7-05 貢物

 そうこうしているうちに、マメが両手に荷物を下げて校舎から戻ってきた。その右肩には三十㎝角ほどのクーラーボックスから伸びるひもが掛けられ、左手には大きな布袋が握られている。


「一色さん、どうぞっ!」

「ありがと~マメ君♪」


 マメは貢物みつぎものささげ持つようにしてなーこへ布袋を渡すと、お返しになーこから外行き笑顔を向けられて、だらしなく顔を緩ませる。……本人が幸せそうだし、これはこれで良いのかもしれないな。俺だって、夕が喜ぶなら何でもしてあげたいと思うし――とは言っても、キャパオーバーのお願いは無理だけどな?

 なーこは布袋をキャリーケースに収納すると、続いてキャリーケースを受け取りながら声をかける。


「そうそうマメ君~、メールで言ってた~野菜なんだけど……」

「――はいっ、沢山持ってきました! どうぞ!」


 即座にマメがそう答えつつ自転車の後ろに積まれたケースを開けると、なーこが中をのぞき込む。


「お~! こーんなにいっぱい~あっりがとぉっ♪」

「――くはっ! いえいえ、これくらいお安い御用ッス!」


 再度のなーこスマイルにグラリとよろめきながらも、気合で耐えて答えるマメ。


「あっでも、形が悪いのしかもらえなくて……」

「いいよいいよ~。食べたらいっしょ~、だよだよっ?」

「はい! うちの野菜、鮮度と味は保証するッス!」


 なるほど、マメの実家が農家か小売店あたりで、売れにくい品を貰ってきたわけか。最近野菜がやたらと高くなってきてるし、ありがたい話だな。

 ただ……参加者のマメがそうであることが、本当に偶然なのか? ヤスを釣るためにマメを使ったことは間違いないが、それだけじゃないかもしれんな。後でこっそり聞いてみよう。


「……なぁなぁ大地、何か飲み物持ってね? 遅刻しそうで慌てて出てきた上にさっきの全力ぎもあって、実はのどカラカラでさ?」


 隣のヤスが突然飲み物をねだってきた。見れば汗のにじんだTシャツを引っ張って、パタパタと中に風を送っている。


「悪いが持ってねぇな――あ、BBQ用のがあるんじゃ?」


 用意周到ななーこのことだから、手元のクーラーボックスに入っていると予想し指差してみるが、


「んにゃ~ないよ~?」


 なーこはそれを持ち上げながら首を横に倒す。


「んーと~、重いし現地付近でいっかな~って思ってたけど~……思ったより日差しキツイし~、ひ~ちゃんもまだだし~、今のうちに買いに行っておくのも~、アリアリ~?」


 なるほど、運ぶ荷物が増えるのを避けての差配だったようだ。それでヤスが乾死するのは構わんが、この良い天気に自転車で遠出となれば俺も持っておきたいところだ。なお、出発までまだ十分じゅっぷん近くあり、ひなたは遅刻しているわけではない。


「んじゃ、ささっとコンビニ行ってこよか」


 ヤスの皆で行く提案に対して、


「一色さんは何がいいッスか!?」


 なーこの分も買ってくるのが前提のマメ、感心のブレなさだ。ただ、荷物番とひなた待ちとして、一人は残るべきなのは間違いない。ちなみにマイペース寡黙娘の沙也は、すでにスヤスヤと二度寝しているので、はなから戦力外だ。


「なんか~ごめんね~? それで飲み物は~…………マメ君に~おっまかせ~!」

「りょ、了解ッス!」


 マメは表情を硬しつつも、元気よく返事をする。これは想定外に難しいお使いになったようだ。せいぜい頑張って選べよ、マメ!

