7-15 男色

 そうして寄り道を終えた俺たちは、十五分ほど自転車を進めて銀河山ぎんがやまふもとの施設へと到着した。ちなみに後ろの夕は、クレープショックの後遺症で走行中もすごく大人しく……俺も重症なのでとても助かった。

 一行が次々と潜っていく入り口の木製アーチ門には、『シルバーヒルキャンプ場へようこそ!』と書かれており、どうやらキャンプ場内の施設を借りてBBQをするようだ。

 その入り口から真っ直ぐ続く林道は、ひんやりとした緑の香りがしており、自転車で風を切ればとても清々しい気分になる。そのまま少し走れば、左手側に大きなログハウス、右手側には駐車場が見えてきた。建物横の立て看板には、『ご利用手続きはこちら』とあるので、事務所兼宿泊施設といったところか。

 駐車場脇のスペースに全員が駐輪したところで、ミニバイクの後ろの眠り姫がモゾモゾと動きだす。


「……おはよ」

「あはは~。沙也ちゃんってばぁ~、もう何度目~?」


 もはや恒例となったやり取り。なーこのバイク――というか背中は、そんなに寝心地良いのか?

 そこでふと正面のログハウスの全体を見渡したとき……俺は何故か見覚えがあるような気がして、首を傾げる。ここへは初めて来るはずだが。


「どった?」


 その様子を見て、ヤスが不思議そうに声をかけてきた。


「あ、いや、多分気のせいだ」

「ふーん?」


 どこにでもあると言えばあるような建築物だ。きっとテレビか何かで見たものと似ていて、既視感を覚えただけだろう。


「えっとぉ、まずは利用手続きをしたら良いのでしょうか?」

「そだね~。あたしが行ってくるからぁ~、皆はちょぉっち~待っててねぇ~?」


 細々したことは、全て幹事殿がやってくれるようだ。


「あっ、でも炭とか運ぶから~、誰か男手一人……マメく――」

「喜んで!」

「あっりがとぉ♪」


 良かったな、早くもご指名が入るようになったぞ。マメが望むゴールに近付いているのかは分からんが、少なくともマイナス評価にはなっていない……よな?


「大地、ちょっと付き合えよ」

「ん?」


 ヤスが親指を向ける看板には、『お手洗いはログハウス裏(場内にはここだけです)』とある。


「ああ、そうだな」


 この先にないとなれば、今のうちに行っておいた方が良いと思い、俺はヤスへうなずき返して歩き出した。



   ◇◆◆



 案内板の矢印が示す通りに、ヤスと並んでログハウス正面から左へと回り込む。トイレは建物の裏側から少し離れたところにあり、木造のログハウスと統一された小綺麗こぎれいなデザインだった。

 二人で用をたして、洗面台に並んで手を洗い終えたところ……


「なぁ大地、ちょっといいか?」

「ん?」


 何やら神妙な顔で、ヤスが話しかけてきた。こうして連れションに誘ったのは、何か相談事があったからという訳か。


「僕さ、ついにおかしくなったのかも……」

「え……今さら?」

「ちょ、元々おかしいみたいな言い方やめてくれますかね!?」


 お前がおかしくなかったら、それこそ可笑しな話だ。


「で?」

「いやさ、マジでひかんで欲しいんだけど……えーとな……」


 ヤスはとても言い辛そうにこう続けた。


「僕、もしかして男に興味が出てきたかもしれない……」

「おまっ!!!」


 ヤスの爆弾発言に怖気が走り、即座にバックステップで緊急退避。こいつめ、レンジが広いと思ってはいたが、ついに行くところまで行きやがったか!


「近付くんじゃねぇ!」

「いやいや待て待て! 少なくともお前にゃ興味ないっての!」

「……」

「し、信じてくれぇ! あと話を最後まで聞いてくれぇ!」


 疑いの目でにらんでみると、必死に弁解してきた。……まぁ、その哀れな姿に免じて、話だけでも聞いてやるか。


「……なんでまた?」

「いやぁ、それが変な話なんだけどさ。さっきクレープ食べてた時に、朝君が笑ってるの見てたら……この子めっちゃ可愛いんじゃね、とふと思ってしまってな? それでその、妙にドキドキするというか、なんというか……自分でも意味わかんないんだけどさ!?」

「あー」


 さっき笑い転げる夕を見て放心していたのは、そういうことだったか。まぁ、男子のフリを頑張ってはいるようだけど、仕草がいちいち女の子っぽいしなぁ。それで夕とは気付かずとも、野生の直感か何かで女子成分を感じ取ったのだろう。


「なんだそんなことか」

「なんだじゃないっての! 僕にとったら一大事なんだけど!? 絶対にBL道になんか入りたくない! イチャイチャするなら可愛い女の子とがいい!!!」


 そう叫びながら、こちらへ必死の形相で詰め寄って訴えてくるヤス。


「ええい寄るな暑苦しい! ……んでまぁ、あれだ、時が経てば解決するだろうよ」

「どゆこと……?」


 ははは、まるでなーこの様な言い草になってしまったな。総じて物事が見えすぎるなーこは、普段こんな気持ちなのだろうか。


「別に心配しなくてもいいってことだ。ほら、随分と人懐っこい美少年だし? 俺もまぁ、ちょっとくらいは可愛いらしいなと思う……かな? ――もちろん、お前が言うみたいな恋愛対象としての意味じゃないぞ?」


 ちょっとどころの騒ぎじゃないし、余裕で恋愛対象だけどな。


「お、おお、そうか……それなら、なんか少し安心したぞ」


 もうヤスにはネタバラシしてやっても良い気もするが……まだ夕の意図が分からないのもあるし、あと困惑するヤスが単純に面白い。ただ、ヤスがこじらせて面倒な事になる前に、念のためくぎは刺しておくか。


「……でも、いくら可愛くてもれるなよ?」

「惚れるか! ……と、思う、んだけど?」

「おいおい、そこは断言しろよ……」


 何とも怪しいところだが……もし何かあれば、夕は正体明かして激オコモードで即返り討ちにするだろう。これ以上傷を広げないよう、せいぜい注意することだな。

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