7-13 漫才

 なーことの話に区切りが付いたところで、夕とひなたが戻ってきた。ついでに目堂眠り姫バイク寝台から連れてきてくれており、夕はごく自然に俺の右隣に、ひなたと目堂は対面のなーこの隣へ順に座る。


「ひ~ちゃんは~なになに~?」

「私は、サン=クリムゾンにしてみました」


 ひなたがテーブルに上げたクレープは、チェリー、ピンクグレープフルーツ、ブラッドオレンジなどが盛られており、名前の通り紅色系の果物で統一されている。おまけに生クリームまでピンクなのだが、食紅でも混ぜているのだろうか。大雑把そうな店主に思えたので、名前もただのネタかと思いきや、随分と拘ってトータルデザインしているようだ。超有名店ともなれば、当然かもしれないが。


「うんうん~、これ~すっごく美味しいよ~? 名前も一番カッコイイし~!」

「……期待」

「良かったです。後で分けっこしましょうね♪」

「ね~♪」


 対面は早速と女子会ムードである。


「朝は何にしたんだ?」

「ボクは、ヴィーナス=ゴールドにしたぞ」


 目の前に掲げられたクレープは、パイン、バナナ、オレンジ、カスタードクリームなどで構成されており、こちらも名前の通り黄金色系で統一されている。……それにしてもヴィーナスか、愛にあふれる夕にぴったりだな。名前も夕星金星だし、うん。


「へぇ、こっちも美味そうだな」

「うん。後でボクらも分けっこしような!」

「……え?」

「?」


 いやいや、何言ってんのお嬢さん? 男子のフリし過ぎて、女の子だって忘れてません?


「一色さん、どうぞ!」

「あっりがとぉ~♪」


 続いてマメが戻り、奉納を済ませると、左側のお誕生日席に颯爽さっそうと座り込む。角を挟んでなーこの隣ということで、とても満足そうな顔だ。


「マメ君は~、ジュピター=グリーンだねっ!」

「はい!」


 マメのクレープは、キウイ、メロンなどの緑色系果物に、緑のクリーム……抹茶だろうか。対するなーこのマーズ=レッドは、いちご木苺きいちご石榴ざくろなどの赤色系果物に、赤いクリーム。どれもこれも相当の拘りっぷりであり……膨大な種類の食材の管理が大変そうだ。


「ただいまっと。ごめんごめん、遅くなった」


 ラストのヤスが駆け込んできて、俺の左に滑り込む。これで右隣の夕から時計回りに、夕、俺、ヤス、マメ(誕生)、なーこ、ひなた、目堂となった。


「時間かかるヤツでも頼んだのか?」

「え? ああ、遅くなったのは僕のじゃなくて、大地のクラシックなやつ」

「……ん?」


 俺のオーダーは一番作るのが簡単なはずだが、ナゼ時間がかかるんだ? ……んまぁどうせヤスのことだ、うっかり俺の分を注文し忘れて並び直しでもしてたんだろう。


「ヤス君は~……えっ、それにしたんだ~? チャレンジャーだねぇ~!」

「おうとも、ギャラクシー=レインボーだ! 名前が超カッコ良いし、しかもナゼか安かったし選んだんだけど……えっと、チャレンジャーってのは?」

「あ~それはね~……余った果物を全部詰め込んでるから! まぁ~、味は悪くない~かな~? ……アタリの時は」

「え、ちょ、ハズレの時もあるってことだよね!? そんなの聞いてないんだけど!」

「一応ね~メニューの端に書いてあるよ~? ……小さい字で」

「そんなぁ……」


 なるほどな。種類豊富な在庫の調整役となるメニューがあり、もの好きな常連やコスパ重視の一見いちげんさんが買っていくって寸法か。いやぁ、ほんと良くできてんなぁ。超有名店恐るべし!


「まぁいっか! ハズレでも、それはそれで面白いしな!」

「……ポジティブ過ぎ」

「「え」」


 まさかの目堂からの厳しいツッコミに、口を開いたまま固まるヤス。俺もかなり驚いて、本当に目堂の発言なのかと二度見してしまった。


「(おい大地、僕なんで初対面の子にいきなしディスられたんだ?)」

「(知らねぇよ……どうせお前が知らないうちに粗相でもしたんだろ)」

「(ちょまっ、ツラすぎる!)」


 基本打たれ強いヤスだが、流石にこれはショックだったようだ。


「ま、まぁ……能天気ってよく言われる、かなぁ……アハハ」

「……違う……褒めてる」

「そうなんだ!?」


 そうきたかぁ……声に抑揚がなさすぎるし、前髪と瓶底眼鏡で顔の半分が隠れていて表情読めないし、そもそもヤスが褒められるのが想定外だしで、俺も完全に勘違いしてしまった。