 マメヤスと三人で買い出しに向かおうとしたとき、


「だいち君には~、別の仕事があるよ~?」

「そうなん?」


 なーこが俺を呼び止めてきた。


「――なっ、だい、ち!? くぅぅ……行ってくるッス!」

「ちょ、待てよー!」


 するとマメは悔しそうにしながらコンビニへと駆け出し、ヤスが慌てて後を追って行った。ほんと騒がしいヤツらだ。

 そうして二人がコンビニに向かったところで、


「……お前さ、もしかして?」


 先ほどの疑惑の真偽を確認してみる。


「ええ~? なんのこと~かなかなぁ~?」


 すると陽キャモードでしらを切るが、黒目はキョロキョロリン。真っ黒ですな。


「……」


 黙ってジト目を継続していると、


「…………まあ、彼は実に分かりやすいからね」


 なーこはぞんざいに両手を挙げて白状した。なーこは自身に向けられるプラスの感情には疎いところがあるが、あそこまで明け透けにアピールされれば、いくら何でも気付くだろう。


「それでお前に頼まれてホイホイ持ってきたって訳な。何かマメが少しあわれに思えてきたぞ?」

「待ちたまえよ! それではまるで、わたしが悪女のようではないか!?」

「……違うのか?」


 興味も無い男の恋心を利用して都合良く何かさせようとする女を、一般的にそう言うと思うのだが。


「なんと、キミはわたしをそんな目で見ていたのかい? ショックと言わざるを得ないよ……お友達だと思っていたのに……ヨヨヨ……」

「あ、いや……」


 悲しそうに目を伏せるなーこに、罪悪感がいてくる。


「その、なんというか……えーと……」

「――ぷふっ、じょぉ~だ~ん、だよだよぉ?」

「……え?」

「くっくっく、相変わらず可愛い反応をするではないか。これはゆーちゃんも楽しい毎日を送れていそうだね」

「おい待てコラ!」


 くっそぉ、ヨヨヨ詐欺に引っかかってしまった。演技かもしれないと思っても、本当だった時のリスクが大き過ぎて指摘もできやしないし……なんてズルいんだヨヨヨ詐欺!


「まあまあ、落ち着きたまえよ。誤解があるのは間違いない。わたしからお願いはしていないし、あくまで彼が自主的に持って来ると言ってくれたのだよ?」

「そうは言ってもなぁ……そのつもりで声かけてんだろ?」

「む、それを期待していたことは否定しないし……多少は悪いとは、思っているよ? とは言え、彼が心から望んで行動しているのだから、止めるのも違うだろう? ……残念ながら先約もあるので、実を結ぶことはないだろうけれど」


 そりゃお前はひなた先約一筋だもんな。ちょっとやそっとのアプローチで振り向いてはもらえないだろうよ。


「やっぱ望みゼロだよなぁ」

「世の中に絶対はないさ」


 つまり実質ゼロというやつね。有効数字が何桁なんけたあればゼロじゃなくなるのかなぁ。


「そもそもお前は男に興――っや何でもねぇ!」

「むぅっ、まったく失礼な男だなあキミは! もちろん男子のカテゴリーにも、わたし好みの人は居るよ?」


 ひ~ちゃんとは比較するのもおこがましい程度だけれどね、と付け加えて笑うなーこ。一応は男子にも候補者が居るということは、女子が好きという訳ではなく、ひなただから好きなのだろう。たしかに、属性に寄るものではないと昨日言っていたしな。


「へぇ、そうなのか。男女はさておき、ひなた以外でお前のお眼鏡に適うヤツが居るとは驚きだな。俺も是非会ってみたいもんだ」

「ははっ、キミは面白いことを言うねえ……いや、キミ達ならば可能なのかな?」

「んー?」


 首をかしげる俺を見て、楽しそうにクスクスと笑うだけで、答えてはくれない。なーこは必ずこちらが理解できるように説明するので、理解できないということは、知られたくないことなのだろう。


「まあ、無謀な略奪愛なんて全くもってガラではないので、仮にひ~ちゃんが居なくても絶対に手は出さないけれどね? 火傷しないよう、見せかけの手義手を出して楽しむくらいのものさ、くっくっく」


 なーこはそう言いながら右手を宙に突き出すと、ロボット然とした動作で小手先をワキワキ動かしてみせる。


「ふーん……?」


 それが何を例えているのかは、さっぱり分からない。ただ、なーこが戦う前からあきらめるほどの相手となれば、よほどのラブラブカップルなのだろう。まったくうらやましいことだな。

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