7-09 抱擁
「んじゃ、後ろに乗りな」
周りが出発の雰囲気になったので、俺は
「は、はい」
すると夕は少し緊張した様子であり……なんともやりにくい。
「なぁ、朝日――」
「朝!」
「え?」
今は昼ですが。
「朝って呼んでください!」
「ああ、了解。…………ははっ」
「?」
「いや、なんでもねぇ」
夕が名前を教えてくれた時のやり取りを思い出して、ついつい懐かしくなってしまった。確かあの時は天野って呼んで……あ、そういや苗字の設定はしてるのかな。どうせ忘れているだろうし、急に聞いたら困らせるからしないけど……まぁ、そんな慌てる夕の顔も見てみたい気がするな。絶対に可愛い。
それはそうと……いや、夕も余裕が無さそうし今はまだいいか。
「……あれ? こすもさん、もしかして具合でも悪いんですか?」
「え」
そこで夕が心配そうにこちらを見てきたので、俺は驚いてしまった。……まさか気付かれるとは思わなかったが、そうとなれば言っておくか。
「あーその、こっちも気軽に朝って呼ぶから、そっちも気楽に話してくれていいぞ?」
特に俺へは注意して
「でも……」
「ほら。一色も言ってたように、子供は子供らしくってな?」
夕は夕らしく、とは心の中だけで。
「あ……うん! 分かったぞ♪」
「っ」
そこで向けられた普段通りの元気な笑顔に、ドキリとさせられた。……はは、男装したくらいで到底隠しきれるもんじゃないよな、色々と。らしくない、なんてとんでもない。
照れ隠しと目線を前に向ければ、なーこ&目堂ペアのバイクが目に入り、ちょうどエンジン音を鳴らしていた。目堂は依然とキャリーケースにもたれて眠っており……もしやこのまま会場まで行くつもり、なのか? 走行中にうっかり落ちたりしそうで怖いんだが。
そう心配したところで、なーこは目堂の両手を後ろ手で引き寄せ、ベルトのようにして腹元で組ませた。すると目堂はなーこの背に全身をぐてっと預けて動かなくなり……また眠ってしまったようだ。先ほどはブツブツ文句を言ってはいたが、なーこを心から信頼しているのだろう。
「あ、あの……こすもさん……」
その間に後ろの荷台へ座っていた夕が、おずおずと声をかけてきた。
「手を回しても……いいか?」
「え」
ちょっと待って、それはつまり……目堂みたいに後ろから抱きつくってこと?
お客様、それは困ります! 運転に支障をきたします!
「…………服を
「むぅぅ……ええと……そう! ボク二人乗り初めてだから、しっかり掴まっていないと落ちないか心配かも。アーコワイナー」
「……」
おい朝夕くんちゃん、お前たった今理由作ったよな? ぶっちゃけ抱きつきたいだけでは? ――とは言え、そうツッコむ訳にもいかんし、そりゃ俺だって――じゃなくてぇ! どう答えたら良いやら。
俺が良い説得方法が無いものかを思い悩んでいると、
「さ、みんなに置いてかれる前に出発しようー! ――えいっ♪」
「!?」
可愛らしい掛け声が耳に届くと共に、背中全体に柔らかな感触が広がる。さらに夕の両腕が俺の胸元へと回された瞬間、慣れ親しんだ夕独特の甘い匂いまでほんのり香ってきた。――くっそぉ、こんないい匂いがする男子が居てたまるかっての! お前さん、ほんとに正体隠す気あんのかよ!?
「はぁ……」
えーとそれで、マジでこのまま走るのかよ。気恥ずかしい事自体も困るし、それで周りに挙動不審に思われないかも心配なんだが?
そう思って前のバイクを見れば……ミラーに映ったなーこの顔はお察しなのであった。
◇◆◆
なーこバイクの先導の元、後続の自転車四台が海沿いの道を走って行く。出発前に目的地を聞いてはみたが、「着いてからの~おったのしみしみぃ~♪」と返されてしまっている。ただ、三十分くらいで着くとは言っていたので、進行方向からすると銀河山にあるキャンプ場のどれかだろう。
そうして潮風が香る中、後ろに夕を乗せた宇宙号は最後尾をゆったりと走る。その後ろの夕はと言えば、
「わー、風が気持ちいーな! 天気もいいし、さいこーだぞー!」
「はは、そうだな」
両手を広げてまるで子供のようにはしゃいでおり――普段通りの二十歳児。よくよく考えてみれば、見た目は男の子、身体は女の子、頭脳は大人な未来人……属性盛り過ぎも良いところ。ただ、こうして夕が大いに楽しんでくれているのは、純粋にとても
「どうだ、二人乗りも怖くないだろ?」
そこでちょっとしたイジワルとばかりに、ツッコミがてら聞いてみる。
「ん? そうだな――いや、やっぱまだちょっと不安だぞ!」
夕は途中で言い直すと、慌てて腰に飛びついてきた。
自分で作った設定を秒で忘れんなよ……浮かれ過ぎなのでは? こちとら気付かないフリをするのも大変なんだぞ? まったく世話の焼ける、ふふっ。
「なーなーなー」
「どした?」
俺が
「こすもさんは、こんな風に友達とBBQとかよく行くのか?」
「ん? いや、せいぜいヤス――一つ前を走ってる金髪のチャラっとしたヤツ、天馬のことな。あいつと出かけることがあるくらいだ。実は俺、友達作るのすっげー苦手でな、ハハハ」
「ふーん。じゃぁなんで今日は?」
「そうだなぁ……そういうのも悪くないって思わせてくれるような、むす――家族のように大切な人が最近できたおかげ、かな?」
なーこに脅されたから……というのはあくまでキッカケであって、本質はそこではないのは分かっている。もし夕と出会えておらず昔のままの俺だったなら、脅されようが何されようが、絶対に参加していなかっただろう。
「だからその人には、心から感謝しているし……成長したところを見せたいって思う」
「……そっかぁ」
後ろに居て顔は見えないが、その夕の声色はどこか嬉しげであり……夕のことを言っていると、確かに伝わったのだろう。こんな妙な形ではあるが、普段は気恥ずかしくて面と向かって言えないようなことを、こうして伝えられたのは良かったというものだ。本当にありがとうな、俺の小さなヒーロー。
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