7-12 薬味

 そうして買い出し組が消えてなーこと二人きりになったので、すぐ側のテーブル席で待機することにした。周りを見渡せば、沢山並んだテーブルにはまばらに人が座っており、カップル達や家族連れが楽しそうにクレープを頬張ほおばっていた。ちなみに目堂は、少し離れたミニバイクの上約束された寝台で再度の眠りに就いている。バイクはちょうど木陰に停めてあり、海からのそよ風と木漏れ日を感じられるとなれば、寝心地はとても良さそうだ。友達思いのなーこのことだから、目堂の行動を読んだ上で駐輪しているのだろう。

 椅子に腰掛けてふぅと軽く嘆息したところ、


「くっくっく、道中もお楽しみいただけているようだね?」


 対面のなーこがテーブルにひじを突いてあごを乗せ、ニヤニヤしながらからかってきた。俺の少し疲れた様子から、道中で何が起きたかおおよそ察しているのだろう。


「いやもう、ほんっと勘弁してくれよ……お前のイタズラのせいでエライ目に遭ったんだぞ? どうしてくれる!」

「くくっ、なればこそ丁度良かったであろう?」

「…………ああ。ははっ、そりゃどうも!」


 どうやらここへは、ねているであろう夕の機嫌回復のためにも寄った、ということらしい。まったく、どこまでなーこの手の平の上なのやら……悟空にゃ広すぎて見えねぇよ。


「まあ、それにそう悪いことばかりでもなかったのでは? ん~?」

「えっ?」


 意味深に問いかけながら、首を傾げて下からのぞき込んでくるなーこ。今度は何のことを言っているのだろう。


「ほら、うれしかったのだろう? わたしもひ~ちゃん想い人に後ろから抱きつかれたいものだね。もちろん、可愛い沙也ちゃんでもそれはそれで満足だったけれど、くふふ」

「あ……それは、そう……だな」


 ああやって抱きつかれれば、気恥ずかしさもあるが、もちろん嬉しいに決まっている。あと、この嬉しそうな様子からして、やっぱりなーこは女の子の方が好きなんじゃ……マメの道行きは険しそうだ。


「おやおや、意外や意外、素直なものだね? ……なるほど、ようやく自覚したって訳かい」

「え………………まぁ、うん」


 なーこには隠しても無駄なので、正直に話しておくことにした。誠実に向き合えば、誠実に返してくれる子だ、悪いようにはしないだろう。


「おお! 一歩前進おめでとう、と一応援団員として祝辞を述べておこうではないか」

「やめい、恥ずかしいわ!」


 パチパチと大仰に拍手を送ってくる応援団なーこに、ツッコミを入れざるを得ない。悪いようにはしないかもしれないが……こうして冷やかしてはくるよな! 知ってた!


「となれば……」


 そこでなーこは、急に真剣な顔をして、こう続けた。


「伝えられない理由があると。難儀なことだね」

「え…………なっ!? そう、だけどさ。いやぁ、お前マジですげーな!」


 夕にまだ告白できていない事実、さらには背景に重大な問題を抱えていることを、瞬時に察せられてしまった。恐ろしくもあり、頼もしくもあるというものだ。


「ふふん。この程度の推理、クレープ前さ。特に本人を見た後ならばね?」

「たしかに……」


 対面していない夕についてあれ程の精度で推理できたなーこなのだ、多少とはいえ本人と会話した今となれば、まさに朝飯前のクレープ前なのだろう。


「そう、いくらキミが極めつけのヘタレでも、二百%イエスが返ってくる勝確かちかく告白におくするほど腑抜ふぬけてはいまい。それどころか、大方キミが返すだけの段階だと踏んでいるが……違うかい?」


