7ー20 冷房

 なーことログハウスに到着し、運んできたびた鉄板を事務所の受付で渡した。すると若い女性係員さんが実に申し訳無さそうに謝った後、替えを取りに倉庫へと走って行った。


「ふぅ~、ここは冷房が効いてていいな」

「だね」


 晴天の初夏に重い物を運べば汗も出るというもので、天井から吹き付けるクーラーの風が実に心地よい。


「……ってかお前の格好さ、暑くないのか?」


 なーこの着るサイバーパンク風のパーカーは、厚手の生地の長袖ながそでであり、しかもナイロンのような光沢からするに通気性も悪そうだ。それにも関わらず、なーこは汗一つかいておらず平然としている。


「ん? 冷房完備なので、中は冷たくて気持ち良いのさ。しかも長袖なので、日焼けと虫刺され防止にもなる」


 まさかの超ハイテクパーカーだった。あとどうせ自作だろう。


「すげぇな……んで普通にうらやましいぜ」

「ふむ? ならばキミもヒンヤリしてみるかい?」


 そこでなーこは、パーカー胸部のジッパーを少し開けると、その隙間すきまをチョイチョイと指さして小首を傾げてきた。


「……え?」


 まさか、ソコに、手を突っ込めってことぉ!?


「ばっ、ばかやろう!!!」

「くふっ、冗談に決まっているではないか。そのようなことをされては、折角せっかく冷やしているのにが上がってしまうよ」

「お、おう? そう、だな?」


 パーカー内の冷房の効きなんかよりも、他にもっと気にすべきことがあるだろうに……まったく、一体どこまで本気なのやら。


「まあキミがどうしてもと言うならやぶさか――」

「言ってねぇよ!」

「なんだいツメタイねえ」

「なら不要だろ」

「ひゅぅ~、So cool!」


 なーこは口笛と共に流暢りゅうちょうな発音でそう言ってシメた。はいはい、お前さんの返しもかっこいいソークールですよ。


「……あのぉ、替えを持って参りました、よ?」


 なーことおバカなやり取りをしている間にも、係員さんはすでに戻ってきており、新しい鉄板を俺に手渡してきた。だがその口元が少し笑っていて……もしや今の聞かれてたのか? うっわ恥ずかしっ! 今すぐ顔を冷やしたいっ!



   ◇◆◆



 そうして受け取った鉄板を二人で持ち、会場へと戻っていたところ、


「……ときにだいち君」

「ん?」


 なーこが真剣な顔をして話しかけてきた。先ほどまでのからかいムードとは真逆の様子であり、急にどうしたのだろうか。


「戻る前にひとつ聞いておきたいのだが……キミはひ~ちゃんのことを、どう思っているのだい?」

「えーと、どう、と言われてもなぁ……友達? ――あっ、もしかしてまだ疑ってんのか?」


 昨日はひなたとの関係にあらぬ疑いをかけられ、とても面倒なことになったばかりだ。お陰でなーこと和解する切っ掛けにはなったので、怪我の功名とも言えるけれど。


「アハハ、今さら何を馬鹿げたことを。キミのひとみには、もはやただ一人しか映っていないというのに。……まあ、わたしからすれば何たる失礼なことかと思うがね?」

「いやぁ……まぁ……」


 はっきりとそう言われると、やはり照れてしまうのは仕方あるまい。あと、ひなたをそういう対象に見て欲しいのか欲しくないのか、どっちだよ?


「そうではなくてだね……ほら、昔ひ~ちゃんと何かあったのだろう?」

「えっ? ……ああ」


 当然ひなたとはよく話をするだろうし、この件についても何か聞いているのかもしれない。


「どうやらそうらしいんだが……俺としては何も覚えてないんだよなぁ。困ったことにも」

「ふむ………………なるほど」


 なーこは少し考え込んだ後、得心がいったとばかりにうなずいた。


「恐らくだがね、近いうちにひ~ちゃんから話があると思われる」

「……そう、なん? するとなーこは、それがどんな話か分かってるのか?」


 なーこの情報収集力と推理力なら、本件はすでに丸裸なのかもしれない。もし可能であるなら、こっそり教えて欲しいものだ。


「くくっ、そのように仔犬こいぬのような顔をされても、わたしの口からは絶対に言えないさ」

「……ああ、そりゃそうだよな」


 聞く前にバッサリ断られてしまった。


「そも、わたしも断片的な情報を集めたのみで、予測の域を出ないのだからね」


 流石の情報ジャンキーなーこでも、想い人には最大限の敬意を払って大人しくしているのだろう。すると、ひなたが自ら打ち明けてくれた分、それと俺の方には覚えがない等の情報からの予測といったところか。


「ただ、そのときは……」

「ん?」


 そこでなーこは立ち止まって目を閉じ、少し間を置いてゆっくりと開く。

 そして、ひときわ真剣な眼差しを向けてこう告げた。


「どうか真摯しんしに向き合ってあげて欲しい。これはわたしの心からのお願いだ」


 俺はその気迫に押されて、思わず息をんでしまう。

 そこで俺は……ひなただけでなく、なーこにも誠実に応えたいと思った。


「わかった。約束しよう」

「ありがとう」


 なーこは表情を微笑みに変えると、ホッと胸をで下ろす。……ああ、なーこは本当にひなたのことが大好きなんだな。


「まぁ、元々そのつもりではあるし……それにほら、借りもずいぶんとまっちまってることだしな?」

「くくっ、友情に見返りなど求めていないと言っているのに……まったく律儀なものだね、キミは?」

「律儀、か……」


 たしかに、特に小さなヒーローには、色恋を抜きにしても全霊を持って返さなければと思っている。


「……似ちまったのかもなぁ」


 律儀の塊とも言える夕を想像したはずみで、思わず口からこぼれたのだが、


「おっやおやぁ~? やっけるねぇ~、こ~のこのぉ~♪」


 なーこにはバッチリ伝わったようで、またもやニヤニヤ顔で冷やかされてしまうのだった。

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