7-16 手洗

 ヤスの妙な相談を終えて外に出たところ、トイレの建物から少し離れたところに、ぽつんと夕が立っていた。……気のせいかもしれないが、どこか少しソワソワしているような?


「ん、朝君もトイレ?」

「あっ、いや……えっとその、違うぞ?」


 ヤスの何気ない問いかけに、たどたどしく応える夕。


「そなん? 場内ではここにしか無いらしいし、我慢せずに行っといた方がいいよー」


 ヤスがそう言いながら歩き出したので、俺もそれに続く。だがやはり気になった俺は、ログハウスの正面を回って皆のところへ戻る間に、チラチラと肩越しに夕の様子をうかがってみれば……周りをキョロキョロと見回して近付くが、他の利用客がトイレに来てそそくさと離れている。

 あれはきっと……トイレを使いたいけど、生憎と多目的トイレもないし、男女のどちらにも入れずに困ってるヤツだよなぁ。とは言えだ、そもそもヤスが気の迷いを起こす程には女の子っぽい訳で、仮に女子トイレで誰かに見つかっても堂々としていれば普通にスルーされる気もするが……本人はバッチリ男の子に成りきれてるつもりでいるし、その発想にならないか。

 それで何とかして助けてあげたいが、残念ながら俺にはどうすることもできない。なんて無力! 唯一助けられそうな人は、正体がバレていると夕が自覚しているなーこのみか。そうなれば夕が自暴自棄になって突貫し大惨事になる前に、助力をわねばだな。……んまぁ、こんなこと頼んだ日には盛大にからかわれるの確定だけど!

 そうして駐車場へと戻ってきたところで、ちょうど利用手続きを終えたなーこと、両手に炭袋を持ったマメがログハウスから出てきた。


「おっまたせぇ~! さぁ~、各自荷物を持って~はりきって行こ~!」


 二人が皆と合流し、早速と幹事なーこの号令がかかる。


「……辿たどり着けるかな」

「あはは~、沙也ちゃんってばぁ~。すぐそこ~、だよだよぉ~?」


 約一名は渋い顔をしているが、待機していたメンツがノソノソと動き始めた。そこで頼み事がある俺は、なーこがキャリーケースを開けたところで、すかさず近付いて耳打ちする。


「(ちょい来てくれるか?)」

「(ふむ? 構わないよ)」


 耳打ちをするという時点でワケアリと察してくれたのか、特に事情も聞かずに了解してくれた。さすがはお友達。


「ごっめーん、ちょ~っと忘れ物! みんなは先行っててねぇ~? はいマメ君っ、ここがあたしらの場所だよぉ~」

「承知ッス!」


 なーこは会場の案内地図をマメに手渡して、手書きで赤く丸がされた場所を指で示す。


「一色さんの荷物も運んでおきます!」

「あっりがと~っ♪」


 なーこはケースの中の布袋をマメへ手渡すと、ログハウスへ向かって歩き始めた。

 俺は怪しまれないよう皆が歩き出したのを確認してから、こっそりとなーこの後を追う。待っていたなーこと建物正面で合流した後、俺が先行して壁伝いに進んで裏側の軒下で屈めば、後続のなーこも隣に屈んだ。目の前の生け垣の隙間すきまからは、十mほど離れたトイレの正面、そしてその間に立つ困り顔の夕が見える。


「さて、キミはわたしをこんな物陰に連れ込んで……愛の告白でもしてくれるのかな?」

「ちょぉっ!?」


 そこで真横のなーこが、ぐいっと顔を近づけてトンデモ発言をしてきたので、うっかり変な声が出てしまった。


「くふふ、相変わらず可愛い反応をするではないか」

「はぁ……」


 なーこの相手をすると、何か吸われでもしているのか、精神力をガッツリ持っていかれるので困る。それに、万一こんなところを夕に聞かれでもしたらどうしてくれるんだ。


「……それで?」

「あー、なんというかだ……」


 実に頼み辛い要件のため、俺が言いよどんでいると、


「――了解。あれほどに優秀なのに、何とも世話の焼ける子だね。まあ、そのようなところも彼女の魅力の一つなのかな?」


 なーこは最後まで聞かずにそう答えた。夕だけ皆のそばに居らず、こうして俺が密かに呼び出したことなどから、最初から要件を推測していたのだろう。


「いやぁ、ほんとすまんなぁ」

「貸し――という程のものではないが、覚えておきたまえよ? くくく」


 なーこはそう言い残して、早速と生け垣を回り込んで夕へと近付き、二人でヒソヒソと話し始める。それで最初は悔しそうな顔をしていた夕だが、少し考えて渋々ながらうなずいた。……要注意人物であるなーこに借りを作りたくないが、背に腹は変えられないと言ったところかな。

 続いてなーこは女子トイレの中と周りを確認した後、手招きして夕を中へと誘導し、代わりに外へ出て見張りに立つ。夕が外に出る際に、近くに人が来ているかどうかを知らせてあげるのだろう。

 俺がその様子を物陰から見守っていると、なーこが肩をすくめてヤレヤレと首を振ってきたので、両手を合わせて感謝の意を示しておく。うちの娘がお手数おかけします。

 少し経ったところ、なーこがログハウスの方を指さしてきたので、俺はその指示通り先に駐車場へと戻って行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る