 相変わらずの名探偵っぷりにあきれつつも、素直にうなずいておく。


「それが許されない程の厳しい状況……未来人ともなれば、そういうこともあるのだろうね……」


 まるで自分のことのように、辛そうな顔をするなーこ。やはり、本当に友達思いの優しい子だ。


「よし! 本当に困った時は、いつでもわたしを頼ってみたまえ。できる限りの助けになろうではないか」


 なーこは胸を張ってポンとたたくと、力強くそう言ってくれた。


「ああ、その時は是非ともお願いするぞ」


 もちろん俺と夕で考えるべき問題だが、頼れる友達が居るというのは本当に心強い。


「それはそうと、友情に見返りを求める訳ではないけれども……キミの方もそれなりによろしく頼むよ」

「……善処する」


 そうだよな、協力関係でもあるのだから、もらうばかりでは申し訳ない。持ちつ持たれつというものだ。本来はマメを応援している場合ではない。

 ――そう思った矢先ではあるが……今日の夕の行動についてかなり困っており、早速アドバイスが欲しいところだったりする。他のメンツ、特に夕が居ないチャンスなので、聞いてみるか。


「えーとその、早速で悪いんだけど……」

「――目的だね?」


 この察しの良さよ。もう話が早い早い。


「んむ。ぶっちゃけ俺はどうしたらいいんだコレ……はぁ……」

「あはは、キミのそんな困り顔が見られるなんてね。これは苦労して二人をBBQに誘った甲斐かいがあったというものだよ、くっくっく」


 なーこは口元に拳を当てて、何とも愉快そうにしている。


「茶化すなっての!」

「おっと失敬、目的だね。もちろん予想は付いているが、ふーむ………………」


 よーし、なーこが夕を見ながらガリガリ長考し始めたぞ! いやぁ、かつてはひたすら恐怖を覚えたこの間が、これほど頼もしく感じるとはな。あ、増設メモリとか要ります?


「おや」


 そこで店に並ぶ夕がこちらに振り返り、一瞬目が合ったかと思うと、慌てて前に向き直った。……あいつは何がしたいんだ。


「……なるほど、予想通り――いや、予想以上に効いているようだね。重畳ちょうじょう重畳」

「ん? 何か分かったのか?」


 どうやら名探偵なーこの推理が終わったようだ。


「ああ、別口も含めて色々と。あれはだね――」


 期待を込めてなーこの答えを待つが、


「ひ~み~ちゅ♪」

「んな!」


 突然ニコニコ陽キャモードになって、まさかの黙秘!


「おいおい、そりゃないぜ……」

「まあまあ、そうガッカリしないの。キミは仔犬こいぬかね? あ、それもまた……イイネ」


 その俺の残念がる様子が大層お気に召したのか、


「例えばだね、キミがこうしていることにも意味があり、良いスパイスとな? 教えるのは野暮というものだし、それにわたしの楽しみが減っては困るのだよ」


 少しだけとばかりに意味深な助言をくれた。


「はぁ」


 でもさっぱり分からん。どうやらなーこには夕の意図が分かってるようだけど、この様子じゃこれ以上の助言は望めなさそうだなぁ……元大魔王様先生は実にお厳しいことで。


「ま、良い男ほど女の子に困らされるものだよ。頑張って愛しのゆーちゃんのために思い悩んで、ついでにわたしも楽しませてちょうだいな、少年? なんてね。くくく」


 なーこは人差し指を立てて、不敵に笑う。


「ったく……」


 夕にしろなーこにしろ、ほんと楽しそうに俺をからかいやがって……あと少年て、お前も同い年だからな? んでもまぁ、そういう歳に見合わない老獪ろうかいな言動が精神年齢を爆上げしてるから、妙に納得しちまうんだけどさ。


「ふふっ。もちろんキミ達を応援すると言ったことに嘘偽りはないし、これもその一環さ。そこは信じてくれたまえ。なにせ――」

「『お友達』だもんな?」

「よろしですし~♪」


 嬉しそうに微笑むなーこを見て、その言葉は正に嘘偽りのないものだと、改めて思うのであった。

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