7-06 釣餌

「そういやそれ――」


 考えても分からない事はさておき、マメが喜び勇んで運んできたクーラーボックスの中身について少々気になったので、確認してみることにする。


「肉だよな?」

「松阪牛。もちろんわたしのおごり」

「うおスッゲェ!」


 冷蔵するもので飲み物ではないとなれば、当然肉だろうと予想はしていたが、まさか最高級国産牛肉とは思わなかった。これは楽しみが倍増だぞ。


「――でも、なぜここに?」


 ただ、わざわざ学校に置いてあった理由は皆目見当もつかず、こちらが本当に聞きたかったことだ。


「先生からの報酬だからさ」

「ほう、しゅう?」


 得意の謀略であわれな先生から奪い取った戦利品――と考えたところでにらまれてしまった。だから人の頭の中をのぞくのはヤメロというに。


「校内備品の装置を壊してしまった先生が居たのだよ。もちろん経費でも直せるけれども、壊した事実を隠蔽いんぺいしたい――大人の事情というヤツさ。それでこの報酬と引き換えに、わたしがチョチョイと直してあげた訳だね」


 なーこは指をくるくるさせて、「ちちんぷいぴ~♪」と可愛いらしい声で謎呪文を唱えており……最高級肉を違法錬成する魔法かな? んまぁ、パワードアームや聴器を作れるくらいだし、汎用はんよう機械類の修理くらいは朝飯前なのだろうな。


「なんともお黒いお話で……ちなみにその闇取引、バレても平気なのか?」


 なーこのことだ、当然穴などない計画なのだろうし、心配ご無用だとは思うが。


「ああ、もちろんさ。仮に事が発覚した場合、『いつの間にか故障していた機械を、知らぬ間に自主的に善意で修理した生徒がいて、そのせめてもの御礼としてあまり物のを箱に入れて渡した』という体裁を取る段取りで打ち合わせてある」


 案の定とスラスラ答えて、「そもそも痕跡こんせきが残るようなヌルい仕事はしていないけれどね」と付け加えると、ニヤリと悪い顔を返してくる。


「だからそんなデカいボックスと……いやぁ、超高校級の技術力といい周到な根回しといい、もう流石だわ」


 そのなーこのひと仕事のおかげで、俺たちはタダで最高級肉にありつける訳だし、感謝感謝というものだ。


「あ! それで荷台を空けておけと言ってた訳な? キャリーケースに入らないサイズだし」


 出発前のメールの意図を察した俺は、なーこの手からクーラーボックスを受け取ると、宇宙号の荷台に乗せてゴムひもを取り出す。


「違う。キミが運ぶのはもっと大切なもの」

「え、そうなのか?」

「うむ」


 松阪牛より高価な物って、いったい何運ばせる気だよ。世界三大珍味でも用意してるのか?


「なのでそれは、ヤス君の荷台に積み替えることになるさ」


 その間にもボックスをゴム紐で固定し終わっていたが、なーこの予言によると無駄な行動だったらしい。俺とヤスのどちらが何を運んでも同じだと思うのだが……どういうことだろう。


「……さっき言ってた俺の仕事ってのも、これのことかと思ったんだが?」

「それも違う」


 たまには先回りしてみようと思ったが、どれもこれもハズレときた。なーこ先生の先手を取ろうなど、十年早かったようだ。


「すると……俺は何をしたら?」

「釣り」

「……はい?」


 実はBBQ会場が川辺で、先に行って食料調達してきてという訳でもないだろうし、もちろん比喩的な意味だとは思うのだが……やっぱり何を釣るのか分からんぞ? 頼むから俺が理解できるレベルに落として話してくれ。

 疑問符を浮かべる俺をほったらかしにして、なーこはマメの自転車に近付く。何をするのかと思いきや、先ほど受け取った貢物野菜を見て、


「こりわぁ~ちょぉっち多すぎた~、かなぁ~?」


 陽キャモードでわざとらしげにそう言った。


「あ~、だれか増えない~かなぁ~? ひまそーな人ぉ~どっかにいないかなぁ~?」


 さらには、大きめの声でそう続けて、十五mほど先の電柱に向かってチラリと目線を向けるが……当然答える者など居ない。


「……いやいやいや。野良の参加者を探すとか、いくら何でも無理プラン過ぎるだろ」


 ここで仮に「俺が行くぜ!」と電柱から名乗り出てくる人が居たとして、連れて行く選択肢はないだろうに。


「ほら、もし食材が余ったときは、みんなで分けて持って帰ろうぜ?」


 ちょうど帰りに買い物しようと思っていたところだし、その余りに足せば万事つつが無しだ。


「ふーむ……(ちょいとキミ、前に来たまえよ)」

「えっ?」


 なーこは小声でそう言って身体の角度を少し変えると、俺をその正面に引っ張り寄せてきた。――あのぉ、すっごく近いんですが……どういうおつもりで?

 一体何をされるのかと不安になっていたところで、


「やぁ~ん大地君ってばぁ~、だぁいたぁん~! お楽しみは~あ・と・でぇ♥ だよぉ~?」


 なーこがとんでもない事を言い出した!


「ちょ、おま――」

「(しー)」


 なーこは俺の弁解を遮り、ウインクをしながら人差し指を口元に当ててくる。俺の名誉のために言っておくが、こちらからは指一本たりとも触れていない。

 

 バタバタ ズザァ


 するとそこで、なーこの背後の方から妙な音がした。身体を横に傾けてわきから覗くと、先ほどなーこが目線を向けていた電柱の近くに、なんと少年が地面に転がっているではないか。


「うおっ! ほんとに人が居たのかよ……よく分かったな?」

「ま、隠れるとしたらあそこしかないからね」


 なーこの観察眼マジぱねぇ……と思いきや、何らかの推理の結果だったのか?


「んー? そもそもなんで誰かが隠れてる前提――」

「あ~、そっこのしょーねんっ!」


 なーこは俺の質問を遮ると、起き上がろうとする少年に駆け寄りながら声をかける。

 俺も渋々と後に続くと、なーこが少年に何かワルサしないように、少し離れて目を光らせておく。ま、俺程度が抑止力になるかは甚だ疑問だがな!


「今からBBQ~、一緒にどぉ~かなかな~? おねぇさんたちぃ~、食材が多すぎて困ってたの~」

「え……えええ? 知らない人に突然そんなこと言われても困ります……」


 当然のごとく、怪訝けげんそうな声でやんわりと断る少年。そりゃぁ、これで釣れるほど現代少年の危機意識は低くなかろうよ。それはそうと……この少年の声、どこかで聞いたことあるような……近所の家の子とかかな? うつむき加減の上に黒いサングラスまでしており、顔が分からないので何ともだが。


「ふーん……………………」


 そこでなーこは、毎度お馴染なじみナコナコカリキュレーションタイムを挟んだ後、


「(来ないと――くん――ちゃうよ?)」


 少年に少し顔を寄せて小声で何かをささやきかけた。部分的にしか聞き取れず内容は分からないが、なーこの悪そうな顔からするとろくでもない事だろうな……お気の毒に。


「んなっ、なななぁ!?」


 案の定、それを聞いた少年は驚きの声を上げ、両手をわちゃわちゃと振っている。


「――そっれでぇ~少年は~、くるくる~?」

「…………行く」

「はぁ~いっ、一名様ごあんなぁ~い♪」

「うっそやろぉ……」


 なーこの再度の誘いかけに、まさかのOKが返ってきた。一体なーこに何を吹き込まれたと言うのだろうか。見ず知らずの少年を一瞬で取り込むとは、本当に恐ろしい子!

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