7-14 交換

 漫才騒ぎが終わったところで腕時計を見れば、すでに針は十二時半前を指していた。無駄なヤスとの無駄なやり取りで無駄に時間を無駄に浪費してしまったようだ。 ……まぁ、こうした寄り道も悪くはないが、メインイベントを忘れてはいけない。


「さっさと食べてBBQ行こうぜ」

「それも~そうねぇ~? ――じゃ、さっそく~いただきま~す」


 皆もなーこの声に続くと、早速と食べ始めた。

 するとすぐに左隣から「ぐふっ」とむせ返る声が聞こえたので……ハズレだったのだろう。良かったな、話のネタになって。

 右隣をチラリと見れば、夕は「ふわぁ~おいしぃぃ~」と男子のフリも忘れて、可愛らしい声でつぶやいている。その花びらでも舞っていそうな幸せいっぱいの顔を見れば、こちらまでうれしくなるというものだ。

 では俺もと手元に視線を落とせば、暗黒物質ダークマター。何度見てもクレープとは思えない外観だ。……本当に食べて大丈夫なのか?


「ふふっ、味は~いけるよ~?」


 俺が少し躊躇ちゅうちょする様子を見て、なーこがフォローを入れてくれた。ここの常連らしいなーこの情報なので、見た目はともかく味は問題ないのだろう。そう思って口に運んでみる。


「んっ! ……これはなかなか」

「で~しょ~?」


 見た目がコレなので、何が入っているのかは分からないが、確かな美味しさだった。流石は超有名店、ハズレなど無いのだろう。……ヤスのレインボー以外は。

 そんな中、対面では女子陣が交換の儀を執り行っており、


「……んま」


 目堂がひなたのサン=クリムゾンを美味しそうに頬張ほおばっている。


「ひ~ちゃん、あ~ん♪」

「なーこちゃん!? そんなぁ、恥ずかしい……ですよぉ」

「……気にしない」

「そ~そ~、気にしな~い♪ 女の子同士なら~、ふつう~ふつう~? とゆーことで~、あ~ん」


 意外な目堂からの援護射撃に乗じて、なーこが攻める攻める! 


「わ、わかりましたよぉ……あ、あ~ん」


 押しに屈して照れながら口を開くひなたと、嬉しそうに甲斐かい甲斐がいしくクレープを運ぶなーこ。純粋に絵になるなぁと思う。


「どぉ~お~?」

「わわ、これも美味しいです! あといちごもらっちゃいましたぁ、ふふっ」

「いいよいいよ~、ひ~ちゃんが喜んでくれたら~? ――じゃ、あたしも~、あ~ん♪」

「うふふ。どうぞ~」


 ひなたは目堂からマーズ=レッドを回収し、なーこの口へと運ぶ。


「う~ん、おいしぃ~♪ 今までで~いっちばん!」

「あら、そうなんです?」

「……あはは~、みんなと食べたからぁ~かなかなぁ~?」

「ふふっ、分かります」


 これは「みんなと」というより「ひなたと」だからだろうな。パッと見は女子同士のじゃれ合いの延長だが……なーこの本心を思えば、少々複雑な気持ちにもなってしまう。お前も難儀な恋よな。

 そこでふと左に視線を移せば、マメが何やらうらやましそうな顔をして、自身となーこのクレープを交互に見ている。……やめておけ、それはお前にとってはSSSクラスミッションだ! 絶対に早まるんじゃないぞ?


