7-18 班分

「んでもさ、こんな高級肉、どうやって食べるん? 庶民の僕には全く分かんないよ」


 食材お披露目会が終わったところで、ヤスが庶民代表としてなーこに尋ねた。正直俺も分からないが、夕がなんやかんやで良い感じにしてくれるだろうと期待している。


「え~? 肉なんだし~、ガンガン焼いたらいいだけ~、じゃない~?」

「そりゃそっか。結局はただの肉だもんな」

「そ~そ~」

「(ハイ……? コノヒトタチ、ナニヲイッテルノ……?)」


 そこでつぶやきが聞こえて隣の夕を見れば、そのサングラスの隙間すきまから見える目は、信じられないものを見たとばかりにカッと見開かれており……正直、めっちゃ怖い。


「物はいいんだし~、どうやっても~おいし――」

「あのっ!!! この肉、ボクが調理していいか!?」


 雑な扱いを受けそうになっている最高級肉の悲鳴でも聞いたのか、夕が真剣な声でそう叫んだ。その目はギラギラとした輝きを放っており、最高級食材を完璧な状態に仕上げてお出ししなければ、という料理長としての使命感のような熱い何かを感じる。――いやまぁ、料理長は俺が勝手に心の中で呼んでるだけなんだけどさ。


「えーと……なんで朝君が?」

「そっ、それは……」


 だが、ヤスに至極もっともな疑問が投げかけられ、夕は言葉を詰まらせる。俺からすれば、夕に調理してもらう以外の選択肢など絶対にありえないのだが……周りからすればただの行きずりの少年なんだよなぁ。

 それでどうやって夕が調理する方向に話を持っていったものかと思案していたところで、


「あーっ! あっさ君は~、レストラン~とか~? この肉のことも~詳しかったし~?」


 なーこのフォローが飛んできた。……なるほど、この様子では色々と分かってて言ってやがったな?


「――そ、そう! パ――父ちゃんから厳しく仕込まれてるから、上手くできると思うぞ!」

「へぇ、そうなんだ。それなら素人の僕らがやるより全然いいな!」

「じゃぁ~、朝君ヨロシク~」

「うんっ、任せて!」


 夕はなーこから桐箱きりばこを受け取ると、満足げにうなずいて返事をする。ああ、無事に料理長の手に渡って一安心だし、夕もうれしそうで良かった良かった。


「そいじゃ~、あたしもお手伝い~」


 なーこがそう言って立ち上がったところ……


「――待って!」


 後ろから目堂が珍しくも歯切れ良い口調で叫び、俺含め全員が驚いて見る。


「……夏恋なこの料理は……災害」

「マジか!?」

「…………え~、そんなことぉ~、ないよぉ~? お料理くらい~できるしぃ~!」


 なーこはキョロっと一瞬目を動かして考えた後、そう言って可愛らしく唇をとがらせる。


「……絶対だめ……大人しくしてて」

「ちぇ~」


 過去によほどの惨事でも起きたのか、目堂にしては随分と強気であり、なーこは渋々ながら従って席に座り直す。普段とは立場が逆なのが、何だか面白くも微笑ましい。

 それにしても、なーこが料理下手とは意外過ぎるなぁ…………って待て待て、普通に考えてありえるか? 完全無欠超人なーこだぞ? もしあるとしたら、夕の歌や絵心みたいに、神様のイタズラか何かで味覚だけ致命的にヤバイパターン……いや、クレープの評価は正確だったし、それはない。となると……いま一瞬だけ困り顔で考えてたし、もしや本当はできるけど下手なフリしてる……とか? でもそんなことする意味がないよなぁ……だぁもうわっかんねぇ!

 疑心暗鬼に陥る俺をよそに、隣のマメは「一色さんの手料理なら、どんな味でも喜んで食べるのに……くっそぉぉ」とつぶやいて実に悔しそうな顔をしている。お前は気楽そうでいいな。


「ひ~ちゃんは~?」

「私もそんなにお料理得意じゃないので……こっちのお手伝いしますね」

「やたぁ♪」


 ひなたと同班となり、顔を輝かせるなーこ。ハハハ、こっちは分かりやすいなぁ。


「ではオレがなーこさm――っ一色さんの代わりに野菜切ります! 野菜の扱いは詳しいんで!」

「おお~、お願いねぇ~?」

「はいっ!!!」


 餅は餅屋、なーこ神へのアピールチャンス到来とばかりに、大張り切りのマメ。同班になるより、そっちを取ったらしいが……それは行き着く先が便利な信者の気がするぞ?


「そいじゃ僕も調理班に回ろうかな。これでも一応料理研の会長だし?」


 ヤスは妙な料理を作るが意外と味は問題なく、こう見えて男子にしてはできる。夕の補佐として、充分に戦力になれるだろう。


「……私も手伝う」


 それを聞いた目堂が、物凄ものすごい勢いで立ち上がる――とは言っても、普段は動かざること山のごとしな目堂基準で、だが。


「あら、沙也さんもお料理得意なんですね? 素敵です♪」

「……別に得意じゃ……でも夏恋よりは? ふふふっ」

「ぷう~。こ~のぉ~、沙也ちゃんめぇ~」

「……やめひぇ」


 なーこはほおを膨らませ、クスクス笑う目堂の頬をむにぃと伸ばす。


「んじゃヤス君は~、沙也ちゃんが人にぶつかって転ばないように~、見ててあげてねぇ~?」


 そこでなーこは急にヤスへ話を振り、次いで目堂へパチリとウインクを飛ばす。……え、それってやっぱ、そういうことなん?


「えーと……僕?」

「……よろしく」

「お、おおお? おお」


 目堂が小さな手を伸ばし、ヤスの服のそでをチョンと摘めば、ヤスはかなり戸惑いつつも頷く。


「ヤス君~、シッカリネ~?」

「っ!?」


 ヤスがブルっと震える。……というのも、なーこの言葉は表面上優しげなのだが、その鋭い目は「もし沙也ちゃんに何かあったら……コロスヨ?」と暗に言っているのだ。マジで怖すぎる。それでもヤスに任せたのは、目堂の気持ちもあるかもだが……愛しのひなたをチンピラから救い出したという特大の功績があるので、割と信頼を置いているのだろうな。


「……行こ」

「う、うん」


 ヤスはぎこちなく返事をすると、後ろの目堂に合わせてゆっくりとした足取りで、水場へ向かって行く。次いで食材等一式を持ったマメと、桐箱をウキウキと抱えた夕も後に続いた。


「んじゃ俺は……」


 こちらに残ったのは、なーことひなたなので、俺が居ないと男手がゼロになってしまうが……でも気を利かせて二人きりにしてあげた方が良いか? そう思ってなーこを見れば、一瞬考えた後にゆっくりと首を振ってきた。不自然な班分けをすると、ひなたが不審に思うかもしれないからかな?


「――火を起こすとするか」

「よっろしくぅ~!」

「いや、お前も手伝えよ? なーこ様?」

「ふぉっふぉ~、しょーがないのぉ~」

「うふふ、一緒に頑張りましょうね!」


 この三人で作業というのが、別の意味で少々不安だが……調理班に負けないよう頑張るとしようか。

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