「……うらやましい」

「えっとその……ありがと、う?」


 ヤスは戸惑いつつも、手放しで褒められて嬉しそうだ。悲しくも、普段褒められ慣れていないだろうしな。


「(おい大地、僕なんで初対面の子にいきなし褒められたんだ?)」

「(知らねぇよ……どうせお前が知らないうちに粗相でもしたんだろ)」

「(ちょまっ、粗相を褒められるってどういうことよ!?)」

「(……良いお粗相でした?)」

「(良いお点前てまえでした、みたいに言うなよ! お漏らしして褒められたみたいじゃんか!)」

「(それで褒められたこともあったろ?)」

「(赤ちゃんの時は褒められたかもな!?)」


 まぁ人は自分に無いものにあこがれるとはよく言ったものだし、見ての通りの物静かな性格な目堂は、真逆の性格とも言えるヤスが羨ましいのかもしれないな。これは意外にも目堂は……いやないな。だってヤスだし。


「……それはそうと、俺のは?」

「おっと忘れるところだった。ほい、お望みの超クラシックなヤツ選んできてやったぞ」

「おう、サンクス――ってえぇ、なんじゃこりゃぁ!?」


 ヤスから受け取ってみれば、それは生地から具材まで全て真っ黒という、かつて見たこともない姿のクレープだった。


「ブラックホール=ブラック?」

「いやいや、名前はどうでも良くてだな……これのどこがクラシックなクレープなんだ?」


 もしこれがクラシックタイプだとすれば、俺が今まで見てきたクレープは何だと言うんだ。


「え……とにかくヘビーなのが欲しかったんだよな?」

「待て、何で真逆になるんだ。俺は古典的でごくありふれたクレープを求めてんだよ!」

「あーーー、そういう意味だったのかぁ。クラシックってどっしり重厚そうなイメージだったから、てっきり……なんかすまんな!」


 なんてことだ、まさかclassicの意味が伝わっていなかったとは……恐るべしヤス! そりゃ英語の赤点常習犯だもんな!


「日本人同士なのに、何で言葉が通じてねぇんだ……てめーは外人か!」

「外人ならクラシックは伝わってるよ!」

「そりゃそうか――ってうっせーわ!」


 バシッと軽く一発入れておく。


「――ぷふっ! あはははは」

「!?」


 突然の笑い声に驚いて右隣を見れば、夕が爆笑していた。


「小学生に笑われた……ショック!」

「ヤスだし、やむなし」

「ちょっとはフォローしましょうね!?」

「くくくく、あははは……もーやめて限界……はぁ、はぁ……あーくるし…………ふぅ。ごめんごめん、さっきから二人の漫才が面白すぎてつい」


 夕はそう言ってサングラスをわずかに持ち上げ、笑い過ぎてあふれた涙をピンと弾いた。


「いや、別に俺ら漫才してる訳じゃねぇよな……――ってどしたヤス?」

「えっ? あ、いや……」


 ヤスは夕の方をぼーっと見ていたかと思うと、首をブンブンと振っている。さらに、ひなたまで不思議そうに夕を見ており……もしや、笑い声や隠れていた目元を見て、夕だと気付いた、のか?


「いやー、分かるなー」


 今度はヤスの左隣――マメから声がかかった。


「コイツら教室や弓道部でも、こうしてよく漫才みたいなことしててな? 周りが混ざったりはしないけど、実はしっかり聞いててさ、裏で面白いよなって言ってたんだよ。――あ、さっきの内緒話もめっちゃ面白かったぞ? あんたらコンビ組んで芸人になったら、結構いい線いったりしてな?」

「なん……だと……」


 まさか、ヤスとのしょうもないやり取りを、いつも周りに注意深く聞かれていたとは……つらい、もう学校行けない!


「分かります! お互いを知り尽くし信頼し合ってこそできる漫才ですし、二人の熱い友情がなせる技ですよね! ほんっとーに、素敵です! まぶしいです!」

「んなっ!?」


 今度は対面のひなたまで興奮気味に参入してきて、しかも俺とヤス以外の全員がウンウンと深くうなずいているではないか。


「ははは、なんか照れるなぁ、大地?」


 ヤスはヤスで鼻の下を指で擦りながら、うれしそうに同意を求めてきやがる。


「おめーも照れてんじゃねぇよ、気持ちわりーな!」

「えー、そんなこと言うなよ〜。一緒にお笑いコンビ組んでテッペン目指そうぜっ!」


 サムズアップで歯をキラリ。うっとおしい。


「なっ?」

「誰がやるか、てめー独りで組んでろ!」

「いや、それただのピンだから!」

「分裂でもして自分と組め!」

「おお~、じゃぁ大地も分裂すれば……トリオ結成だな!?」

「カルテットだ!!! ――ってしつこく俺を入れようとすんな!」

「――ぐふっ」


 再度ツッコミを入れれば、「キレッキレ~だね~」「……名コンビ」「私も入りたいです!」「部長じゃないとこの返しは無理だ……」と評判は上々……っだから漫才じゃないっての! それとひなた、いま入りたいって言ったか!? すまねぇ、ヤスでボケ二人分だから、足りてないのはツッコミなんだ……って俺も大概失礼だな。バレたらなーこにシバかれるぞ、ハハハ。

 そこで隣の夕を見れば、両手を口に当て、足をパタパタさせながら笑いを堪えている。完全にツボに入ってしまったようで、もうはしが転がっても笑いそうなものだ。……まぁ、こうして夕が楽しく笑ってくれるなら、ヤスぐらいいくらでもシバいてやるけどな!

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