7-19 火熾

 火起こし担当となった俺たち三人は、膝上ひざうえ高さの八人掛けテーブルを囲んで座ると、まずはと中央部にある炉の中を確認する。その深さ三十㎝程の煉瓦れんが製の炉は、五十㎝×百㎝ほどの横長であり、現在横に立て掛けられている鉄板と金網を同時に載せられる構造になっていた。そうなると、鉄板の方でステーキ、網の方で串焼きといった使い分けになるだろうか。

 次いでマメが運んできた「黒炭」と書かれた大きな紙袋を開ければ、中には名前の通り真っ黒な炭が大量に詰まっていた。この量ならば、時間などを気にしてケチケチ使う必要もなさそうだ。


「んでこの炭は……適当に並べて火を当てても、簡単にはつかないよな?」


 長らくBBQなどしていないので、すっかり炭起こしの手順を忘れてしまっていた。


「えーと確か……空気の通り道を作りながらキレイに組み上げて、下側から火をつける……で合ってます?」

「よろしですし〜♪」

「ふふっ、くすぐったいですよぉ」


 褒めつつナデナデ――という名目で、ひなたにペタペタ触りまくるなーこ。隣でイチャイチャするのは慎むように!


「……あと、新聞紙みたいな燃えやすい物が、着火用に要るんだっけ?」

「そうだけどぉ~、液体着火剤があるよぉ~? 新聞紙とかより楽ちん~」


 なーこはそう言って、炭袋と一緒に持ってきたチューブ状の着火剤を、テーブルにポンと立てる。


「おお、便利なもんがあるんだな。んじゃ二人に塗ってもらった炭を、俺が組み上げてくな?」

「らじゃ~」「は~い」


 俺は二人から受け取った炭を持って炉の上から手を入れ、薄っすらと灰が敷かれた底面に、崩さないように積み上げていく。ちなみに着火剤が要るのは下部だけで、上の方は風を送って燃やせば良いそうだ。

 そうして三人で黙々と作業を進め……金網用と鉄板用の二箇所に、それなりの炭タワーが出来上がった。


「ふぅ~、こんなもんかな?」

「良い感じです!」「いいよぉ~」


 二人も満足げにうなずく。


「んじゃ、着火――」

「はいはいっ! 私つけたいです!」


 そこでひなたが片手を挙げて、元気良くそう言った。その意外と子供っぽい様子が何とも微笑ましく、隣のなーこはニマニマと口元を緩めている。

 点火棒を渡してあげれば、ひなたはふわふわの袖口そでぐちまくって炉をのぞき込み、炭タワーの根本に近付けてカチリとスイッチを入れる。すると着火剤が優秀なのか、すぐにタワーの根本に小さな火が灯った。


「やったね~、ひ~ちゃん!」

「はいっ!」


 二人は座ってパチンとハイタッチ。次いでこちらに向いてきたので、俺も両手を出して同時にタッチ。……うーん、何だかちょっと気恥ずかしいな。


「あとは鉄板と金網を置いて、下の窓から火の調整かな。……よいしょ――っておんもっ!」


 炉の横に立てかけられた鉄板を持ち上げたのだが、想像以上に重くて驚く。鉄板は分厚いほど美味しく料理が作れるらしいので、それ自体はありがたいのだが……後片付けが大変そうだ。


「あの……この鉄板、結構汚れてません?」


 炉の上に鉄板を置いたところで、ひなたがまゆをハの字にしてそう言った。

 良く見てみれば、前の使用者の片付けが雑だったのか、焼く面に結構な量のさびが付着してしまっている。あまりに重くて、途中で洗う気をなくしたのだろうか。


「うむぅ、せっかく良い肉を焼くのに、これじゃ片手落ちだな……どうすっか」


 いくら夕と言えども、器具がダメでは本領発揮できまい。ここは俺たちで解決しておきたいところだが……擦ったり洗ったりでどうにかなるレベルではなさそうだ。


「事務所で交換~、してもらおっか~?」

「ああ、そうだな。――っよいしょとぉ……ふぅ、んじゃ行ってくる」


 俺は熱くなる前に急いで鉄板を炉から持ち上げると、入り口に向かって歩き出す。


「あ! 念のため~、代表のあたしも行くよ~?」

「助かる。んじゃひなたは、火と荷物の番よろしくな?」

「最初は~ガンガン燃やして~、しんが赤くなったら~タワー崩しておいてね~?」

「はーい。まかされましたぁ♪」


 ひなたが胸の前で両手をそれぞれぎゅっと握って微笑むと、その可愛らしい仕草を見たなーこが、まぶしげに目を押さえて小さくうめいた。わかる。ザ・女の子って感じだもんなぁ。



   ◇◆◆



 そうして俺は、なーこと並んでログハウスに向かって歩いていたのだが……


「……しっかし重いなぁ」


 鉄板を持つ手が少し痛くなってきた。鉄板は結構なサイズで分厚いため、十五㎏くらいはあるだろうか。重量だけなら別にそこまでだが、取っ手が小さくて非常につかみにくいのが辛い。


「わたしが持とうか?」

「いやいや――ってああ、そういや着けてるもんな。パワードアーム」


 俺を軽く持ち上げられるほどだ、今は俺よりも腕力があるだろう。……とは言えだ。


「まぁでも、ここは男にカッコつけさせてくれよ?」


 重い鉄板を女子に持たせて、横の男が手ぶらでは、いくらなんでも体裁が悪すぎる。


「くふっ、解っているではないか。……それでは半分ずつといくかい?」


 なーこが片方の取っ手に手を掛け、鉄板を横に倒して支えてくれると、手にかかる重さが半分になって随分と楽になった。


「助かるぜ」


 男女平等の世の中ということで、良しとしよう。


「まあ、ゆーちゃんではなく、わたしで済まないがね?」

「……何が?」


 問いかければ、なーこは鉄板を少し上げると、


「初めての~二人の共同作業~♪」


 楽しげな声でそう言ってきやがった。


「ちょ――わととと………………ふぅ、急に変なこと言うから落としかけたじゃねぇか! ったく夕みたいなことを……」


 昨日卵焼きを切る時に、同じ台詞を夕に言われたのを思い出して、かなり慌ててしまった。やっぱ夕となーこは、どこか性格が似てるよなぁ……すぐ俺をからかって楽しむところとか!


「……むう~? なあんだ、先を越されていたか。あの子もやるねえ、くっくっく」

「はぁ……」


 なーこは残念そうに唇をとがらせるが、すぐに楽しげにニヤニヤし始めた。……あのぉ、どっちが先に大地をからかえるか勝負みたいな遊び、やめてもらえますかね!?

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