7-10 焼餅

「じゃぁ、今日来てるみんなは友達なのか?」


 そのまま真っすぐ海沿いを走っていたところで、後ろの夕が先ほどの続きとばかりに質問してきた。


「うーん……まだあんま話した事ないヤツも混ざってるけど、これから仲良くなれそうな気はしてる」


 目堂は寡黙な上にずっと寝ていて良く分からない子だが、手芸部でのやり取りを見ている限りは悪い子ではなさそうだ。マメの方も、なーこに振り向いてもらおうと必死なのが少々面倒くさいヤツだが、同部のよしみもあって応援してあげても良いかなとは思う……ぶっちゃけ無駄だろうけど。


「いい人たち、なんだな」

「おう、いいヤツらだと思うぞ。朝もすぐに仲良くなれるんじゃ?」

「うんっ、それなら良かった」

「……ただ、あのメンツの中で一色だけは要注意だ。一見すると明るくて優しそうな子に見えるけど……怒らせると大変なことになるから、絶対に機嫌を損ねるなよ? ほんともう、マジで怖いからな……あっ、俺がこんなこと言ってたのも内緒にしてな?」


 まぁ、正体を一瞬で見破られてる時点で、夕も相当警戒しているだろうけど。


「ふ、ふーん……一色さんとは、特別仲いいんだ?」

「え? どう、だろ? いたって普通の友達、かな?」


 マメといい、今日はなーことの仲をよく聞かれる日だな。


「でも……さっき二人きりのときに、なんかアヤシゲな事してなかった?」

「あ」


 そうだったぁ……あの時に電柱の陰から見てたのは夕だもんな! やましいことは何一つしてないが、夕にだけは絶対見られたくないシーンだぞ!


「違うんだ、俺は何もしてない! あれはその……一色が冗談でイタズラをだな……」

「へえ、気軽にイタズラをし合うほどの仲、なんだ?」

「ぐっ、いや、そういう訳でも……」


 後ろからかけられる夕の声が、いつになく低く冷たい。さらに俺の胸をつかむ力も強くなっており、もはやつねっていると言っても良いほどだ。

 これはもしかして……ヤキモチ、なのかな? 返事は急がないと言った時の様子からするに、夕の恋愛観はそんな次元を超越している気もするが……もしヤキモチなら、何だかこそばゆくうれしくもあり、一方で誤解されている現状が物凄ものすごく困ったことでもある。


「あー、なんというか……一色は見ての通り人一倍気さくな陽キャ気質でな? だから誰にでもあんな感じなんだと思うぞ?」

「……ふ~ん」


 とりあえず釈明してはみたものの、実にいぶかしげな相槌あいづちが返ってきた。――ぐぬぅ、なーこめぇ……こうなることも見越してかよ! やっぱお前は悪女の素質あるっての!


「……」

「……」


 少々気まずい沈黙の中、俺は黙々とペダルをいで先を進む。過去の経験からすると、夕がねてしまった時にはご飯で釣るのが最善手とされるが、もちろん今は無理だ。そうなると、落ち着くのをじっと待つしかない。

 そうして少し経った頃、


「こっ、こすもさん!」

「お、おう?」


 夕が少し緊張した声で呼びかけてきた。機嫌は少し回復している様子だが、今度は何を言い出すのかが心配だ。


「そんな急に改まってどうした?」

「この中に、その………………すっ、すす……」

「す?」


 後ろで何やら言いよどんでいた夕は……


「好きな人とかいるのかっ!?」


 とんでもない事を叫んできた。


「んなぁっ!?」


 ばっかやろう! 突然なんてことを聞くんだぁぁ!!! 

 もし「お前だよ!」とうっかり口からこぼれてたら、どうしてくれるんだ!  責任取れよ!? ……まぁ、責任取るのは俺の方なんだけど――じゃなくって! 落ち着けや大地!


「……さっき会ったばっかの俺に、なんで突然そんなことを?」

「はぇっ? えっとぉ、そのぉ……」


 冷静になった俺のもっともな返しを受けて、夕は言葉を詰まらせる。……お嬢さん、初対面設定を完全に忘れてましたよね?


「――あっ、ほら! 大人な高校生ってどんな人が好きで、どんな恋愛してるのかなーって? ボ、ボクも好きな人がいるから、参考にしたいなって! うん、そうそう、参考なんだぞ!」


 とても必死な様子が、後ろからひしひしと伝わってくる。


「んなこと言われてもなぁ……なんと言っていいやら……」


 そもそもの話、「この中」には夕を含む、で良いのか? 前提条件が不明瞭ふめいりょうで、答え辛いんだが……とは言え、あえてそれを確認した時点で、お前だと言っているのと変わらんしなぁ。


「否定しないってことは……やっぱりこの中に居るってことなのか!?」

「ちょっ、そうじゃなくて!」


 にしても、夕はナゼここまで必死に……もしやこの状況を利用して、こっそり自分への気持ちを探りにきてるのか? だとすると「この中」には夕を含む訳で……そうなると、居ないと言ったらさぞかしショックを受けるだろうし、そもそも嘘をつくのは凄く気が引ける。逆に居ると言えば、夕の可能性を残しつつも夕と確定しないので、上手く濁して逃げられる……これが無難な答えか?


「どっ、どうなの!?」


 夕は柔らかな身体をグイグイ押し付けながら、答えを迫ってくる。お客さん、お願いだからもうちょい離れてください! 男装してても女の子の自覚を忘れないで!


「ぐっ……この中に居ると言えば……居る、ような?」


 二重の意味で押されるがままに、イエス寄りの曖昧あいまいな答えを返した。


「んなぁっ!?」


 すると夕は、驚きのあまり両手を離して、危うく自転車から転げ落ちそうになっている。

 もしや……察しの良い夕のことだ、自分のことを言われていると気付いてしまったのか? ぐぬぅ、こんな形で伝わってしまったのは不本意すぎるんだが……――って待て、そうじゃねぇよ! 俺が夕だと気付いていないと夕は思っている訳だから、当然「この中」から夕を除く形で聞いてきており……居る=夕以外に好きな子が居ると解釈して、驚いているんじゃ!? くっそぉ、状況が無駄にややこしいし、俺もテンパって思考が回ってねぇしで、とんだ思い違いをしてしまった。とっ、とにかく早急に誤解を解かないと!


「あ、やっぱウソウソ! 言い間違えた! 居ない!」

「ん、んん、んー? どっ、どゆこと? 意味分かんないんだけどっ!?」


 慌てて撤回するものの、当然ながら夕は納得してくれない。


「それは……アレだ、大人の秘密だ! お子様にはまだ早い!」

「なっ、なんだよそれ!? ボクを子供扱いするなー!」


 ごめん夕さん……本当は俺の方がよっぽどお子様ですよね……。


「ぐむむぅ……そんなので誤魔化されないぞ……」


 くっ、苦しい状況だ! 場が持たん、早く到着してくれぇ!



――――――――――――――――――――――――――――――


読者のみなさま、明けましておめでとうございます。

今年もどうぞよろしくお願いいたします。


……ちなみに、このタイトルが正月に来るように調整していたりします。

みなさまにおかれましては、元旦にお餅を詰まらせないよう、どうぞお気をつけ下さいませ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る