7-17 食材

 トイレ前から戻ってきた俺は、宇宙号のカゴからリュックを取って背負うと、『BBQ会場はこちら』の看板に従ってログハウスの右側に続く道へと歩き出す。そのまま広めの林道を百メートルほど進んだところで、一面が芝生に覆われている二~三百メートル四方ほどの開けた場所に着いた。

 その広大な芝生の上には円形のテントが沢山立ち並び、その下には立派な炉付きテーブルが設置されており、それらの大半はすでに利用客で埋まっている。それで周りからは家族連れや若者たちなどの楽しげな声が届いてくるので、その雰囲気に当てられてこちらも気持ちが明るくなってくる。このようなアウトドア施設に来るのは随分と久しぶりなので、懐かしさもありワクワクもありだ。

 そんな中、皆が居る場所を探して周りを見回しながら歩いているのだが……障害物となるテントや利用客も多いので、意外と見つからない。ここまで広いとなると、もう少しちゃんと地図を見ておくべきだったかもしれない。


「大地くーん、こっちですよー!」


 そう思っていたところで、左手の少し離れたテントの下から、ひなたが手を振って声を掛けてくれた。

 手を振り返しつつテントへと近づいて皆と合流すると、四人は立派な煉瓦れんが造りの四角いを囲んでくつろいでいた。……約一名に至っては、また眠りそうになっているが。


「サンキュ、助かったぜ」

「うふふ、どういたしましてぇ。……どこか寄られていたんです?」

「ん……途中で荷物を忘れたことに気付いてな?」


 背中のリュックを親指でさして、当たり障りのない答えをしておく。


「ふーん、大地にしては珍しいな――って朝君は? 一緒じゃ?」

「あー……やっぱトイレ行っとくってさ。んで迷子にならんよう、一色が付いてる」


 本当の理由は違うけどな。


「ははは、だから言ったのにな? こりゃ朝君も連れションに誘ってあげたら良かったかー」

「ソウダナー」


 誘えるかっ!!!  ……そもそも連れてったら、さっきの話を本人の前ですることになっていたぞ? やっぱバカなのか?



   ◇◆◆



 俺たち五人は、炉付きテーブルを囲んで歓談しつつ、夕となーこを待っていた。


「なぁなぁ、これ見てみ。キャンプファイヤーもできるってよ? 後でどう?」


 ヤスがテーブルの上にパンフレットを開いて置いて、炎を囲んで談笑している写真を指さしながらそう言った。


「いいな、やろうぜ部長!」「わあ、素敵です」「……エモい」


 それを見て皆は乗り気になっているが、俺はうっかり苦笑いを返してしまった。

 実は……俺は大きな炎が苦手なのだ。どうしてもあの時を思い出してしまうから。……とは言っても、家庭用コンロやBBQ程度の火なら大丈夫だが。


「……どした大地?」

「あ、いや……いいんじゃね?」


 空気を悪くしても仕方ないので、そう答えておく。俺だけ少し離れてれば良いだけだしな。


「――おっまたせ~! あや~、さっそく~盛り上がってるねぇ~? よろしですし~♪」


 そこでなーこが夕を連れて合流し、椅子に腰掛けながらそう言った。


「おっ、そろったね。よし、早速BBQの準備しようぜ! 僕もう腹減って倒れそうだよ!」

「ったく……」


 ついさっき食ったクレープはどこいったんだ……まぁ、ヤスの中では、あのレインボーなクレープは無かったことになっているのかもな。俺も、うん、アレだ、食べた気がしない。


「んじゃ、火起こし班と調理班に分かれて準備するか。えーと、調理場は……会場の真ん中だな」


 俺が地図を見つつ提案すると、皆からうなずきが返る。


「調理器具とかは?」

「調理場にあるらしい~? でもこの袋にも~入ってるよ~? 他にも食器とか~必要なもの色々~」


 なーこは袋から食器類――プラスチック皿と紙コップと割り箸を取り出し、袋と共にテーブルへ置く。


「食材は~、マメ君が持ってきてくれた野菜と~……じゃじゃんっ!」


 なーこはクーラーボックスをテーブルに乗せると、男三人が取り囲んで見守る中、蓋を開いて食材を取り出して確認していく。


「地鶏に黒豚~」

「「「おー」」」

「海鮮もあるでよ~」

「「「おー!」」」

「か~ら~の~……和牛だぁっ!」

「「「おおおー!!!」」」


 肉類と魚介類の入ったパック、最後に和牛の桐箱きりばこを置けば一際大きな歓声があがる。さらにその金箔きんぱくられた桐箱が開かれると、中からは美しい和紙で包まれた牛肉の塊が現れ、いかにも私は高級肉でありますと主張している。


「なあ大地、この肉なんでこんなスンゲェ箱に入ってんの? 僕こんなの初めて見たよ」

「そりゃ最高級肉、松阪牛だしな。スーパーで売ってる安肉とは格が違うんだろ」

「おお松阪牛、食ったことないけど聞いたことはあるぞ。それでえーと……ラベルに書いてある、シャトーブ、リアン? ってなに? リアンが育てました的なやつ?」

「いや人名では――」

「うそっ!? 松阪牛のシャトーブリアン!?」


 背が低くて見えていなかった夕が、俺とヤスの間をき分けつつ驚きの声を上げる。


「……そんな凄いのか?」


 スーパーの高級肉コーナーでたまに見かけた気がするが、詳しくは知らない。料理長殿に教えていただこう。


「ヒレの最高級部位……しかも松阪牛だし、百グラム一万円近くすると思うぞ……」

「「「ま!?」」」


 俺は普段百グラム百円代の肉を食べてるから、その百倍近い単価……お高いのだろうとは思っていたが、まさかそこまでとは。


「ななな、なーこちゃん……僕そんな大金、持ってないよ? もしかして働いて返せ……とか?」


 その価値を知ったヤスは、プルプル震えながら顔を青くしている。


「ふっふっふ~、あたしの~、オゴリだよぉ~?」

「「「おおお!!!」」」


 俺含む野郎達三人からは大歓声が上がり、女性陣三人はパチパチと拍手している。俺は事前に知っていたが、肉の詳細を聞いた今ではそのありがたみも増し増しに感じたのだ。……にしても例の先生、出世のためとは言え、随分と手痛い出費だったな……ごちになりやす。


「ふぉっふぉっふぉ~。さあ、わらわをあがたてまつりたまえ~」

「「「なーこ様!」」」

「うむうむ~、くるしゅうないぞよぉ~」


 手を合わせて拝む野郎達、ドヤ顔を手で扇ぐなーこ、それを見てクスクス笑う女性陣。俺とヤスとなーこはもちろんノリでやっているが、マメはガチで崇拝していそうで……ああ、普段からなーこ様とか言い出したらどうしよう。

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