすれ違いだったが、無事に仲直り――ってのも変だけど、とにかく上手くいった。まぁこれも、ひなたとなーこが相談に乗ってくれたおかげだ。ありがとな!」

「い、いえいえ、私なんてそんな!」

「ふぉっふぉ~、いつでもワシに相談するのじゃぞぉ~?」


 ひなたはワチャワチャと手を振り、なーこは照れ隠しなのか謎の老師風キャラになっている。まったく面白い子らだ。


「……そういやそれ、今日はそっちに付けてるんだな。帽子があるから?」


 夕の話も途切れたので、俺は何とはなしに、ひなたのポシェットに付けられているウサギのヘアピンを指さして聞いてみる。


「あっ、はい! 気付いてくれて、うれしいです♪」

「っ!?」


 するとひなたから満面の笑みが返ってきて、想定外の反応に驚いてしまう。気恥ずかしくなって横を見れば、なーこ老師が「ウム、ヨロシイ」とばかりにうなずいている。どういうこっちゃ……。


「ひ~ちゃん、必ず付けてるよね~? 大切なもの~なんだぁ~?」

「はい。すっごぉぉく大切な、私の宝物です。辛い時、苦しい時、くじけそうな時、いつもいつも勇気をもらってきました」


 ひなたはポシェットから丁寧にヘアピンを外すと、手に乗せてこちらに見せてくれた。それは随分と古い物のようで、プラスチックが日に焼けて少しくすんだ白色にはなっているが、汚れは全くなく少し光沢もある。ひなたがいつも丁寧に磨いて、本当に大切に扱っているのだろう。


「……もっしかしてぇ~、男の子からの~プレゼント~! だったりぃ~?」

「えっ!? あ、そ、そのぉ……えとぉ……」


 ひなたは顔を赤くして少し伏せると、どういうことか横目でチラチラと俺の方を見てきた。


「……? ――イツッ!?」


 俺が首を傾げていると、突然なーこが左足を踏んできた。驚いてなーこを見れば、ジト目で口をとがらせてねており……一体どういうこと?

 それで俺が混乱している中、なーこは少し俺の方へ身を乗り出すと、


「(キミ、ではないのかい?)」


 口元を手で覆ってそうささやいてきた。

 え、つまり、このヘアピンを、俺が昔あげたって、こと? でも全然覚えがないし、そもそもひなたとは先日会ったばかり――いや、ひなたは一時期同じ小学校だったって言ってたっけ。実はその頃に、会ったことがあった?


「…………………………はい。――よ、よぉし!」


 俺が頭を悩ませる中、ひなたは掛け声と共に立ち上がって椅子に帽子を置くと、ヘアピンを髪に付けて俺の近くに移動してきた。さらには、大きく息を吸い込むと……


「やぁっ!」


 掛け声と共に拳を中空に突き出してきた。それは実にひょろひょろのパンチであり、これでは小さな子供ですら倒せないだろう――いや、隣のなーこはもだえ倒れてたわ……ソウダネ、カワイイモンネ。


「……えっと、これは?」


 そう疑問を口にしてはみたが、そのひょろひょろパンチに何故か既視感があるような……それと髪に付けた兎のヘアピン…………――っお? おおおお? 思い出してきたぞ!


「あああ!!! 橋の上で泣いてた女の子!!! あれ、ひなただったのか!?」

「はいっ、私です!!! ああ、良かった……思い出してもらえましたぁ」


 ひなたは胸の前で両手をギュッと組むと、そう言って嬉しそうに微笑んだ。


「いやぁ、随分昔だし身体も成長してるしで、全然分からんかったわ。それに、あの時はメガネをかけていたような――あっでも、転校初日はかけてたっけ?」

「ええ。その方が大地君に思い出してもらえるかなぁと思って、メガネをかけて来てたんです」

「なるほど……そういやあん時の俺、名前も聞かずに去ってったもんなぁ、ハハハ」

「そうですよぉ? しかも大地君ってば――」

「むうぅ~! 二人だけで~盛り上がってないでぇ~、あたしにもおーしーえーてーよ~!」


 芋づる式に当時の記憶がよみがえってきたところで、置いてきぼりになっている隣のなーこが拗ね始めた。ちなみに、しれっと俺の足は踏まれ続けている……解せぬ。


「おう、すまんすまん。それであれは、確か俺らが小三? 十年くらい前だったか――」


 そうして俺は、在りし日の幼いひなたとの出会いを語っていくのだった。

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