7-02 隠味

 目覚めると、視界には寝室の見慣れた木目の天井が映る。次いで身体を覆う布団の暖かく柔らかな感触が肌を伝い、たった今のやり取りは夢の出来事だったと気付く。

 ぼんやりする頭で体を起こしたところで、夢の内容を思い出して少し陰鬱いんうつな気持ちになってくる。このような全てを拒絶したくなる気持ちを、ここ最近は抱いたことはなかった。……特に夕と出会ってからは。


「……昔の出来事、なのか?」


 姿がぼやけていて何とも言えないところはあるが、夢の女の子に覚えはない。だが夢に出てくるということは、会ったことがあるのかもしれない。その誰とも分からない子は、一体何を謝っていたのか……本当におかしな夢だった。

 そこでふと目元がひんやりしていることに気付き、指をわせてみると……れていた。


「涙……なぜ?」


 夢の中では何も感じていなかったはずだが、自分では気付かないままに、心は泣いていたとでも言うのだろうか。何とも不思議だ。


「…………ま、しょせんは夢だ。気にしてもしかた――っぐ!」


 その拍子にもう一つ前の夢を思い出し、顔が急速に熱くなってしまう。


「うがぁぁぁ! そうだったぁぁぁ!」


 夢で親父に諭されて夕への想いを自覚した挙げ句……夢の中で本人にドッキリ大告白をするハメになったんだった。


「ぐおぉぉだあぁぁうおぉぉ!」


 気恥ずかしさのあまりに、ベッドの上をゴロンゴロンとのたうち回ってしまう。

 ああ、昨日も似たようなことをしていた気が……まるで成長してないんだが。


「ぜえぇ、はぁぁ…………ふぅ」


 一通り転がり散らしたところで心頭滅却、我に返って気持ちを落ち着ける。


「夕……」


 自然と漏れ出た名前とともに、元気に笑う顔、子供っぽくねた顔、得意げな顔、真剣に想いを語る顔、涙をたたえて微笑む顔……これまでに見せてくれた様々な姿が脳裏に浮かぶ。すると夢の中と同様に、熱い気持ちが身体中を巡り広がっていった。


「ははっ、完敗だぜまったく」


 夢のみならず現実でも確かにと認めた俺は、清々しい気持ちでつぶやいた。


「――いや待てよ……向こうが先だし、負けてはいないのでは?」


 一体何の勝負だよ、と自分にツッコミながらベッドを降りる。

 今日は会えないので昨晩は残念に思ったが、むしろ逆に良かったかもしれない。この後に夕と会おうものなら、緊張してまともに話せる気がしない。気持ちを落ち着けるために、せめて一日くらいは準備期間が欲しいものだ。

 そこで今日の外出予定を思い出し、ベッドに転がる目覚まし時計を見れば、針は十時過ぎを指していた。ここ最近のイベント目白押しの毎日に疲れていたのか、普段より随分遅めの自堕落起床になってしまったが……鳴る前に自力で起きられただけマシだろう。それで集合は校門に十一時半、自転車なら十一時過ぎに出ても間に合うので、まだまだ時間に余裕はある。

 目覚ましのスイッチをたたくと、充電された携帯片手に階下へと降りる。

 台所へ行き、毎度お馴染なじみの虎シリアルを皿に入れるが、今日はいつもより少なめにしておく。BBQが控えていることもあるが……秘蔵のアレがあるからな。

 俺はモシャり終わるなり、冷蔵庫に仕舞われたコーヒーカップを取り出し、ウキウキとスプーンを構える。そう、夕が作り置きしてくれたプリンのお出ましである。ちなみに昨晩、猛烈に食べたい誘惑に駆られたが、ギリギリ堪えきった経緯があり……まさに魔性のプリンなのだ。

 それでは早速と一口含めば、生クリーム&プリンの上品な甘さが口いっぱいに広がり、幸福感に包まれる。さすがは料理長、間違いない美味さよな。


「ああ、寝起きの頭に糖分が染み渡るぜぇ……ほんと大した腕だなぁ……」


 夕と結婚すれば毎日こんな美味しい料理が――っておいおい何考えてんだ! 俺はまだ寝ぼけてんのか!? くっそぉ、夕だけでなく、親父までウエディングドレスだの孫だの言ってやがったせいだな!

 ここぞとばかりに周りをニヤニヤパタパタ飛び回るイマジナリー小悪魔夕をシャットアウトし、味集中カウンターに入った心持ちで手元のプリンに集中する。それでも心なしか先ほどより甘く感じるのは……気のせいだろう、ウン。

 そうして底のカラメルまで達したところで、


「……ん?」


 スプーンの先が少し引っかかり、硬く滑らかな磁器とは異なる感触を返してきた。

 不思議に思いつつも順に食べていくと、底の部分にラップが敷かれていることが分かった。

 何故わざわざこんな物を……と少し考え、きっと洗い易さのためだろうと思い至り、その些細ささいなひと手間にうれしくなってしまう。

 食べ終わって満足感に浸りつつ、シンクで洗おうとカラメルまみれのラップを外したところで……


「ぶほぉぁ!?」


 俺は驚きのあまり吹き出してしまった。

 なんとラップに覆われていた底には、


『大好き❤』


 と書かれていたのだ!


「くっ……あいつめ、こんなもんまで仕込んでやがったとは……」


 生クリームとカラメルのダブル仕込みでは飽き足らず、まさかのトリプル仕込み――甘みの三重層かよ! これって愛妻弁当とかでやるやつだよな……んなこっ恥ずかしいこと、よくもまぁやりますね? そう脳内イマジナリー夕に言ってやれば、「ね、ね、びっくりしたぁ? でも嬉しいでしょぉ? にっしっし♪」とささやき声が返ってくる。――はいはい、驚いたし嬉しかったですよー? ありがとなー?


「こうやって居ない時まで攻めてくると……あぁそういうことか」


 来られない今日の篭絡活動ロウ活のためにも、昨日のうちに食べないように言っていたのかもしれない。ほんとに勤勉な子だぜ。そもそもだ、もうそんなに頑張らなくても……そのまぁ、アレよ!

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