7-08 偽名

 電柱に潜んでいた少年がまさかの男装した夕だと判明し、俺の頭が完全に置いてきぼりになっていたところで、俺を見つめるなーこの目が怪しく光った。


「そんじゃ少年~、まずは~じっこしょーかーい! よろしくぅっ!」

「はっ、はい」


 それでなーこの理不尽な追撃を警戒したものの、意外にも夕に自己紹介を促すのみ。少し安心。


「えと、初めまして。わ――ボクは…………朝日あさひと言います」


 なんて、安直な、命名!!!

 正体を隠すつもりなら、せめて本名から外れた偽名くらい考えてから来いよ!


「くくっ――こほん。あっさくん~? もっと~くだけていこ~! 小学生なんだからぁ~、~?」

「え!? はい――うん。わかった、ぞ。みんな、よろしく、な!」


 しゃべりなれていない男言葉を、低めの声で途切れ途切れに話す夕。無理しやがって。

 それで、これはもしや……俺らは試されてるのか? そうだとしたら、よくもまぁこの程度の変装でと思うところで……そもそもこんな可愛い男子が居るわけがなく、誰がどう見ても怪しむに決まっている。なので俺以外のヤツが総ツッコミを――


「僕は天馬。よろしくな、朝君」「よろしく! マメと気軽に呼んでくれ!」「私は小澄です。よろしくお願いしますね」「よっろしくぅ~、な~こって呼んでねぇ~♪」


 なっ、怪しまれてない、だとぉ!? お前らの目は節穴か!? ……まぁ、さすがになーこの観察眼から逃れるとか絶対不可能だし、なーこだけは気付いていないフリ――ってそういうことか! 俺の話を聞いた段階で、夕がこっそり来ていると予想していて、で電柱から誘い出したと。んで今さっきは、夕と気付いた俺が慌てふためく様を見てニマニマしてたって訳かよ……ええい、相変わらずのドSっ娘だなぁ!


「あっれぇ~? だ・い・ち・君は~、挨拶ないの~かなかなぁ~? あーっ! もっしかしてぇ~おっ知り合い~?」


 さらなる追撃とばかりに、なーこは心底楽しそうに俺へ話を振ってきた。すると夕は、なーこをキッとにらみつけており……これは、なーこには正体がバレていると夕も気付いていそうな雰囲気からして、「バラそうとしないでよ!」と怒っている……のか?

 いずれにしろ、なーこの発言で場の全員が俺に注目しており、とても無反応が許される流れではなくなった。何かしら返さなければマズイ。


「ゆ――」


 ――いや待て、本当に「夕」へ声をかけてもいいのか? 夕はわざわざ男子に変装までして正体を隠し、俺にも内緒で何かをしようとしている訳だよな? 秒でバレてるのはさておき、ここで思うがままに「夕、何してんの?」と聞いたら、夕は正直に答えてくれるのだろうけど……きっとすごく困らせてしまうのではないか? それは、俺の望むところではないな。

 うーむむ……目的は定かではないが、とりあえず知らないフリしておいてあげるか。気付いていることを伝えるのは、しばらく様子見してからにしよう。ということで、


「俺は宇宙だ」


 そっぽを向きながら名乗っておく。俺も演技は下手な方だし、面と向かって話すと俺が気付いたことを悟られかねないからな。


「え? あ、うん。よっ、よろしくな、パ――こすもさん」


 うっかり間違えそうになりながら、夕も俺を見ないようにうつむき加減でそう答えた。ちなみにその横のなーこは、笑いをこらえようと口をムズムズさせている。


「はぁ……」


 お前さんさぁ……マジで隠す気あんの? どうにも茶番感が否めないのだが……まぁ、俺を苗字で呼んだり、頑張って低めの声で喋ったりしてくる夕は、とても新鮮で面白いけどな。それに、想定外過ぎる形にはなってしまったが、こうして夕と一緒にBBQへ行けるのは本当にうれしいものだ。


「あっとねぇ~、あそこでスヤスヤリ~ンの子は~、目堂めどう沙也さやちゃんだよっ! 起きたら~声かけてあげてね~?」


 なーこがバイクの上の眠り姫を指差すと、夕がうなずいて答える。……ふーん、沙也の苗字は目堂か……呼ぶ時に困るところだったので、何気に助かったな。それと、なかなか珍しい苗字――いやまぁ、宇宙こすもほどではないがな!


「――さぁてぇ~、準備も挨拶も済んだし~? さっそくぅ~しゅっぱーつ!」


 続いてなーこは片腕を空に突き出して元気良く叫ぶと、目堂と自分にヘルメットを被せてバイクに乗り込む。その掛け声で皆も自分の自転車に向かおうとしたが、


「あた――ボクは徒歩なんだけど……どうしたら?」


 徒歩で来ている夕が困り顔でそう言った。


「ん~、二人乗りとか~? ~乗せてもらえば~?」


 そこでなーこは、上げたバイザーの陰から意味深な目線をこちらに送って来る。


「うん、わかったぞ。じゃぁ…………むぅ」


 夕が俺、続いて宇宙号の荷台を見てしょんぼり顔をしたところで、


「こっち空いてるし、乗りなよ?」


 ヤスが後ろの荷台を指して勧めてきた。


「それは遠慮しま――ちょとぉ、待って!」


 さらにヤスが「僕の荷台、朝君には高めだし乗せたげるよ」と手を伸ばしたところで、夕は慌てて静止の声を上げる。その瞬間――


「「え」」


 俺は思わずヤスの腕を強く握っており、二人が驚きの声を漏らしてこちらを見る。


「ど、どしたん大地? 僕、なんかマズイことでも……したか?」

「あー、いや、ほら……」


 しまったぞ。咄嗟とっさに手が出てしまったが、どう説明しよう。

 何か良い言い訳はないものかと周りを見回すと……ああこれだ。


「そう! ヤスの自転車の荷台、少しびてるから……なっ? だろっ?」

「んー? こんくらいの汚れ、気にするぅ? 女子じゃあるまいしさ――って女子乗せたことないけどね! ハハハ……」


 女子だっつーの! とも言えないし、どうしたもんか。


「うんうん! ボク綺麗きれい好きなので……贅沢ぜいたく言う訳じゃないんですけど、できるなら錆びてない方が嬉しい、かも? いえ、ぜひ!」


 俺が困っていたところ、夕が必死に説得してくれた。よほどヤスの後ろが嫌だったらしい。わかる。


「な、本人もそう言ってるだろ? こっちの荷物はお前んとこに積み替えて、朝日は俺んとこに乗っときな」

「んー、まぁ、そういうことなら? うーん、でもそんな汚いかなぁ……地味にショック」


 どこか納得いかなげなヤスだったが、俺が宇宙号からクーラーボックスを外して渡せば、素直に自分の荷台に積み始めた。


「……あ」


 おいおいおい、ほんとになーこの予言通りになったぞ――ってそうか! 大切なじゃなくて……大切なかよっ!? はいはい、その通りだよチキショウメ!

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