「……こすもさんの、変わったクレープだな」


 声がした夕の方へ向き直れば、興味津々と言った様子で俺の手元のクレープを見つめている。変わった食べ物への興味――料理長のさがだろうか。


「あっ、そうだ。さっき分けっこしようって言ってたっけ」

「え」


 言うが早いか、夕は俺のブラックホール=ブラックを手からもぎ取り、そこへ代わりに夕のヴィーナス=ゴールドを差し込んだ。

 もしや分かっててやって――はないな……これは完全に食欲と好奇心に取りかれてるやつ。


「あーん――」

「ちょま」

「ん?」


 そのまま口に運ぼうとする夕に緊急ストップをかける。ただ、不思議そうにする夕に何と言ったら良いやらと悩んでいたところ……


「へぇ~、あっさくんってばぁ~、だいちくんと~もうそんなに~仲良くなったんだぁ~? さっすがぁ~ぃ~、だねだねぇ~?」

「「!?」」


 まさかのなーこからの助け舟。


「ソッ、ソウダナ。ボクタチナカヨシ」


 すぐに自分がしようとしていた事に気付いて慌てだす夕と、それを見てニヤニヤするなーこ。気付かせてくれたのは助かるんだが……どうせなーこのことだ、その方が面白いとか思ってるんだろうな。頼むからあんまイジメんといてやってくれ。


「なぁ大地。そのクラシックなやつは、何が入ってたんだ?」


 そこで、ハズレの衝撃から立ち直ったヤスが何とはなしに尋ねてきた。……だからこれはクラシックタイプじゃないって言ってるだろうに。


「あんま食べたことない味で、甘みの中にも少し渋みがあったような……美味いことは確かだが、正直よう分からん」

「んー、渋みとなると……この黒い粒は、ブラックベリーかな? あと角ばってるのは、ドライブルーベリーだぞ」

「へぇ……」


 すると代わりに夕が解説してくれた。流石は料理長殿、これほどの暗黒物質でも食材を判別できるようだ。 


「すると真っ黒のクリームは? 甘いことは甘いんだが、チョコ……の味ではないと思う」

「ん、これはチョコクリームと見せかけて……黒胡麻ごまペースト――んや、ひょっとしてイカスミという冒険もありえる? むむむ……」


 料理長のさがなのか、様々な角度からクレープを眺めて、真剣に分析している。


「どうだ?」

「いやぁ、うーん……流石にこれは食べてみないことには何ともかな……――あむっ」

「あ」


 おまっ! 食べやがったな! ど、どうすんだよ!? そっから返されても困るぞ!?


「あ」


 そこで一瞬遅れて夕の声が漏れたかと思えば、その顔がぷしゅっと沸騰した。


「(パパのだったぁぁぁ……)」


 さらには目をバッテンにさせて、やらかしたことを小声で嘆いている。

 どう声をかけたものかと固まっていたところ、クレープを持つ手が左に引かれたので向き直ってみる。


「朝君のめっちゃ美味そうだな。大地が食べないなら、口直しに僕が一口もらうよ?」


 その手元では、なんとヤスがかじりつこうとしていた!


「ダメッ!」「待て!」


 その蛮行を阻止しようとした結果……


「むぐっ」


 慌てた勢いで齧ってしまった!

 そろいも揃ってやっちまったよ!

 隣の夕をチラ見してみれば、嬉し恥ずかしといった様子で、手元をモジモジさせている。

 ……ぐっ、やばい……それを見てしまったのもあり、もの凄くドキドキしてきた……っ!

 ええい、小学生じゃあるまいし、こんな、たかが間接キスくらいで……くらいでぇ!!!


「ちぇ、なんだよ――ってなんか妙に顔赤いけど、実は辛いもん入ってるヤツ?」

「ワカラン」


 もはや味なんか分かんねぇよコンチキショウメ!


「いや、辛いかどうかがワカランてどういうことよ……じゃぁ朝君、ブラックの方は?」

「ワカラン」

「はあぁ!? なんで二人揃ってワカランなんだよ! お前ら兄弟か親子かっての!」

「「…………ワカラン」」

「もういいよ!」


 未来では父娘だからな、誤魔化すタイミングもバッチリ同じだぞ!

 唯一事情を知るなーこはと言えば……口を押さえて静かに笑い転げてやがる! くっそぉ、漫才じゃないけど料金取るぞコラ!

 その後は、クレープを互いの手に戻すと、心を無にして残りを食べ切るのだった。もちろん、どんな味だったかは覚えていない。

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